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スポーツリレーコラム

2016年09月07日

タオル回しと判官びいき 甲子園の異様な光景  

サヨナラ勝ちで3回戦進出を決め、喜びを爆発させる東邦ナイン。左から2人目は八戸学院光星の捕手奥村=甲子園 目の前に広がった光景が異様に映った。

 夏の甲子園の2回戦、東邦(愛知)―八戸学院光星(青森)。九回、東邦は4点差を追いかける展開だった。甲子園では敗色濃厚のチームが何度も逆転劇を演じてきたが、現実的にはひっくり返すのが難しい点差だ。

 ドラマのきっかけを作ったのはアルプススタンドに陣取ったマーチングの名門、東邦の吹奏楽部。楽器を手に踊り、振り付けながら、吹き鳴らす。プロ野球ロッテの応援をモチーフとした軽快な応援曲に乗って、一塁側アルプススタンドの応援団がタオルを回し始めた。ヒットが1本、2本と続く度にタオル回しが球場全体に伝播していった。気がつけば、八戸学院光星が陣取った三塁側アルプススタンド以外すべての客席で、タオルが回っていた。

 

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 三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県出身。7年間のスポーツ紙勤務を経て2009年に共同通信へ。ゴルフ、陸上などを担当、ロンドン五輪とソチ・パラリンピックを取材した。14年5月に大阪運動部へ移り、高校野球を中心に取材している。


2015年08月26日

「コメント力」は本塁打以上の驚き 清宮幸太郎に見た石川遼との共通点  

九州国際大付戦の4回裏、右翼ポール際にこの大会2本目の本塁打を放った早実の清宮(2015年8月17日、共同) 第97回全国高校野球選手権大会は20日、幕を下ろした。大会創設100年を迎えた節目の大会は例年以上の盛り上がりを見せた。話題をさらったのは何と言っても早実(西東京)の1年生スラッガー、清宮幸太郎選手であった。2本塁打を含み、19打数9安打8打点、打率4割7分4厘という獅子奮迅の活躍。本塁打の弾道はもちろん、準々決勝の九州国際大付(福岡)戦で見せた逆方向の左中間に飛んだフェンス直撃の二塁打は衝撃的で、バックネット裏の記者席では、回りの記者とともに私も「これは、本物や…」の言葉が自然と口をついて出た。

 そして、試合終了後、われわれ報道陣は彼の豊富な表現力に接し、本塁打の軌道以上に毎度驚かされることになった。取材エリアで清宮選手の回りには常にメディアによる四重、五重の人垣ができた。16歳の高校生が発したとはとても思えない、試合後のコメントを一部紹介する。

 「甲子園が楽しい。不思議な力をもらえる。自分の世界をつくれている」(今治西との初戦終了後)
 「映画みたい。これからの人生でかけがえのない1本になります」(東海大甲府戦での初本塁打後)
 「生まれ変わって、もう1回野球ができるなら、また上級生の皆さんと野球がしたいです」(準決勝、仙台育英に敗退後)。

 

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三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県北葛城郡出身。スポーツ紙での7年間の勤務を経て2009年に共同通信へ。ゴルフ、陸上などを担当し、ロンドン五輪、ソチパラリンピック取材。14年5月に大阪運動部へ移り、高校野球を中心に担当。


2013年08月28日

孤立しなかった桐生 世界陸上、マラソン開始時間に疑問  

男子400メートル決勝で第2走者の藤光(左)にバトンを渡す桐生。その形相と宙を駆けるような走りが印象的(2013年8月19日、共同) 陸上の世界選手権で目玉選手は男子100メートルで4月に10秒01をマークした桐生祥秀(京都・洛南高)だった。9秒台突入が期待されて注目を浴びる17歳の新星は高校生でただ一人、日本代表に選出された。
 
 初めて日の丸をつける世界大会で当初、右も左も分からない桐生のストレスを和らげたのは100メートルのライバル山県亮太(慶大)だった。ロンドン五輪準決勝を経験した21歳の先輩は、モスクワの選手宿舎で同部屋になった。山県は「緊張を抜いてやらないと」と自身の体験談を話し、周りの選手を桐生に紹介した。

 山県は10日の100メートル予選で左太もも裏を痛め、14日に途中帰国。「急に一人部屋になったんです」という桐生を他のメンバーが孤立から守った。毎日の夕食後、がらんとした部屋は飯塚翔太(中大)ら男子短距離チームの選手のたまり場になったという。離脱した山県が全選手に置き手紙を書き残したエピソードからも察知できるように、チームワークはよかった。個人種目ではもうひとつだったが、最終日の400メートルリレーで息のあったバトンパスで予選を突破し、6位入賞。打ち上げをしたモスクワの焼肉店では、他の誰よりもよく食べる笑顔の桐生の姿があったという。飯塚は「桐生もどんどん話しかけてくれたのでよかった。本当に仲がよかったチーム」と誇らしげに振り返った。

 ヘルシンキの2005年大会には対照的な高校生の姿があった。当時、大阪高3年で代表に選ばれた男子1600メートルリレーの金丸祐三(大塚製薬)は初めての海外遠征だった。「知っている人が誰もいないから」と部屋に閉じこもってばかりで、いい思い出がなく帰国したという。「そんな思いはさせてはいけない。チームに溶け込ませてあげるのも経験者の仕事」という先輩の気持ちが伝わった。400メートルリレーで第1走者を務めた桐生は「思ったより緊張しなかった。先輩はみんなよくしてくれた」と感謝の言葉を口にした。

