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スポーツリレーコラム

2016年10月12日

パッキャオ、現役復帰 11月にWBOウエルター級戦  

4月8日にラスベガスで行われたイベントでポーズをとるマニー・パッキャオ(左)ら(共同) 世界主要4団体で6階級制覇し、4月に引退したマニー・パッキャオ(フィリピン)が早々に現役復帰を表明した。11月5日に世界ボクシング機構(WBO)ウエルター級王者ジェシー・バルガス(米国)に挑戦する。5月に母国の上院議員に当選し、当面は政治活動に集中するとしていたが、現役への未練をにじませていただけに、驚きのカムバックではない。ただ、これまでパッキャオのカードを米国で放映してきたケーブルテレビ大手のHBOが中継を見送るなど、かつての注目度はもはやない。全盛期を過ぎた英雄は引き際を見失っているように見える。

 フィリピン・スター紙によると、パッキャオは復帰の理由の一つを「ボクシングが自分の主な収入源。公人としての給与に頼ることはできない。多くの人が自分に助けを求めにくる。それを無視できない」と説明し、国民に理解を求めた。下院議員時代には少なすぎる議会への出席日数が批判されることもあった。今回は直前までフィリピンで調整を積む計画を示すなど「二重生活」で受ける世論の批判をかわそうとする意図がうかがえる。

 フライ級での世界王座を皮切りに爆発的な攻撃で階級の壁を次々と打ち破ってきた。米国勢や中南米勢が席巻してきた「本場」のリングでアジア勢として存在感を発揮してきたのがパッキャオだ。だが37歳となり、さすがに衰えは否定できない。2012年に2連敗した時期を境に、果敢に倒しにいくボクシングから、無理はしないスタイルにモデルチェンジ。KO勝ちは2009年を最後にない。AP通信によれば、長年コンビを組む名伯楽フレディ・ローチ・トレーナーは「マニーのボクシングにはまだ未来がある」と話しているが、ひいき目が過ぎるのではないか。

 

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 木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。2005年共同通信社入社。大阪運動部を経て2010年から本社運動部でボクシング、大相撲、プロ野球を担当。現在は米プロスポーツなどをフォロー。


2016年06月15日

ボクシングのヘビー級に新時代 待ち望まれる世紀の一戦  

ボクシングのヘビー級世界戦に勝利し喜ぶアンソニー・ジョシュア=4月9日、ロンドン(AP=共同) 6月3日に死去したムハマド・アリ氏(米国)が君臨したボクシングのヘビー級に新時代が訪れそうだ。2012年ロンドン五輪金メダリストで国際ボクシング連盟(IBF)王座に就いたアンソニー・ジョシュア(英国)を筆頭に歴史に名を残す可能性のある新たなスターが台頭してきた。ジョシュアはアリ氏同様の五輪王者というキャリアも魅力で期待は大きい。マイク・タイソン(米国)が1980年代後半までに圧倒的なパワーとスピードで世界主要団体の王座を統一した時代を懐かしむ筆者としては、まだ物足りない面はあるが、これからが楽しみになってきた。

 ボクシング界の歴史を彩ってきた最重量級も近年は注目度が低下し、停滞気味だった。変化のきっかけは昨年11月。世界主要3団体王者ウラジーミル・クリチコ(ウクライナ)がタイソン・フューリー(英国)に敗れ、11年ぶりに黒星を喫した。クリチコは名王者だが、長いリーチとクリンチに頼る闘い方は消極的で「面白みに欠ける」との批判も多く、ヘビー級人気低迷の一因に挙げられていた。そのクリチコが自身を上回るサイズのフューリーの長いリーチに苦しんで王座から陥落すると、今年4月にはIBF王者チャールズ・マーティン(米国)に挑戦したジョシュアが2回KOで圧勝した。また北京五輪銅メダリストのデオンテイ・ワイルダー(米国)は昨年、世界ボクシング評議会(WBC)タイトルを獲得し、久しぶりにヘビー級王座を米国にもたらした。「ヘビー級に興奮を取り戻したい」と主役の座をうかがう。引退したフロイド・メイウェザー(米国)ら中軽量級の選手に押され気味だった状況から、ヘビー級にもボクシング界の顔になり得る存在がようやく出てきた。

