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スポーツリレーコラム

2015年10月07日

リハビリは超ポジティブ ダルビッシュ投手、完全復活への歩み  

本拠地開幕戦のセレモニーでは右肘に固定具を付け、左手でハイタッチをしたレンジャーズのダルビッシュ。その後、復帰へ向けて積極的なリハビリが始まった(2015年4月10日、共同) リハビリというとつらい、苦しいなど後ろ向きのイメージがどうしてもついて回るが、3月に右肘の靱帯修復手術を受けた米大リーグ、レンジャーズのダルビッシュ有投手の場合はちょっと違う。来シーズン序盤の戦列復帰に向け、「超」が付くほどポジティブな姿勢でリハビリをこなし、完全復活への歩みを進めている。

 手術からちょうど5カ月となる8月17日にキャッチボールを開始した。球数は25で、距離は45フィート(約14メートル)。これを週3回こなし、3セットまでこなせれば、次は距離を15フィート(約4.6メートル)ずつ伸ばす。ダラス近郊のリハビリ施設で慎重に腕を振り、同時に鍛えられる部位は遠慮なく鍛えている。8月下旬に本拠地のロッカールームに姿を現した時は、まるでプロレスラーのように筋肉の隆起した上半身や腕を披露し、久しぶりに顔を合わせた日米のメディアを驚かせた。

 「(リハビリは)ネガティブなことばかり周りから聞いていたけど、今のところ一回もそういうこともない」と本人は笑顔も交えて振り返る。この前向きさを支えるのは、人一倍の向上心と探求心だ。手術直後から回復時期によってどんな栄養素が体に必要なのかを熱心に研究し、細心の注意を払いながら栄養補助食品を摂取。さらに指先などを積極的に動かして常に刺激を与え続けた。面白かったのは、専門家に全てを任せるのではなく、自身の短文投稿サイトを使ってファンからもリハビリ方法を幅広く募集したこと。ピアノ、ギターなどさまざまなアイデアが寄せられた。体や脳を活性化させるために何が良いリハビリになるのかという自身の好奇心に対し、自らを「実験台」として効果的なやり方を現在進行形で探し続けたのが、いかにも彼らしかった。

 

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 早川 雄三(はやかわ・ゆうぞう)1976年生まれ。埼玉県出身。2000年に共同通信に入社。本社、福岡、仙台でダイエー、楽天、西武、巨人などプロ野球を中心に取材。12年から米アーリントンを拠点に大リーグをカバー。


2014年06月18日

みんなを笑顔にする「魔球」 ダルビッシュのスローカーブ  

相手をにらみつけ威圧しておいてから投じられる山なりのスローカーブ。ダルビッシュの「魔球」は打者を欺きスタンドのどよめきを誘う。6月1日のナショナルズ戦では8回を5安打無失点、12奪三振に封じて5勝目を挙げた。(共同) いま、レンジャーズのダルビッシュ有投手がマウンドに立つ試合で、ファンの隠れた楽しみとなっているのが、「超」が付くほどのスローカーブだ。時速は60マイル(約97キロ)前後。打者もあごが上がるほどの大きな弧を描き、捕手のミットに収まる。敵地のスタンドでも大きなどよめきが起き、相手打者は脱力したように白い歯をのぞかせる。
 その緩いカーブについて「あれは面白かった」と語るのは、6月1日の交流戦で4番打者として対戦したナショナルズのラローシュだ。四回、90マイル(約145キロ)に迫る速球で簡単に追い込まれ、3球目は59マイル(約95キロ)のスローカーブ。通算224本塁打を誇る左のスラッガーは、外角にふわりと上がってストライクとなった山なりの「遅球」にぴくりともバットを動かせずに見逃し三振に。「手が滑ったのだと思った。投げ損なって、手から離れた瞬間はバックネットに当たると思った。それが落ちてきたんだ。私はただフリーズした。印象的だったよ」と試合後に振り返った。
 今季はほかに、タイガースのハンターに55マイル(約89キロ)、マリナーズのミラーとレッドソックスのサイズモアに61マイル(約98キロ)など、1試合でだいたい1球のペースでスローカーブを投じている。米国の一部ではこうした山なりの超スローボールは「eephus pitch(イーファス・ピッチ)」と呼ばれ、動画投稿サイトなどに掲載されると大きな反響を呼んでいる。5月16日のブルージェイズ戦の二回に63マイル(約101キロ)のカーブで強打者のリンドを見逃し三振に仕留めた場面について、米ヤフースポーツは「ダルビッシュは試合には勝てなかったが、あの瞬間、あの1球は試合の翌日になってもまだ語られている。それはリンドを完全に固まらせた、63マイルのイーファス・ピッチだ」と記事で述べた。
 ダルビッシュは「打者の反応とか、特に球場の反応がすごくいいので。打者もびっくりするし、球場も沸く。アウトピッチ(決め球)というよりも(ファンを)楽しませる球かなと」と以前に話したことがある。日本投手ではかつて、インディアンス時代の多田野数人投手(現日本ハム)が、ヤンキースの強打者ロドリゲスを60キロ程度の山なりの「直球」で打ち取り大歓声を浴びたことがあった。
 緩い球といっても誰でも投げられるわけではない。95マイル(約153キロ)前後の剛速球などと同じ腕の振りで投げられる技術的な裏付けと、相手が何を待っているかを見極める観察眼と分析能力が求められる、極めてレベルの高い球と言える。そして何よりもダルビッシュのように心に相当の余裕がなくては投げられない一球だろう。
 これまでに投げたスローカーブを分析すると、相手は名前のある打者、左打者が多い、二回以降で走者なし、速球系で2ストライクと追い込んだ後、点差が開いた直後、などの場面で投げる傾向がある。一流選手ならではの技術と遊び心が詰まった一球は、見る価値あり。思わず笑顔になる「超」スローカーブを、注目して観戦してみてはどうか。


