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スポーツリレーコラム

2016年02月24日

五輪効果で初の全国大会に熱気 報じる側にも研鑽必要  

ボルダリングのジャパンカップ予選で人工壁を登る野中生萌選手=加須市民体育館(2016年1月30日、共同) 昨年9月、2020年東京五輪の追加種目選定で大会組織委員会は国際オリンピック委員会(IOC)に、野球・ソフトボールや空手など5競技、18種目を提案することを決めた。中でも若者へのアピール度を重視するIOCの意向に沿うものとして採用されたとみられるのがスポーツクライミングだ。名称からは急峻な山岳で行われる岩登りが連想されるが、実際は違う。主に室内で行われ、「ホールド」と呼ばれる突起物が設置された人工壁を登る競技だ。

 そのスポーツクライミングの国内最高峰の大会が1月30、31日と埼玉県加須市で行われた。ボルダリングの日本一を決めるジャパンカップ2016。ボルダリングとは高さ約5メートルの壁に設定された複数種類のコースに挑むもので、ほかのジャンルとしては高さ12メートル以上に指定されたルートで制限時間内に到達できた高さを競う「リード」、統一された条件の15メートル壁を2人が隣り合わせで登り、速さを競う勝ち抜き形式の「スピード」がある。東京五輪では、三つを組み合わせたものを1種目として行うことが有力視されている。

 追加種目候補となってから初めての全国規模の大会だったということもあり、会場は熱気に包まれた。決勝が行われた31日は、11度目で大会史上初めての有料入場としたにもかかわらず、約400人の観客が詰めかけ、初の生中継が衛星放送で行われた。ワールドカップ(W杯)女子でも活躍する18歳の野中生萌(東京都連盟)は「今までにないぐらいお客さんがいて、違いを感じる」と五輪効果を口にした。

 

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 鉄谷 美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局、大阪支社運動部を経て12年から運動部。ロンドン五輪、サッカーW杯ブラジル大会を取材し、現在は公営競技などを担当。


2015年03月25日

柏、したたかな戦いで健闘 日本勢の苦戦続くACL  

敵地で行われたACL1次リーグ初戦で全北と引き分け、サポーターにあいさつするレアンドロ(右端)ら柏イレブン(2015年2月24日、共同) サッカーのクラブアジア王者を決めるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)は1次リーグの半分を折り返したが、日本勢が振るわない。G大阪、浦和、鹿島、柏の4チームが計12試合を戦い、2勝2分け8敗と大きく負け越している。唯一勝利を挙げているのが昨季のJ1で4位に食い込み、プレーオフを勝ち上がった柏だけで、浦和、鹿島にいたっては3連敗という惨状だ。日本勢が4チーム出場している2009年以降、最低といえる滑り出しとなった。

 日本代表が8強止まりだった1月のアジア・カップでも感じたが、近年はアジア全体のレベルが拮抗してきている。外国籍の選手を補強することで戦力の底上げが手っ取り早くできるクラブレベルでは、その傾向が顕著だ。中国の電子商取引最大手アリババグループが出資する広州恒大は今季、豊富な資金力を背景にブラジル代表経験があるFWグラルを獲得。同じ中国勢の山東もブラジル代表のFWジエゴタルデリを補強するなどチームの強化に余念がない。浦和のペトロビッチ監督は「日本のチームも15~20年前は質の高い外国人選手を獲得できたが、経済基盤が弱くなってきた今は多くの金を投じて強化することができない」とこぼす。

 そんな苦境のJリーグ勢で、唯一健闘しているのが柏だ。3試合を終えて2勝1分け。昨季国内主要タイトル3冠を達成したG大阪や、オフに大量補強を敢行した浦和と比べても戦力では小粒な印象はぬぐえないが、したたかな戦いぶりを見せている。

 

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 鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。12年4月から本社運動部に在籍し、ワールドカップ(W杯)ブラジル大会など主にサッカーを担当。