 人気復活のさらなる起爆剤には、2002年のレノックス・ルイス(英国)―タイソンのように、実力、人気を兼ね備えたスター選手同士のカードが組まれることが一番だと思う。最終的には世界主要4団体のベルトを統一する王者が誕生すれば、ファンの視線も最重量級のリングに戻るはずだ。

 

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 木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。2005年共同通信社入社。大阪運動部を経て2010年から本社運動部でボクシング、大相撲、プロ野球を担当。現在は米プロスポーツなどをフォロー。


2015年09月09日

世界一へは「日々努力」 響いたカリーのシンプルな言葉  

イベントで華麗なプレーを披露するNBAウォリアーズのカリー=4日、東京都内 米プロバスケットボールNBA、ウォリアーズを40季ぶりの王座に導いたステフィン・カリーが明かした成功への鍵は「日々努力すること」。NBAでは決して大きいとは言えない191センチの身長で、昨季レギュラーシーズンの最優秀選手となるまで登り詰めただけに、ごく当たり前の聞き慣れた言葉があらためて胸に響いた。

 9月4日に東京都内で行われた契約するスポーツ用品メーカーのイベントで、ファンの前に登場。プログラムに組み込まれたバスケットボール教室では16~19歳の男女20選手に時折見本を示しながら直接指導した。

 普段行っている練習を凝縮したというメニューも惜しげもなく披露するサービスぶりだった。「テレビでやっていればいつでも見る」と言うように、バスケットボールが好きなのだろう。徐々にその真剣さは増した。イベントとは思えないほどの激しさで取り組み、いつしか体には汗が浮かんでいた。

 

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 木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。05年共同通信社入社。大阪運動部を経て10年から本社運動部でボクシング、大相撲、プロ野球を担当。現在は米プロスポーツなどをフォロー。


2013年10月09日

すべてにおいて規格外  プロでも世界王者目指す村田諒太  

プロデビュー戦で圧勝した村田諒太(右)。五輪金メダリストの重く鋭いパンチに東洋太平洋ミドル級王者の柴田明雄の顔は大きく歪んだ(2013年8月25日、共同) ロンドン五輪ボクシング男子金メダリスト、村田諒太(三迫)が注目のプロデビュー戦を圧倒的な内容の白星で飾った。8月25日、ノンタイトル6回戦とはいえ対戦した東洋太平洋の現役王者、柴田明雄(ワタナベ)をねじ伏せた。右ストレートを軸にした、潜在能力が詰まった2回2分24秒のTKOは、今日まで日本勢が制した最重量階級のミドル級では竹原慎二以来となる世界王座へ大きな可能性を感じさせた。


 五輪での実績があるものの、勝手が違うプロ初戦でKOはさすがに難しいのでは、との見立ては鮮やかに覆された。1回に右でダウンを奪うと、後は後退を繰り返す柴田を2回に連打で仕留めた。試合中には笑顔すら見せた。「心理戦でやっていただけで、はなから余裕があったわけではない」と明かした。それでもデビュー戦でいきなり心理戦を仕掛けられること自体が強心臓ぶりを物語っている。


 同じ73キロ契約で計量をパスした選手と思えないほど一発の重さの違いもロープ越しから伝わった。柴田が村田のパンチを浴びるたびに顔が歪むのに対し、村田は柴田のボディーブローをもらおうが、構わず前進。試合前の公開練習で見せた、上体の動きで攻撃をかわすウィービングなども必要ないとばかりに、両拳を上げてブロックするアマチュア時代のスタイルで攻め続けた。それだけ両者にはフィジカルの能力に歴然たる差があった。

