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スポーツリレーコラム

2017年02月14日

「リレーコラム」ソフトバンク松坂大輔、完全復活なるか 手術の右肩に不安なし  

ブルペンで気迫のこもった投球を見せるソフトバンク・松坂=宮崎 「平成の怪物」が右肩手術からの完全復活へ腕を振り続けている。プロ野球で覇権奪還を目指すソフトバンクで、ひときわ今季にかける思いが強いのが松坂大輔投手だ。

 米大リーグから日本球界復帰3年目だが、1軍登板はわずか1試合で未勝利。だが今春のキャンプは笑顔が目立つ。

 昨秋から体重が9キロ減ったスリムな体で、まだ序盤の2月7日には239球を投げるなど原点回帰の調整法とも言える投げ込みを敢行。3年契約の最終年で「(球団には)いつも謝っている。恩返しは1軍のマウンドで勝つこと」との意気込み通りにアピールをしている。

 

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 城山 教太(しろやま・きょうた)1976年生まれ。札幌市出身。2000年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年から運動部。レスリング、スキーなどで夏季、冬季の五輪取材を経て、15年からプロ野球ソフトバンクを担当。


2016年02月10日

浸透した「熱男」でV3へ突き進む 戦力、資金は今季も豊富  

サヨナラ2点本塁打を放ち、お立ち台で喜ぶソフトバンク・松田=ヤフオクドーム(2015年9月6日、共同) 2月から日本のプロ野球各球団がキャンプインした。王者ソフトバンクは1990~92年の西武以来となる3年連続日本一を目指す。今季のチームのスローガンは昨季、浸透した「熱男(アツオ)」を継続した「熱男2016」。実は今季のスローガンは別の新しいものに決まりかけていた。最終選考に残った4候補を見た就任2年目の工藤公康監督が「あまりピンとくるものがなかったんだよ。『熱男でいいんじゃない?』と(球団に)言ったんだ」。この一言で最終選考の候補になかった「熱男」が復活。工藤監督もお気に入りのスローガンでV3に挑むことになった。

 初めてこのスローガンを目にした時、これだけ浸透するとは思わなかった。浸透させたのは昨季の選手会長だった松田宣浩内野手。本塁打を放ち、チームメートとベンチ前でハイタッチを交わした後、観客席に向かってガッツポーズをしながら「熱男!」と叫び、ヒーローインタビューでも締めの言葉にしたことで広まった。最大の功労者は、昨年オフに米大リーグ挑戦を表明。迷った末にソフトバンク残留を選んだことも、スローガン継続となった一因だろう。松田選手にとって今や“鉄板”のネタとなっている。今キャンプの練習中にも「熱男」と叫べば、必ずファンから歓声と笑いが起こる。米球界から5年ぶりに古巣に復帰した和田毅投手も2月7日の野球教室で半ば強制されて叫んだ。一緒に教室に参加した松田選手は「和田さんが言えば、投手陣にもっと広がる。(米国帰りだから)ホットマンだ」とご満悦。チームに一体感を持たせることにも役立っている。

 3年連続日本一のハードルは高いが、十分可能な戦力を持っている。昨季31本塁打を放ち、日本シリーズで最高殊勲選手に輝いた李大浩内野手が大リーグのマリナーズとマイナー契約を結んで抜けても、穴を埋める選手の駒はそろっている。工藤監督が李大浩の不在を「プラスにとらえる」と話すように、昨季4番を務めた内川聖一外野手が経験のある一塁手の練習を本格的に始めた。3年連続で打率3割の中村晃外野手も一塁を守れるし、昨季ウエスタン・リーグで本塁打王と打点王を獲得したカニザレス内野手もいる。主に左翼を守る内川選手が一塁に回れば、外野の選手にも新たにチャンスが巡ってくる。昨季は好調な選手を次々と1、2番に起用、ことごとく采配が当たった工藤監督は、現段階では、一塁手を固定せずに選手の状態を見極めてスターティングメンバーを決める方針だ。

 

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 城山 教太(しろやま・きょうた)1976年生まれ。札幌市出身。2000年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年から運動部。レスリング、スキーなどで夏季、冬季の五輪取材を経て、15年からプロ野球ソフトバンクを担当。


2013年12月25日

ラムソーの横山久美子さん 日本選手を支える「カツカレー」  

W杯を転戦する日本選手たちに手作りの和食を差し入れし、応援にも精を出す距離スキー元五輪代表の横山久美子さん(左)と次男志文(中央)長男の健志君(2013年12月15日、ラムソー、共同) ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)が11月下旬のジャンプ男子を皮切りにスタートし、ソチ冬季五輪を間近に控えて今たけなわだ。担当として開幕から1カ月あまり、欧州各地を転々として取材に駆け回っている。ジャンプ女子では昨季個人総合女王の高梨沙羅(クラレ)が開幕3連勝と絶好調。男子でも41歳の葛西紀明(土屋ホーム)が最年長での表彰台となる3位に入るなど、序盤で3人が表彰台に立った。複合でも渡部暁斗(北野建設)は6戦中4度が表彰台と各種目で活躍している。試合前後に選手やコーチらに話を聞くのはもちろんだが、今回の海外取材でぜひ話をうかがいたい人がいた。


 複数の選手から「ラムソーに行けば“いいもの”が食べられるので」と聞いたのがきっかけだった。“いいもの”をつくるのは1998年長野五輪のノルディック距離女子代表だった横山久美子さん(41)。新潟県出身で妹の寿美子さんとともに長野五輪の舞台に立った。2002年夏に現役を引退。03年9月にスキーメーカーのサービスマンを務めるオーストリア人と結婚し、人口約3000人のオーストリア・ラムソーに住み始めた。10年が経過し、現在は2児の母。日本人は横山さんだけという。“いいもの”とはオーストリア名物でシュニッツェルと呼ばれるカツレツ入りの「勝つ(カツ)カレー」など、横山さん手作りの日本食だ。