2014年04月30日

攻撃的なパスサッカーが魅力 理論派・風間監督率いる川崎  

風間監督の下、才能を開花させた小林(左)。ACL1次リーグの蔚山戦で先制ゴールを決める(2014年4月22日、共同) 自ら担当しているクラブを持ち上げるわけではないが、Jリーグ1部(J1)川崎のサッカーが面白い。高いボール支配率を保つことで相手に攻める時間を与えず、細かなパスで球を動かし続けて相手守備にほころびをつくる。スケールでは劣るものの、その理想はスペイン1部リーグの強豪バルセロナのパスサッカーに通じる。昨季は猛烈な追い上げで3位に食い込み、今季出場しているアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)では5シーズンぶりとなる決勝トーナメント進出を果たすなど結果もついてきた。J1の中でも際立つ攻撃的なスタイルを植え付けたのは、2012年シーズン途中に就任した風間八宏監督だ。
 現役時代は筑波大在学中に日本代表に選出された技巧派で、Jリーグ発足以前の1980年代にはサッカーの本場ドイツのレーバークーゼンでプレーした。引退後は母校の監督などを務める傍ら、解説者としても活躍。民放の夜のスポーツニュースで「マンデー・セレクション!」とカメラに向けてポーズを決めていた姿をご記憶の方も多いだろう。
 「ボールは疲れない」「体よりも頭の体力」。理論派として知られる指揮官の口からは一度聞いただけでは理解しにくい台詞が飛び出すことが多々ある。「風間語録」と呼ばれる独特の表現には当初、禅問答のような難解さを感じたものだ。たが、取材を重ねるうちに、実はどの言葉もプレーの原理原則を語ったものだということが分かってきた。例えば「ボールは…」は、相手を揺さぶるためには選手が走るよりもボールを動かした方が効率的だということを説いたもので、「頭の体力」は、絶え間なく正確な状況判断とプレーの選択をするための集中力を選手に求めたものだ。印象的なフレーズで、選手に共通認識を植え付けるのが狙いだろうか。
 相手チームのスカウティングから攻略法を導き出す勝負師や、選手のやる気をかき立てるのが得意なモチベーターなど監督は様々なタイプに分けられるが、風間監督を例えるならば「教師」だ。ボールを正確に止めて蹴る、攻守のバランスを保つ、パスを出したら相手の選手間に顔を出して受け直すなど、選手に求めることは極めてシンプルだ。奇をてらったことをするわけではないが、チームのコンセプトを徹底し、一つ一つのプレーの正確性を上げていくことには徹底的にこだわっている。たびたび「全ては自分たちの手の内にある」と口にする。相手の出方は関係ない。技術を重視し、理想をいかに貫くかにチームの浮沈が懸かっているという信念がある。
 4月上旬に行われた日本代表候補の合宿に招集されたFW小林悠(けがのために不参加)は風間監督の下で才能を開花させた選手の1人だ。前線へのパスを引き出す動きが絶妙で、今季は既にJ1で4ゴールをマーク(4月29日現在)。持ち味とする相手を出し抜く動きだしは「風間監督から教わったもの」と話す。リオデジャネイロ五輪の中心として期待が懸かるMF大島僚太や、昨季加入して得点王となったFW大久保嘉人ら、川崎のスタイルで才能を輝かせている選手は多い。

 6月12日にはワールドカップ(W杯)が開幕する。ブラジル大会で日本がどういう結果を残せるかは分からないが、代表の強化のためにはJリーグの発展は欠かせない。日本にも、お金を払ってでも見たいと思わせるサッカーは、確かにある。世界レベルの熱戦をテレビで堪能するとともに、Jリーグの会場へ足を運んでみてはいかがだろうか。


【写真】風間監督の下、才能を開花させた小林(左)。ACL1次リーグの蔚山戦で先制ゴールを決める(2014年4月22日、共同)

 

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 鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。ボクシング、サッカーなどを担当し、12年4月から運動部。


2014年01月29日

不毛の地を切り開いた創意工夫の地域リーグ 高校サッカー決勝に北陸2校  

生まれ変わる国立競技場での最後の高校サッカー決勝は史上初の北陸対決となり、延長後半終了間際に富山第一の村井(19)が決勝ゴールを決めた(2014年1月13日、共同) 全国高校サッカー選手権は13日に決勝が行われ、富山第一が星稜(石川)に3―2で競り勝ち、初優勝を果たした。後半25分に0―2とされながらもロスタイムに追い付き、PK戦がちらついた延長後半終了間際に勝ち越すという劇的な展開に、東京・国立競技場に詰め掛けた4万8千人を超える観客は大いに沸いた。

 北陸勢の代表2校が決勝で高校日本一を争ったのは92回を数える大会でも初めての出来事だった。冬場の練習確保の面などハンディが多く“サッカー不毛の地”とも言われてきた地域がいかにして躍進を遂げたのかを探るのが取材テーマの一つとなった。関係者から話を聞くなかで、一つの鍵となったと思われたのが「中日本スーパーリーグ」という地域リーグの存在だった。

 1998年に北信越の5校が中心となり、東海4校、近畿1校を巻き込んで計10校で発足した。グラウンドが雪で覆われて試合もままならない冬季に温暖な地域に遠征し、試合機会を確保しようという試みだった。立ち上げに関わり、事務局長を長く務めた星稜の河崎護監督は「静岡や関東のサッカーどころと、対等に戦えるようにしたかった」と振り返る。富山第一も設立に名を連ね、切磋琢磨してきた仲間の一つだ。

 

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 鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。ボクシング、サッカーなどを担当し、12年4月から運動部。


2013年07月10日

深い満足感、残された時間との闘いも… クルム伊達、芝の聖地で持ち味発揮  

シングルス3回戦でS・ウィリアムズに敗れたものの、クルム伊達の健闘はスタンドから称賛の拍手を浴びた(2013年6月29日、共同) テニスの四大大会第3戦、ウィンブルドン選手権が7日、幕を閉じた。男女のシングルスで優勝候補が脱落する波乱が続き、最終日に男子シングルスでアンディ・マリー(英国)が77年ぶりの地元優勝を果たすなど、話題の尽きない大会だった。そんな芝の聖地で、元気な姿を見せたのが42歳のクルム伊達公子(エステティックTBC)だった。

