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スポーツリレーコラム

2015年03月11日

選手憧れの「世界最長記録」 スキージャンプのフライングヒル  

今季のW杯個人第24戦で日本選手最長の240・5メートルを飛んで5位になった葛西紀明のフォーム(2015年2月15日、AP=共同) オリンピックや世界選手権の金メダルのように万人が認めるタイトルではない。それでも、ノルディックスキーのジャンプに挑む怖いもの知らずの選手たちが憧れるものがある。それが「世界最長記録」だ。2月のワールドカップ(W杯)では実に4季ぶりに新しい世界記録が生まれた。舞台はノルウェーのビケルスン。ヒルサイズ(HS)225メートル、K点200メートルで、世界でも欧州に五つしかない「フライングヒル」の中で最も大きなジャンプ台の一つだ。

 ビケルスンの台はランディングバーンに特徴があり、踏み切りで十分な高さを出せなかったり、空中でスピードをロスしたりするとK点のはるか手前に落ちる。しかし、うまく飛べば、160メートル付近で雪面にぐっと近づいたあと、そこから浮き上がるようにして伸びていく。

 2月14日の個人第23戦は緩い向かい風が吹く絶好の条件。優勝したペテル・プレブツ(スロベニア)は1回目に237・5メートルでトップに立ち、2回目に250メートルまで伸ばして世界記録を3・5メートルも更新した。

 

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 伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。北九州市出身。98年共同通信入社。サッカーの2002年、06年ワールドカップやアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪を取材。11年からロンドン特派員としてサッカー、スキーなど幅広くカバー


2014年06月11日

「第2のホーム」ロンドンで強化試合 ナイジェリアのW杯準備  

スコットランドのサポーターと記念撮影に収まったサンデー・ダダさん(左から3人目)(2014年5月28日、伊藤慎吾記者撮影) サッカーの祭典、ワールドカップ(W杯)ブラジル大会は12日にサンパウロで開幕する。厳しい予選を勝ち抜いた32チームは世界各地で国際親善試合を行って最後の調整に励んでいる。ほとんどのチームが壮行試合的な意味合いで地元で試合を開催したり、ブラジルと時差が少ない米国で実施する直前合宿の合間に試合を組んだり。そんな中でナイジェリアの取り組みはちょっと変わっていた。
 ナイジェリアはチームが集合して最初の国際親善試合を5月28日にロンドンで実施した。対戦相手はスコットランドだった。どちらのホームでもない中立地で、それほど観客が集まるのだろうか。疑問を持ちながら試合会場のクレーブン・コテージを訪れると、予想以上の盛り上がりに驚かされた。
 競技場周辺の普段は静かな住宅街に、ナイジェリアのファンが演奏する打楽器の音がこだまする。試合開始2時間以上前からお祭り騒ぎで、収容人数2万数千人の競技場に2万人超が訪れた。もちろんイングランドの隣にあるスコットランドのファンが半数以上を占めたが、ナイジェリアを応援する人たちも4割ほどはいた印象だ。
 ナイジェリアの広報担当者に聞くと、ロンドンで試合をした最大の理由は代表の多数を占める欧州でプレーする選手が集まりやすいからだという。2次合宿を張る米国への移動もスムーズだ。ロンドンはナイジェリアの移民も多いため、集客の心配もなかったそうだ。「ロンドンはわれわれの第2のホームみたいなものだからね」とウインクした。
 パトリック・オモログベさんは10年以上ロンドンに住む。「ここでナイジェリアを応援できるなんて。直接、声援できる絶好の機会だから」と、ロンドン生まれの子どもを連れてやってきた。医師のイブラヒム・イサさんは「ブラジルは遠すぎるが、ロンドンなら応援に行ける」と滞在3日間の強行軍でナイジェリアから飛行機でやってきた。
 「ナイジェリアは八百長なんかしない。われわれは勝つ」。そんなメッセージボードを掲げたのはロンドン南部に住むサンデー・ダダさんだ。試合の前日に、英紙がナイジェリア―スコットランド戦で八百長が仕組まれる疑いがあるとして英国犯罪対策庁(NCA)が調査に乗り出したと報じていた。ダダさんはもともと観戦を予定していなかったが「いても立ってもいられずに、ここに来たナイジェリアがインチキをしないってことを見せてほしい」と熱っぽく語った。
 緑色のナイジェリアのチームカラーを身につけた人々に共通していたのは、W杯に出る母国への誇りとお祭りが始まる前の高揚感だった。
 金銭にまつわるスキャンダルが続く国際サッカー連盟(FIFA)の問題について取材した際、スポーツ史を専門とする英ダラム大のカイ・シラー准教授は「どんなにFIFAに対してネガティブな思いを抱いていても、みんな6月12日の開幕戦が来れば、きっと忘れてしまう。サッカーというスポーツの美しさに夢中になる。ファンはW杯を見ることをやめられない」と話していた。
 母国から遠く離れた地で行われた強化試合に大勢のファンが詰めかけたのを目の当たりにして、そんな「サッカーの力」や「W杯のすごさ」の一端に触れた気がした。試合は2―2の引き分け。ナイジェリアは不運な形の失点でリードを許したが、あきらめずに攻勢を仕掛け、試合終了間際のゴールで追い付いた。両チームの奮闘ぶりを見る限り、八百長の影は感じられなかった。
 私自身も7日にロンドンから空路でサンパウロに入ったが、市内に飾り付けが少なく、W杯ムードがあまり高まっていないことにびっくりした。市内中心部と開幕戦を実施する
 サンパウロ・アリーナを結ぶ報道関係者向けのバスに乗ると、運転手が道に迷って競技場周辺をぐるぐると3周もするトラブルにもあった。多難な大会を予感させるスタートとなったが、大会が始まれば一気に盛り上がって素晴らしい雰囲気を味わえるのだろう。そんな「サッカーの力」を期待している。


