47NEWS >  スポーツ >  スポーツリレーコラム >  田丸 英生

ライター名

スポーツリレーコラム

2017年04月19日

「リレーコラム」Jリーガー集まり慈善事業 サッカーの社会的地位向上も  

「スプーンファウンデーション」の記者会見で写真に納まるサッカーJ1浦和の李忠成選手(中央)ら=4月4日、東京・内幸町の日本記者クラブ 現役のJリーガーがチームの垣根を越え、開発途上国で飢餓に苦しむ子どもたちのための寄付団体「SPOON FOUNDATION(スプーンファウンデーション)」を設立した。

 4月の発足前から既に100人のJ1選手が賛同するなど支援の輪は広がっており、寄付金は国連世界食糧計画(WFP)の学校給食支援に使われる。
 立ち上げの中心となった浦和の元日本代表FW李忠成は「スポーツの持つ力が給食という形で子どもたちに届き、子どもたちの未来を切り開く。これは本当に素晴らしいことだと思う」と活動の意義を強調した。

 昨夏から構想を練っていたという李は、浦和のチームメートや他クラブで親交のある選手に協力を呼びかけた。
 リオデジャネイロ五輪代表で主将を務めた浦和のDF遠藤航は「もともと何か社会貢献活動をしたかったが、なかなか一人では実現できず、何をしたらいいかも分からない状態だった。李選手から話を聞いてすぐに賛同したいと思った」と、熱い思いに共感してアンバサダーに就任した。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、


2016年10月05日

出番がないカナダ代表 J2清水のヤコビッチ  

 サッカー日本代表の本田(ACミラン)をはじめ、長友(インテル・ミラノ)香川(ドルトムント)岡崎(レスター)ら主力の多くが、今季は所属クラブで出場機会が限られている。代表選手でありながらクラブで出番に恵まれない外国人は、Jリーグにもいる。清水エスパルスのDFヤコビッチはカナダ代表の中心選手でありながら、今季は10月第1週終了時まで、J2で出場がわずか1試合にとどまっている。来日3年目のセンターバックは「こんなに厳しいシーズンになるとは思わなかった。難しい状況が続いてフラストレーションはたまるけれど、前を向くしかないからね」と、黙々と日々の練習に取り組んでいる。

 加入1年目の2014年は188センチの恵まれた体格を生かし、対人プレーの強さを武器に清水のJ1残留に貢献した。昨季はけがの影響で出場は減ったものの、J2に降格したチームとの契約を更新。だが、小林監督が就任した今季は評価が一変。スケールが大きい反面、粗削りで力任せになりがちなプレースタイルが指揮官の戦術に合わずにポジションを失った。「正直、直接は話していないが、開幕前から監督の構想には入っていないと感じていた。新しい監督が来れば、使われる選手も変わるのは仕方ない。気持ちだけはポジティブに持とうと努めてきた」と苦しい胸の内を明かす。

 一方、カナダ代表では3月から国際Aマッチに毎回招集され、クラブとは対照的に不動の地位を確立している。特に3月のワールドカップ(W杯)北中米カリブ海予選では強豪メキシコとの2試合にフル出場。ともに敗れたがホームで5万4千人、アウェーでは6万4千人の大観衆の前でプレーした。それでも日本に戻ればJ2でベンチ入りすらできず、実質「2軍」の一員として大学生との練習試合などをこなしてきた。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部でサッカー、ボクシングを中心に取材。Jリーグはこれまで名古屋、G大阪、鹿島、柏、浦和、清水などを担当。


2015年03月04日

日本人初の快挙も本音は「複雑」   WBA「スーパー王者」に昇格した内山高志  

WBAのスーパー王者に昇格した内山高志(右)とジムの渡辺均会長(2015年2月23日、共同) 世界ボクシング協会(WBA)スーパーフェザー級チャンピオンの内山高志(ワタナベ)が、日本人で初めてWBAの「スーパー王者」に昇格した。世界タイトルの5連続や10連続防衛などの実績を残した者だけに与えられる名誉ある称号だが、これに伴って「正規王座」が空位となり新しいチャンピオンが生まれるという弊害が生まれる。WBAによる近年の“王者乱造”は目に余り、2010年からタイトルを9度防衛している内山自身も「評価していただいたことはうれしい。でも正直、複雑ですね」と本音を口にした。