 女子シングルスでは、ことしの全豪オープンと並んで2008年の現役復帰後では最高の3回戦まで進出し、センターコートで世界ランキング1位のセリーナ・ウィリアムズ(米国)との対戦を実現した。女子ダブルス、混合ダブルスと3種目に出場し、計6試合を戦った。2週目の半ばまで相性のいい芝でのプレーを満喫し「十二分じゃないですか。ここは自分にとっても大切な場所だし、全豪以上と言ってもいい」と満足そうな笑みを見せた。

 1989年にクルム伊達がウィンブルドンでデビューした当時、今大会の出場選手の約半数は生まれていなかった。親子ほども年齢が違う若手に交じって戦える要因として、独特のプレースタイルが挙げられる。球の跳ね際をたたく代名詞の「ライジングショット」で、速い展開のテニスを披露。芝は球足が速いうえにバウンドも低く、ベースラインでの打ち合いが主流のパワー全盛の時代では、戸惑いを見せる選手も多かった。1回戦で当たった18歳のカリナ・ビットヘフト(ドイツ)はまったくタイミングが合わず、ミスを量産。S・ウィリアムズとの対戦でも、ラリー戦に持ち込んだシーンでは相手を慌てさせた。

 

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 鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部。12年4月から運動部でサッカー、テニスをはじめ幅広く取材。


2012年10月17日

生涯スポーツとして、トライしては!! アーチェリーのコンパウンド  

W杯コンパウンド女子3位決定戦で敗れた本多由美子。弓の両先端に滑車とそれに連なる仕掛けのあるのがこの種目の特徴だ(9月22日、日比谷公園特設会場、共同) 日本選手団が過去最多38個のメダルを獲得したロンドン五輪で、注目を集めた種目の一つにアーチェリーが挙げられるだろう。男子個人で古川高晴(近大職)が銀メダルに輝き、女子団体では早川漣(長崎・佐世保商高職)蟹江美貴(ミキハウス)川中香緒里(近大)が同種目の日本女子で初のメダルとなる「銅」を獲得した。紙面などで取り上げられる機会が少ないマイナーな競技だが、この夏のロンドン五輪では日本選手の躍進もあり、テレビでも中継された。緊張感のある競り合いに一喜一憂し、競技の魅力を発見した視聴者も多いだろう。

 そのアーチェリーの世界大会が9月22、23日と東京のど真ん中、日比谷公園の特設会場で開催された。今季3戦で争われたワールドカップ(W杯)のランキング上位選手が集まり今季のナンバーワンを決めるW杯ファイナルで、日本からは五輪メダリストの古川、蟹江らが出場した。都心というアクセスの良さもあり、2日間で計3000人以上が来場し、“五輪効果”を感じさせた。

 この大会で実施された種目が男女のリカーブとコンパウンド。五輪で採用されているリカーブに出場した古川と蟹江は1回戦敗退と振るわなかったが、コンパウンド女子の本多由美子(北海道連盟)が1回戦でランキング1位のロシア選手を破り4位になるなど大健闘。本多は「よもや私が勝つとは誰も思っていなかったはず」と、してやったりの表情だった。

 

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鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。ボクシング、サッカーなどを担当し、12年4月から運動部。


2012年04月11日

異端児・高山勝成、敵地で判定負け 風向き変化のボクシング界  

敵地南アフリカへ出発する高山勝成(2012年3月26日、関西空港、共同) 3月末から4月にかけて国内では5試合の世界戦が組まれ、一時は史上最多9人が世界チャンピオンに名を連ねた百花繚乱の日本ボクシング界。その影で、1人のボクサーがひっそりと世界王座に挑んだ。元世界ミニマム級王者の高山勝成。3月30日、国際ボクシング連盟(IBF)同級王者のヌコシナチ・ジョイ(南アフリカ)に敵地で挑戦し、0―3の判定で敗れた。

 日本での注目度が低かったのには訳があった。IBFとはプロボクシングの世界王座を認定する統括団体で、WBA、WBC、世界ボクシング機構(WBO)と並ぶ世界の主要4団体の一つ。ただ、日本ボクシングコミッション(JBC)は認可しておらず、基本的には日本人選手がIBFのリングに上がることはできない。高山が同タイトルに挑戦できたのは、JBCに引退届を提出し、国内でのライセンスを放棄しているためだ。

 2009年にWBA同級王者のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に敗れた後、高山はグローブをおくことも一度は考えた。それでも「自分にはボクシングしかない」と踏みとどまった。新たに照準を定めたのが、日本人が誰も成し遂げていない主要4団体の世界王座制覇。かつてWBA暫定とWBCの両王座に就いた28歳の実力者にとって、挑戦心をかき立てられる目標は、それぐらいしかなかった。もちろん、JBCの管轄を離れてボクシングを続けることに風当たりも強い。試合中に事故が起きても、すべて自らの責任。練習場の確保もままならず、公園でシャドーボクシングを繰り返す日々もあったという。苦難を承知で、自ら「ワールド・チャレンジ」と名付けた挑戦に突き進んでいる。

 

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鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。ボクシング、サッカーなどを担当し、12年4月から運動部。