 「選手をしていなかったらここにはいない。スキーへの恩返しというか、やらなきゃいけないでしょ」とボランティアとしての心構えを事もなげに話す。横山さんが現役の時にも遠征先の日本人に日本食の差し入れなど世話になった経験があり、自然と行動に移った。初めは選手とお茶を飲んで雑談するぐらいだったが、08年ごろから「苦手な人が少なくて日本人になじみがある」カレーライスや、抹茶やあずきを使ったデザートを作るようになった。ジャンプ女子の先駆者で現在はコーチをしている山田いずみさんがコンチネンタル杯で初優勝した時もカレーを口にしたという。

 

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 城山 教太(しろやま・きょうた)1976年、札幌市出身。00年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年春に運動部へ。現在はレスリング、スキーなどをカバー。


2013年01月30日

苦境続く日本のエース ジャンプ男子の伊東大貴  

1月19日のW杯で2回目を終え、ジャンプ台を見上げる伊東大貴(大倉山、共同) エースの苦しみが続いている。ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ男子で、昨季4勝して世界から脚光を浴びた25歳のエース伊東大貴(雪印メグミルク)が昨春からの右膝の炎症で十分な練習ができず調整遅れをシーズン中盤になっても取り戻せていない。五輪前のシーズンでの逆境にも「その時の状態でできることを百パーセントやるのを繰り返すしかない」と冷静に復活への階段を上るつもりでいる。

 昨季は札幌・大倉山での初優勝を含む2勝を挙げ、海外でも2勝と大きな自信をつけた。1998~99年の葛西紀明(土屋ホーム)の6勝、長野冬季五輪のあった97~98年の船木和喜(フィット)と原田雅彦の5勝に次ぐ、シーズン4勝の要因は精神的な落ち着きがもたらした。ここ数シーズンはルール変更が相次ぎ、伊東もスキーの長さなどが変わった。「どうせまたルールが変わるのならいい意味で開き直って、いろいろ試してみよう」と無駄な力みがなくなった。W杯の主戦場は欧州で、選手は一度の遠征で1~2カ月、日本を離れる。時差とも戦いながら移動と試合を繰り返すため、いったんメンタルや技術の歯車がずれると修正するのは簡単ではない。18歳から転戦を重ねる伊東が心の強さを手に入れたことで、踏み切りでジャンプ台に長く力を伝えてK点付近からぐんと飛距離が伸びる技術に磨きがかかった。

 今季もルール改正があり、体に密着するスーツになった。さあ練習と意気込んだが、原因不明の膝の痛みに見舞われた。練習を控えてもなかなか痛みが引かない。従来よりも浮力を得づらくなったスーツで飛び出しの角度や空中での感覚を確かめたかったが、なかなか飛べない日々が続いた。ジャンプを始めてから初めての経験に「いら立ちというかストレスを感じた」という。W杯序盤戦のメンバーから外れ、年末年始のジャンプ週間から復帰したが「正直、今の状態で行っても大丈夫かなという気持ちは強い」と世界は甘くはないことを分かっているようだった。

 

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 城山 教太(しろやま・きょうた)1976年、札幌市出身。00年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年春に運動部へ。現在はレスリング、スキーなどをカバーする。


2012年02月08日

偉業へ異なるアプローチ レスリングの吉田沙保里と伊調馨  

世界選手権の金メダルを手に喜びの吉田沙保里(右)と伊調馨(2011年9月16日、イスタンブール、共同) ロンドン五輪で日本女子として史上初の3連覇に挑むのがレスリングの吉田沙保里と伊調馨(ともにALSOK)だ。競技採用された2004年アテネ、08年北京、両五輪を制して現在も絶対的な強さを誇る2人だが、ロンドンに向けては「五輪3連覇」を明確な目標として北京直後に公言した吉田に対して、伊調は探求するレスリングを「多くの人に見てもらう場」ととらえている。異なるアプローチの仕方が興味深い。

 女子で3連覇に初めて挑んだのは、現在参議院議員を務める柔道48キロ級の谷亮子さん。5大会連続で五輪に出場し、00年シドニー、アテネで日本女子として初めて連覇した。しかし北京では金に届かず銅メダルだった。その谷さんをテレビで見て五輪を目指すようになった吉田は、20歳で初めて勝った世界選手権から9大会連続で優勝するなど、休むことなく闘ってきた。勝ち続けることでライバル不在となっても「誰もやったことがないことやりたい。挑戦できるのは私だけ」と記録と正面から向き合い、モチベーションの維持にもつなげてきた。

 08年1月に中国で行われたワールドカップで119連勝が途切れたものの、北京五輪は圧勝。昨年の世界選手権や五輪代表を決めた全日本選手権はともに決勝での苦戦を「このままでは駄目だというのを教えられた」と前向きに考えて、自慢の高速タックルのほかにポイントを取るための攻撃に磨きをかける。五輪3連覇を果たしたら、その約1カ月後にカナダで開かれる世界選手権でさらなる記録達成を目指す。五輪と世界選手権合わせて12大会連続で優勝し、人類最強といわれた男子のアレクサンドル・カレリン(ロシア)を超える、世界大会13連続Vへの挑戦だ。

 

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城山 教太(しろやま・きょうた)1976年生まれ。札幌市出身。00年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年春に運動部へ。現在はレスリング、スキーなどをカバーする。