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スポーツリレーコラム

2017年07月19日

「リレーコラム」国技支える“魅せる”努力 藤井聡太四段来場で分かったこと  

大相撲名古屋場所を観戦に訪れ、観客の注目を集めた将棋の藤井聡太四段(中央手前)=7月12日午後、名古屋市の愛知県体育館 大相撲名古屋場所の4日目、いよいよ幕内に突入した愛知県体育館はいつもと違う雰囲に包まれた。
 向正面の升席で将棋界最多の29連勝を達成した14歳藤井聡太四段が、観戦のため訪れたのだ。
 新聞の一面を飾り、テレビでも顔を見ない日はないほど。愛知県瀬戸市出身の今をときめく“時の人”の登場に館内は騒然となった。

 多くの人が写真を撮るためにスマートフォンを片手に土俵に背を向けていた。それも無理はないと思う。
 ただ一時的に相撲そっちのけの状態になり、命を削るような真剣勝負に臨む力士にとっては集中力を保つのが難しかったはずだ。

 力士には気の毒な状況が幕内前半戦が終わるころまで続いた。こういった珍しい状況で目を引いたのは、力士以外の国技を支える面々だ。ある行司はざわつきが収まらない館内で普段より大きな声を張ってさばきを務めたという。
 「力士の方なら誰もが憧れる幕内の関取が勝負をするんです。最高の見せ場です。どうしてもしっかり見てほしかった」と胸中を明かした。国技を演出するプロとしての矜持がその言葉から強く感じられた。

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し、2008年共同通信社入社。09年末、福岡支社に異動し、プロ野球ソフトバンク、サッカー、ゴルフなどを担当。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。


2016年11月09日

「突き抜けた」姿を見たい 大相撲の学生出身力士  

大相撲九州場所の番付表を手にする新小結の御嶽海=10月31日、福岡県新宮町の出羽海部屋宿舎  他にも東農大出身の正代は幕内上位に定着し、業師として人気の関学大出身の宇良も観客を大いに沸かせている。大器の呼び声高い、東農大出身の小柳も九州場所で新十両になった。20代前半から中盤のこれらの力士は今後の土俵の充実を担うべき存在だろう。だからこそ、楽しみなことがある。誰が「突き抜けた」力士になるか、だ。

 学生相撲は多くの人材を大相撲に輩出してきたが、横綱になったのは第54代横綱の輪島だけ。中卒たたき上げや外国出身の力士と比べて、ハングリーさが少ないと指摘する角界関係者もいる。学生相撲出身者の多くは22歳で入門。関取の座を決めればしっかり地位を守ることを意識してしまい、けがを恐れ思い切りの良さを失ったり、本来の長所が伸びてこなかったりする力士がいる。ある関係者からは「若いし、才能もあるのに“サラリーマン力士”になっちゃって、もったいないなあ」との嘆き節も聞こえてくる。

 日本相撲協会は有望力士の入門促進のために、昨年から導入した三段目最下位格付け出し資格を、今年の全国学生選手権の個人戦ベスト8以上の選手にも与えることを決めた。ただ、あるアマチュア関係者も「入りやすくなるのはいいことだけど、一人でもパーンと上がっていけば、それが一番後輩たちの励みになるよね」と、出世して後輩たちに夢を抱かせる力士となることを期待する。

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し、2008年共同通信社入社。09年末、福岡支社に異動し、プロ野球ソフトバンク、サッカーゴルフなどを担当。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。


2016年06月01日

力士のさまざまな人生模様 けがから復帰の遠藤、2度目のかど番照ノ富士  

大相撲夏場所12日目、大砂嵐を押し出しで破った遠藤=両国国技館(共同) 横綱白鵬と大関稀勢の里のマッチレースに沸きに沸いた大相撲夏場所は、活況のまま幕を閉じた。第一人者の威厳を示した白鵬が賜杯を抱き、稀勢の里も7月の名古屋場所に横綱昇進の夢をつないだ。だが、2人が演じた最高峰の闘い以外にもドラマは多かった。新しい一歩、けがからの再起、けがによる挫折…。力士の人生模様はさまざまだ。