 

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 三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県北葛城郡出身。スポーツ紙での7年間の勤務を経て2009年に共同通信へ。ゴルフを2年間担当し、現在は陸上競技を中心に取材。


2012年10月24日

熱気あふれる箱根駅伝予選会 大学経営も絡む一大イベント  

自衛隊の滑走路を埋め尽くすような走者の群れ。熱気渦巻く予選会が始まった(10月20日、共同) これが本当に「予選会」なのか。毎年、秋に東京都立川市に向かうたび、国営昭和記念公園の広場を覆い尽くす人の波に圧倒される。東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)予選会が10月20日に行われた。スタート地点は陸上自衛隊立川駐屯地内の滑走路。500人を超える学生ランナーが幅いっぱいになり、一斉に駆けだす姿は圧巻だ。各大学の応援団が太鼓を打ち、チアリーダーが跳ね踊る脇を、選手が真剣な表情で駆け抜ける。

 応援の熱気もすごい。公式発表はないが、大会関係者によると2万人を超えるファンが会場周辺に詰め掛ける。レース終了直後、本大会出場校を関東学連のスタッフが読み上げ、会場では残酷なまでに明暗がくっきりと分かれる。本大会への出場権を獲得した大学は大歓声とともに胴上げが自然発生的に行われ、すぐ隣で予選敗退した学校の選手がひざまずいて涙する。学生だけでなく後援者や家族も一喜一憂し、さまざまな人間ドラマが交錯する瞬間だ。ことしは45校が出場。憧れの箱根路への道が開けるのはわずか9校で、36校が涙をのんだ。

 出場がかなわない大学は予選会に出場することが、第一の目標となっている。5000メートルでは16分30秒、1万メートルで34分を切っている選手が10人以上いないと、予選会への出場は許されない。学習院大時代に予選会を走った市民ランナーの川内優輝(埼玉県庁)は「僕たちのような弱小校は予選会に出るのが目標だった。“箱根”というと10月の立川の予選会のことを指すんです。10人目の選手が34分を切れなかったときは気が気でなかったが、期限ぎりぎりで切ったときは本当にうれしかった。これで“箱根”に出られると思って。実際は立川を走るだけなのですが」と笑いながら振り返った。

 

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三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県北葛城郡出身。スポーツ紙での7年間の勤務を経て2009年に共同通信へ。09年、10年とゴルフを担当し、現在は陸上を中心に取材。


2012年02月15日

ペースメーカーで不公平に? 女子マラソン五輪代表選考レースに思う  

ペースメーカーの好走にも支えられ日本歴代9位の好タイムで大阪国際を制した重友梨佐選手(2012年1月29日、共同) 各競技でロンドン五輪の代表選考が進み、毎回大きな注目を集める女子マラソンも大詰めを迎えようとしている。昨年の世界選手権と国内の3大会が選考レースに指定され、残るは3月11日の名古屋ウィメンズ(旧名古屋国際)のみとなった。今回の選考が過去の五輪と決定的に異なる点が一つある。これまでになかったペースメーカーの起用が組み込まれたことだ。従来の五輪代表選考は相手を牽制しあって極度のスローペースとなることが多く、注目レースながら盛り上がりに欠けた点もあった。日本陸連は国内の選考レースすべてにペースメーカーを置くことを決め「世界で戦える2時間22分台を目指せるように」と3レースとも中間点通過タイムを1時間11分前後に設定した。主催側も高速レースによる各大会の盛り上がりを願っており、好意的に受け入れている。

 これが皮肉にも不公平な状況を生んでいるとみる。昨年11月の横浜国際では気温20度を超える暑さもあり、3人のペースメーカーが19キロまでにレースをやめた。15キロまでのペースも5キロ17分を超過。ペースメーカーの1人だった森祥子(大塚製薬)は前回大会も大任をこなしており、2010年山陽女子ロード優勝と実績も十分の選手。ところが厳しい気象条件は生身の人間である森にも等しく襲いかかった。レースを制した木崎良子(ダイハツ)の記録は2時間26分32秒。暑さがペースメーカーの仕事のリズムを狂わせたこともあり、平凡な優勝タイムにつながったとは言えないだろうか。

 対照的に1月の大阪国際を日本歴代9位の2時間23分23秒で制した重友梨佐(天満屋)の好走はペースメーカーが支えた。ロンドン五輪に1万メートルでの出場を目指す清水裕子(積水化学)は5キロ16分50秒前後のペースを忠実に守り、中間点通過は1時間10分58秒と完璧な先導を見せた。陸連の木内敏夫・強化統括ディレクターはレース後、興奮気味に「清水がよく走った!」と記者会見で語ったほどだ。また、一般参加の小倉久美(四国電力)は途中までレースを引っ張る「隠れ」ペースメーカーを務めた。15キロまで清水らを引っ張り、ペースメーカーを引っ張る役を担った。陸連は一般参加枠のペースメーカー役をあらかじめ各実業団へ募集をかけており、入念な対策ぶりがうかがえる。

 

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三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県北葛城郡出身。スポーツ紙での7年間の勤務を経て2009年に共同通信へ。09年、10年とゴルフを担当し、現在は陸上を中心に取材。