 

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 木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。05年共同通信社入社。大阪運動部を経て10年12月から本社運動部でボクシング、大相撲をはじめ様々な競技を担当。


2013年02月20日

角界の苦労人、北勝国引退 前相撲から初めて関取に返り咲き  

断髪式で感無量の面持ちの元十両北勝国(下)。同期生の横綱白鵬も参加しはさみを入れた(2013年2月2日、両国国技館、共同) 昭和の大横綱大鵬の納谷幸喜さんが死去した1月、大相撲初場所で独特のポーズで人気を呼んだ高見盛が引退したが、角界の歴史を塗り替えた1人の力士も土俵生活に別れを告げた。番付外に落ち、前相撲から史上初めて関取に返り咲いた元十両の北勝国だ。

 179センチと決して大きな体ではないが、右を差して積極的に攻める相撲を磨いて番付を上った。苦労人は昨年名古屋場所で負った右脚の故障が原因で引退を決意した。最高位は東十両6枚目、十両在位は通算7場所だった。今後は北海道函館市で就職するという。

 明るい人柄で誰からも愛された。大勢の仲間と連れだって飲みに出かけるなど、部屋のムードメーカーだった。同い年の隠岐の海は「相撲だけじゃなく、性格も天才。何でもできる人」と一目置いた。たとえ同期とはいえ、最高位まで上り詰めた白鵬が断髪式に駆けつけ、同じ山形県出身の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)が音頭を取って送別会を開いたことからも人間性がうかがえるだろう。

 

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 木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。05年共同通信社入社。大阪運動部を経て10年12月から本社運動部で様々な競技を担当。


2012年03月07日

宮里藍、目を見張る集中力 我慢し正確さで勝負  

ホンダLPGA最終日の18番でバーディーを奪い、緊張感から解き放され満面に笑みを浮かべる宮里藍(2012年2月19日、サイアムCC、共同) 2月中旬からの米女子ゴルフツアーの第2戦、ホンダLPGA(タイ)と翌週のHSBCチャンピオンズ(シンガポール)を取材した。このアジア2連戦で今季のスタートを切った日本勢の宮里藍、宮里美香、上田桃子の中で、宮里藍の戦いぶりが印象的だった。

 タイでは昨季の賞金女王、曽雅☆(女ヘンに尼)(台湾)が優勝したが、同組で追いかける宮里藍の集中力には目を見張るものがあった。飛距離を武器にして果敢に攻める相手に対し、ショットの正確さで互角以上に戦った。最終日は前半こそスコアメークに苦しんだが、10番のバーディーで始まった後半は微妙な距離のパーパットを次々と決め、ひたすらチャンスを待った。いつ脱落してもおかしくないじりじりとした緊張感の中、15番、17番とバーディーを奪い逃げる曽雅☆(女ヘンに尼)に重圧をかけた。

 最終18番(パー5)でも研ぎ澄まされた集中力の高さが垣間見えた場面があった。1打差でリードする曽雅☆(女ヘンに尼)が第3打をピンそばにぴたりとつけて、この時点でほぼ勝負があった。グリーンを取り囲む観衆がスーパーショットに沸き上がる中、約3メートルのバーディーパットを残していた宮里藍は、表情一つ変えなかった。まず優勝はない。その状況で「私のゲームはまだ終わってない」と自らに言い聞かせた。心の揺れを抑え、これを沈めてガッツポーズ。きっちりスコアを一つ伸ばして2位で大会を締めた。宮里藍は2年前に、タイ、シンガポールで開幕2連勝を飾っているが、タイでの激闘を「2年前に勝った時より内容が濃い2位だったと思う」と言ったのは偽らざる心境だろう。

 

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木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。05年共同通信社入社。大阪運動部を経て10年12月から本社運動部で様々な競技を担当。