 幕内前半戦で徐々に注目を集めたのは、2場所ぶりに再入幕した遠藤だった。昨年春場所で左膝に重傷。九州場所の頃には右足首も痛めるなど、けがに泣いてきた。「これからって時だったんですけどね」と苦笑いした姿に、悔しさがにじみ出ていた。4月の春巡業も休み、部屋では全体の稽古が終われば一人で足首に重りをつけて、復調を目指した。土俵に立っているときは華やかなイメージのある角界屈指の人気者だが、淡々と努力する表情は他の若者と変わらない。かつて20本ほどは当たり前だった懸賞金は数本にとどまるようになった今回の夏場所。突っ張って、左を差して前に出るという小細工なしの取り口は目を引いた。後半戦には患部への負担も増した。その状況での11勝には「光」があっただろう。「これからの相撲人生に必要だったと思うようにしないと…」と正面からけがと向き合い、突破口を開こうとしている。

 もう一人、けがで岐路に立った力士がいる。大関照ノ富士だ。昨年秋場所で右膝の靱帯(じんたい)を痛め、さらに左膝の半月板も負傷した。横綱に最も近いと評され、飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、完全に失速。夏場所では大関の1場所最多連敗記録の13連敗と、屈辱的な成績に終わった。何より闘志を前面に押し出していた雰囲気も消えていた。心と体のバランスは崩れ、いつ休場してもおかしくない状況だが出場にこだわった。「気持ちとけが。壁というものは初めて。どうやったらいいか分からない。このまま休んじゃうと分からないまま」とこぼした。昨年は初優勝と大関昇進を決めた5月の土俵で、今年はもがき苦しんだ。

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し、2008年共同通信入社。09年末、福岡支社に異動し、プロ野球ソフトバンク、サッカー、ゴルフなどを取材。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。


2014年08月06日

数字で分からない奥深さ実感 記録に追われた名古屋場所  

1983年九州場所初日の11月13日。大ノ国(後の横綱大乃国)は右四つ十分の体勢から横綱千代の富士を圧倒して快勝した。大ノ国はこの後、隆の里、北の湖も破り1場所3横綱撃破をやってのけた。(共同) 私が大相撲担当となって4場所目だった今回の名古屋場所は、横綱白鵬の史上3人目となる30度目の優勝に豪栄道の大関昇進と、話題満載で幕を閉じた。他にも豪風の昭和以降新入幕の最年長初金星などもあった。真夏の盛り、汗だくで取材を続けた場所は、記録を調べることにも追われた。そして角界の歴史をひもときながら、数字だけでは分からない相撲の奥深さを感じた。
 前半戦に注目を集めたのはエジプト出身の大砂嵐だった。鶴竜、日馬富士と横綱を連破。同一場所で初金星から横綱戦2連勝は“黒船襲来”と騒がれた1984年秋場所の小錦以来の記録だった。「さらに1場所で3個目の金星となれば、1983年九州場所の大ノ国(後の横綱大乃国、現芝田山親方)以来の快挙―。早速その本人である芝田山親方の元へ当時の話を伺いにいくと、自分の思慮がいかに欠けていたか思い知ることになる。
 足を運んだわたしを見るなり、親方は不思議がった。そしてやや不服そうに「私に聞いても無駄。話すことなんてないよ」とつっぱねた。そして「当時の相撲を見てくれ。別に大砂嵐がどうとかじゃない。ただ数字だけで同じですというものではない」と続けた。結局、大砂嵐は白鵬に敗れ、三つ目の金星は獲得できなかった。そしてその夜。動画サイトで改めて、大ノ国の3横綱撃破を見直した。
 千代の富士、隆の里戦は右四つがっぷりからの、力強い寄りでの真っ向勝負。北の湖戦は土俵際で強烈な喉輪をこらえながら、逆転勝ちした。すべて幸運の要素を感じさせない白星だ。親方の訴えが身に染みた。どちらがどうということはないが、一番一番の重みを簡単に数字で並べるのは、あまりにも失礼で野暮というものだ。自らの浅はかさに申し訳なさしか生まれなかった。
 他のある親方は稽古が足りないと感じた若い衆に「昔の稽古を見せてあげたいね。何か感じてもらえるものがあると思うんだけど」とため息をついた。時代が変われば、風潮も変わる。どこの世界にも共通の悩みだが、過去のいい面を引き継ぐことの難しさは伝統社会の角界にも少なくともある。わたしも話を聞くことでしか知ることができない、壮絶な稽古を経て、強くなっていた先人達がいて今も相撲がある。その重要性は取材する側も心に置いておかなければいけない。
 思えば、大ノ国の3横綱撃破をパソコンで見た後、他にも紹介された名勝負の数々に見入るうちに眠る時間がなくなっていた。心を引きつける闘いは、どんな記録よりも記憶に残る。多彩なファンサービスも功を奏して、人気回復傾向の大相撲。やはり最終的にファンが求めるのは土俵の充実だ。モンゴル勢3横綱に日本人3大関、遠藤らの新鋭もいる。新弟子も増加傾向だ。豊富な人材が過去をほうふつさせるような、いや、過去を超えるような熱い土俵を繰り広げてくれることを願っている。