 他団体と比べてWBAで不可解なのは、とにかくチャンピオンが多いことだ。まず、ランキング1位の選手を「暫定王者」と認定しており、2月発表の最新ランキングではこれが17階級のうち11階級にいる。内山も2011年の大みそかに行われた4度目の防衛戦は相手がランク1位の暫定チャンピオンだったため、試合は「王座統一戦」と銘打たれた。だが、これに勝ってもすぐに新たな暫定王者が誕生し、1年後には別の相手と再び「統一戦」を行っている。

 「正規」と「暫定」に加え、さらに格上の「スーパー」や他団体のベルトも持つ「統一(Unified)」「異議のない(Undisputed)」という肩書のチャンピオンもいる。バンタムなど5階級には現在3人の王者が同時に存在し、WBAの全17階級に総勢38人もの世界王者がいるのは異常だ。また、2012年の亀田興毅のように、チャンピオンが負傷で長期間試合ができない時には「休養王者」となることもある。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部。担当はサッカー、ボクシング、モータースポーツなど。


2014年03月26日

「世界一決定戦」の看板が泣く モロッコで初開催のサッカー・クラブW杯  

チケット売り場に殺到する地元ファン(2013年12月14日、田丸英生撮影) 世界中のサッカーファンが熱狂するワールドカップ(W杯)ブラジル大会まで、あと3カ月を切った。一方、「クラブ世界一」を決めるトヨタ・クラブワールドカップは昨年12月に初めてモロッコで開催され、スター軍団のバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)が優勝、開催国枠で出場したラジャ・カサブランカ(モロッコ)が決勝に進む快進撃を見せた。記録の上では1試合平均約3万5千人の観衆を集めたが、参加クラブの国以外では注目を集められない実態を痛感した。

 クラブW杯は2005~08年と11~12年は日本で、09~10年はアラブ首長国連邦で開催された。毎年12月恒例の「クラブ世界一決定戦」が欧州であまり認知されていない現状について、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長は「これまでは時差や地理的な問題があったので理解できる。だが欧州への入り口とも言える(アフリカ最北端の)モロッコで開催されているのに、注目されないのはがっかりしている」と率直な思いを語った。

 今季からグアルディオラ監督が指揮し、ロッベンやリベリら世界屈指の名手がそろうBミュンヘンを追って多くのドイツメディアが訪れた。だが、大会中に欧州チャンピオンズリーグの決勝トーナメントの組み合わせが抽選で決まると、記者会見では「対戦するアーセナル(イングランド)についてどう思うか?」と、クラブW杯と関係のない質問に終始した。世界最強の呼び声が高いBミュンヘンの参加は、皮肉にも今大会が盛り上がりを欠いた一因にもなった。他の6チームとの実力差はあまりにも大きく、準決勝でアジア王者の広州恒大(中国)を、決勝では地元のラジャ・カサブランカを下して優勝した。当然ともいえる結果に、あるベテラン英国人記者は「中国とモロッコのチームに勝って世界一とは…。欧州で誰も興味を示さないのも仕方がない」と指摘した。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部。担当はサッカー、ボクシング、相撲。


2013年07月19日

W杯出場なしは「不運」か 元マンUの名FWアンディ・コール  

来日した際の記者会見で質問に答えるアンディ・コール氏(2013年3月7日、田丸英生撮影) 世界中のサッカー選手が憧れる舞台、ワールドカップ(W杯)開幕まであと1年を切った。過去にはジョージ・ベスト(北アイルランド)やエリック・カントナ(フランス)のように、W杯とは縁がなかった名選手も少なくない。4年に1度という周期のため、タイミングや巡り合わせによって運命を左右される選手もいる。その一人が、マンチェスター・ユナイテッドなどで活躍した元イングランド代表FWのアンディ・コールだろう。

 5年前に引退し、現在はマンチェスターUのOBとして世界各地で普及活動などをしている。この春、東日本大震災の被災地を訪れるために初めて来日し、インタビューで自身の現役生活を「世界最大のクラブでプレーできた。とても運がよかったし、満足している」と振り返った。しかしW杯や欧州選手権を一度も経験できなかったのは、むしろ不運だったといえる。