【写真】相手をにらみつけ威圧しておいてから投じられる山なりのスローカーブ。ダルビッシュの「魔球」は打者を欺きスタンドのどよめきを誘う。6月1日のナショナルズ戦では8回を5安打無失点、12奪三振に封じて5勝目を挙げた。(共同)

 

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 早川 雄三(はやかわ・ゆうぞう)1976年生まれ、埼玉県出身。2000年に共同通信社入社。東京、福岡、仙台でダイエーや楽天、西武、巨人などプロ野球を中心に取材。12年から米アーリントンを拠点に大リーグカバー。


2011年10月12日

愛する仙台に思い残し退団  現役続行模索する楽天・山崎武司選手  

itou.misei.jpg プロ野球楽天の山崎武司選手の退団が9日に発表された。球団は花道を用意し、コーチとして球団に残るように要請した。しかし、本人が現役にこだわり、7年間を過ごした仙台を去る決断をした。

 チームではいまだにナンバーワンの飛距離を誇る。今季は11本塁打にとどまり、故障もあって不完全燃焼の思いも強かったのだろう。42歳という年齢で、なお現役への執念を持ち続ける姿勢には敬意を表したい。ただ、山崎選手にはどんな形であれ、楽天に残ってもらいたかったし、残るべきだったのでは、というのが個人的な感想だ。潮時を知れ、などと言うつもりはない。それほど楽天にとって特別な選手だからだ。

 山崎選手は2004年オフにオリックスを解雇され、現役引退を真剣に考えていた時に、新規参入した楽天に拾われる形で加わった。私は当時、楽天の担当だった。球場改修も突貫工事で間に合わせ、用具もない、スタッフもいないという状態で開幕を迎え、初年度は97敗。 そんな中でも山崎選手は「野球ができるだけでも幸せ。楽天に、仙台に恩返しがしたい」とうれしそうに語り泥だらけになって練習に明け暮れた。そして07年に本塁打と打点の2冠に輝き、「リストラの星」として注目を浴びる。輝きを取り戻したバットと持ち前のリーダーシップで09年は初のクライマックスシリーズ(CS)進出にも大きく貢献した。仙台のファンは、チームの歴史そのものであり、顔である山崎選手のバットに一喜一憂し、夢を乗せ、心を躍らせてきたのだ。

 

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早川 雄三(はやかわ・ゆうぞう)1976年、埼玉県出身。2000年に共同通信社入社。東京、福岡、大阪、仙台でダイエーや楽天、西武などプロ野球を中心に取材。今季は巨人担当。


2011年05月25日

「球団の方針」って何? 巨人の故障者対応に疑問  

itou.misei.jpg その悲鳴は、バックネット裏の記者室にまで響いたという。4月5日、プロ野球巨人の阿部慎之助捕手が、阪神との練習試合の守備でファウルボールを追った際に右脚を痛めた時の話だ。ふくらはぎを押さえ、自力では歩けない。開幕を直前に控えたベンチは騒然となった、と聞いた。肉離れを起こしたのか―。誰の目にも軽症ではないことは明らかで、この場に居合わせなかった私もその故障の詳細を伝えるべく、翌日から取材に走ったのだが、球団側の対応は意外なものだった。

 「球団の方針で診断結果は出せません」

 監督も含めて関係者の口は固く閉ざされ、今までにないほどのピリピリムード。それまではきっちりと発表されてきた症状や正確な故障箇所、全治に要する期間など一切の情報が、今回は「球団の方針」という分厚い壁に遮断され、すっかり闇に消えた。球団内にも一部で「今まで通りに発表すべき」との声が出たそうだが、結局、5月17日の交流戦初戦に阿部捕手が再び顔を見せるまで、詳細に踏み込んだ情報は開示されなかった。

 

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 早川 雄三(はやかわ・ゆうぞう)1976年生まれ、埼玉県出身。2000年に共同通信社入社。東京、福岡、大阪、仙台でダイエーや楽天、西武などプロ野球を中心に取材。今季は巨人担当。


2011年02月23日

プロ選手の魅力って何? 巨人の注目ルーキー沢村拓一投手  

 「同世代のこと、聞かないでもらえますか。関係ないんで。自分は自分ですから」。中大からプロ野球巨人にドラフト1位で入団した沢村拓一投手から、報道陣への異例とも言える〝お願い〟だった。
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 1月、新人選手による合同自主トレーニングが始まると、テレビや新聞のプロ野球報道は、右を向いても、左を向いても日本ハム入りした斎藤佑樹投手(早大)の話題で一色。150㌔超の豪速球で大学球界を席巻した注目右腕でさえ、同期としてどう思うか、などと聞かれることが続き、ついにその日、質問者に対して冒頭の発言が飛び出したのだ。

 耳は真っ赤。肩を怒らせ、それまでのゆったりとした口調は一気に早口に変わっていた。表情には明らかに不快感がにじんでいた。質疑はそれで打ち切り。翌朝には「聞かないで」のやりとりが一部で大々的に取り上げられることになった。

 私は、沢村投手を囲んでいた一人だった。新人からの質問自粛要請は、今まで聞いたことがない。気まずい空気が流れたのも確かだが、私の感想はまったくの逆。「今どき珍しい、負けん気の強い選手だなあ」と変に感心してしまった。

 

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早川 雄三(はやかわ・ゆうぞう)1976年生まれ、埼玉県出身。2000年に共同通信社入社。東京、福岡、仙台でダイエーや楽天、西武などプロ野球を中心に取材。今季は巨人担当。