【写真】1983年九州場所初日の11月13日。大ノ国(後の横綱大乃国)は右四つ十分の体勢から横綱千代の富士を圧倒して快勝した。大ノ国はこの後、隆の里、北の湖も破り1場所3横綱撃破をやってのけた。(共同)

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し2008年共同通信入社。翌年末、福岡支社に異動しプロ野球ソフトバンク、サッカー、ゴルフなどを取材。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。


2013年09月11日

長い試合もいいけれど一瞬の名勝負も見たい 6時間ゲームを取材して  

延長12回制では史上最長の6時間1分。勝利のタッチを交わすソフトバンク選手の背中にも疲れの色が・・・(2013年9月4日、共同) 今季のプロ野球はいわゆる「3時間半ルール」が撤廃された。東日本大震災後の節電対策として2年間導入されたこのルールがなくなり、時間無制限の延長十二回制に戻った。節電への意識は高く持たなければいけない。ただ白黒つけるまでが勝負の本質と考えたら、元に戻すのは個人的に賛成だ。(もちろん、引き分けの場合もありますが…)。そして時間無制限でなければ、なかなかお目にかかれないようなゲームに遭遇した。

 9月4日の日本ハム―ソフトバンク18回戦(東京ドーム)。両軍ともに勝ち越し機を迎えては逃す展開で延長戦に突入した。十二回にソフトバンクは売り出し中の中村晃が3ランを放ち、日本ハムの追撃を振り切って勝利した。試合時間は6時間1分。時計の針は午前0時を回っていた。延長十二回では史上最長と記録的な試合だった。4日は水曜日と、平日ど真ん中にも関わらず、終了まで見届けた観客にはどちらのファンを問わず妙な一体感を勝手に感じた。ちなみに記者が取材、執筆を終え球場を後にしたのは午前1時半だった。中村がヒーローインタビューで「また、きょう頑張ります」と意気込んだ5日の試合も4時間を超えたが「2時間も早い」と前向きになれるのが不思議だった。

 両チームで計18投手を起用したのはパ・リーグ新記録。ソフトバンクはベンチ入りの全10投手をつぎ込んだ。継投に腐心した高山郁夫投手コーチは「中村の3ランが出たときは涙が出そうになった」と本音をぽろり。経験豊富な内川聖一も「興奮して、なかなか眠れなかった」と話した。長丁場の戦いに奮闘した選手や関係者に頭が下がる。