 プレミアリーグ通算187得点は、元イングランド代表のアラン・シアラーに次いで歴代2位の大記録だ。コールはニューカッスル時代の1993~94年シーズンにリーグ得点王に輝き、98~99年シーズンにはマンチェスターUの3冠(欧州チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ、FAカップ)達成に大きく貢献するなど、クラブでは輝かしいキャリアを送った。対照的に、イングランド代表では95~2001年に、わずか15試合で1得点。W杯とも無縁で、94年の米国大会はイングランドが前年の予選で敗退。98年フランス大会は代表入りが有力視されながらも落選し、02年日韓大会のメンバーからも外れると、自ら代表引退を表明した。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部。担当はサッカー、ボクシング、相撲。


2012年11月21日

負けても応援し続ける アイルランドの熱いサポーター  

アイルランドのロゴ入りボールペンとパットさんの名刺(手前)。上は彼らマニアには貴重な大会公式資料。(田丸英生撮影) サッカーのワールドカップ(W杯)欧州予選で10月、アイルランドが1-6でドイツに惨敗した。イタリア人のトラパットーニ監督の去就も取りざたされたが、次戦でフェロー諸島を4-1で下し、73歳の老将の続投が決まった。だが、11月14日にギリシャとの親善試合も0-1で敗れた。このニュースを読み、ふと「あの人はまた怒っているかな」と思い浮かべた。

 あの人、とは今夏の欧州選手権の取材中にポーランドで出会ったアイルランド人の中年男、パットさん。アイルランドは1次リーグで3連敗して敗退したが、どんな状況でも熱い応援を続けるサポーターは各方面で絶賛された。共催国ウクライナのブロヒン監督も、負けるとすぐにブーイングし、試合中に何度もウェーブを起こすなど“空気の読めない”地元ファンに「アイルランドを見習ってほしい」と苦言を呈したほどだった。

 パットさんもそんな熱いサポーターの一人だったが、トラパットーニ監督については「彼はイタリアに住んでいるし、アイルランドにはめったに来ない。本当は選手のことなんてよく知らないんだよ」と愚痴をこぼした。ドイツ戦もギリシャ戦でも、きっと声を荒げて怒りながらも、最後まで応援していただろう。

 

続きはこちら



 田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部。担当はサッカー、ボクシング、相撲。


2012年03月21日

「シャツ出し」がOKに 20年目のJリーグで“ルール”変更  

「シャツ出し」同士で激しく競り合う柏・田中(左)と横浜M栗原(今季開幕戦から、共同) 意識して見なければ気にならないかもしれないが、言われてみれば気がつくだろう。20年目を迎えたJリーグで、ある“ルール”が変わった。今季、ユニホームのシャツをパンツに入れず、裾を出した状態でプレーすることが認められるようになった。もともと競技規則には明記されていなかったが、日本では「見た目にいい印象を与えない」「マナーや身だしなみ」などの観点から、シャツをパンツに入れることが「ローカルルール」となっていた。それが撤廃された。

 最も大きな理由が、国際基準に合わせたという点だ。日本サッカー協会の松崎康弘審判委員長が「バルセロナのメッシも、ドルトムントの香川も、いつも出している」と言うように、海外では多くの選手がシャツを出してプレーしている。今や「紳士の国」でさえ、イングランド代表やプレミアリーグでシャツを出してプレーする選手が目立つ。一方、昨季までJリーグではシャツを出している選手がいると、プレーが止まった時に主審が注意してパンツに入れるよう促してきた。ただ「選手が従わなくてもイエローカードを出せるわけじゃなかった」(松崎委員長)ということもあり、いちいち選手に細かく注意するのは主審にとっても余計な負担になっていた。

 シャツを出す選手が増えてきた理由として、最近のユニホームが細身になってきたことも挙げられる。ひと昔前はシャツを出すと、ダボっとしてややだらしなく見えたのが、最近はシャツを出しても裾が短くてタイトなつくりのため、すっきりとしたシルエットを保っている。過去の写真を見ると、一目瞭然である。90年代のJリーグではカズもジーコもストイコビッチも、みんなシャツを入れていた。ワールドカップ(W杯)でも10年前の2002年日韓大会では、ほとんどの選手がシャツをパンツに入れている。それが06年ドイツ大会では裾を出す選手が目につくようになり、10年南アフリカ大会で一気に増えた。

 

続きはこちら



田丸 英生(たまる・ひでお)1979年生まれ、東京都出身。共同通信名古屋、大阪運動部を経て、09年12月から本社運動部。担当はサッカー、ボクシング、相撲。