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し2008年共同通信入社。翌年末、福岡支社に異動しプロ野球ソフトバンクを中心に取材。今年からサッカー、ゴルフなども担当。


2012年12月26日

にっこり笑ってしっかり行動 トップ選手が放つ光り輝くメッセージ  

1年目の契約更改を終えて笑顔で記者会見する武田翔太(12月3日、共同) 大したもんだなあ。にこにこ笑って投げる彼を見ていて、単純だがそう思っていた。プロ野球のソフトバンクで、高卒1年目で8勝を挙げた武田翔太投手のことである。宮崎日大高時代から「九州のダルビッシュ」と称された大型右腕。150キロを超える速球に多種多様な変化球は多くの強打者をうならせた。ヒーローインタビューでは「笑う門には福来たる」なんて言ったりもした。人懐っこいスマイルと評判通りの投球。二つの武器であっという間に博多のファンを虜(とりこ)にした。

 一方で図太さというか、物怖じしない性格には驚かされた。入寮の際も子どもの時からの夢は「大リーガー」と言ったという。契約更改では金額が思ったより低ければ納得はしていないと本音を隠さずに言う。整体院に通うために、今は認められていない自動車の運転も「すべては自分の責任」と訴えた。わずか19歳。年齢は関係ないかもしれないが、ルーキーがプロの世界ではっきりと主張するのは簡単じゃない。比べるのも失礼だが、私が大学生の時なんて将来のことなんか何も考えていなかった。球団の関係者も自己投資への意識の高さに、舌を巻いていた。

米女子ツアー最終戦第2日に64の快スコアで回り満足げな宮里藍(11月16日、ネープルズ、共同)

 

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 七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年生まれ、岐阜県各務原市出身。東京外大ではカンボジア語専攻。2008年入社。ボクシングなどの担当を経て2010年からプロ野球ソフトバンクを中心に取材。


2012年04月25日

成果に向け準備怠らずに 王会長の言葉に思う  

868本の本塁打を積み上げた巨人・王貞治さんの一本足打法(1977年9月、共同) プロ野球も開幕してから3週間あまりが経過した。思い通りのスタートを切れた選手がいれば、そうじゃない人もいる。オープン戦で不調だった斎藤佑樹投手(日本ハム)は順調に勝ち星を重ね、好調のチームを支える。一方で強力との下馬評だった巨人打線はいまのところ期待外れに終わっている。本番で駄目ならば、まったく評価されない。明と暗がはっきり分かれる世界で輝きを保ち続けるために必要なものは何か。ソフトバンクの王貞治球団会長の言葉を聞きながら思った。

 「練習は料理の仕込みと同じだよ。6時に開店しますからって、6時に行ってたら駄目ってことだよ」。選手たちが練習に励む姿を見つめながら、同会長は熱く語った。丹念に包丁を研ぎ、下味をつける。大観衆の声援を浴びてバット1本で喜ばせる。すべてはお客さまを満足させるため。プロ野球選手も料理人も舞台へ臨む姿勢は変わらない。思えば昨季ソフトバンクに移籍して、いきなり史上2人目の両リーグ首位打者となった内川聖一外野手も同会長から「練習では百二十パーセントで振れ」との指導を胸に快音を重ねた。

 もう一つ印象に残った言葉がある。「特打、特守というけれど、それはその人にとって必要なことで、特別なことではないんだよ」と語った。我々、報道する側も猛練習といった類いのものにスポットを当てることが多い。ただしそれも同会長からみれば「普通のこと」。「荒川道場」で真剣を振る姿も、世界に誇る通算868本塁打の記録を残したからこそ脚光を浴びた。結果を残さなければ、プロセスを語られることはない。「報われない努力があるというならば、それはまだ努力と呼べない」との言葉にも説得力を感じる。

 

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七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年生まれ、岐阜県各務原市出身。東京外大ではカンボジア語専攻。2008年入社。ボクシングなどの担当を経て2010年からプロ野球ソフトバンクを中心に取材。