【写真】スコットランドのサポーターと記念撮影に収まったサンデー・ダダさん(左から3人目)(2014年5月28日、伊藤慎吾記者撮影)

 

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 伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。北九州市出身。98年共同通信入社。サッカーの2002年、06年ワールドカップやアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪を取材。11年からロンドン特派員としてサッカー、スキーなど幅広くカバー


2013年04月17日

「人間ってこんなことができるのか」 鬼気迫るアルペン男子・湯浅直樹のレース  

W杯回転第3戦で自己最高の3位になった湯浅直樹。腰痛との苦闘がまるでうそのような柔和な笑みが広がった(2012年12月18日、共同) 本格的にスキーの取材を始めて5シーズン目が終わった。ノルディック・ジャンプ女子の高梨沙羅(グレースマウンテン・インターナショナル)が8勝してワールドカップ(W杯)個人総合優勝を果たした。幾度か勝利の瞬間に立ち会い、日本人として少し誇らしい気持ちを味わうことができた。しかし、最も印象に残ったのは、アルペン男子の湯浅直樹(スポーツアルペンク)がW杯回転で3位になり、初めて表彰台に立ったレースだった。少し大げさに聞こえるかもしれないが「人間ってこんなことができるのか」と思わせてくれるような試合だった。

 昨年12月18日のマドンナディカンピリオ(イタリア)。ナイター照明が照らす、冷えて硬くしまった急斜面を1回目に滑り降りてきた湯浅はゴールエリアで倒れ、そのまま雪面に横たわった。ヘルニアによる腰痛だった。開幕直前に痛め、この日も直前の調整すら満足にできない状態だった。レース後に動けなくなった29歳のレーサーを日本チームのスタッフ2人が両脇から抱えてそばのテントに運んだ。応急処置を受けて再び歩き出すまでに数十分もかかった。ストックで体を支えながら引き上げる姿をみつめて、日本のライトナー・チーフコーチが険しい表情で首を振った。1回目は26位で、上位30人による2回目は5番目にスタートすることになったが、この日はもう日本のエースが滑ることはないと思った。

 レース前にライトナー・チーフコーチは「湯浅は世界でもトップレベルだが、あんなにひどい腰痛を抱えていては戦えない。歩けないし、呼吸したり、笑ったりすることすらも大変そうだ。レースできることが信じられない。ライバルたちは健康で、狂ったように練習している。F1レースに3輪で挑むようなもの。万全の湯浅はフェラーリと同じくらい速いが、今はタイヤが3本しかない状態だ」と嘆いた。その言葉を裏付ける1回目終了後の様子を見て、深刻さがはっきりと理解できた。

 

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 伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年共同通信入社。サッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)やアテネ、ロンドン、バンクーバーの夏、冬五輪などを取材。現在ロンドン支局で幅広くスポーツをカバー


2012年01月11日

厳しい移動、日本選手のつらさ思う スキーの欧州ジャンプ週間取材  

W杯ジャンプ個人第4戦で2位になり、表彰台で笑顔を見せるエースの伊東大貴(2011年12月9日、ハラホフ=チェコ、共同) こんなに体も心も疲れるものとは思っていなかった。年末年始にドイツとオーストリアの4試合で争うノルディックスキーのジャンプ週間取材のことだ。といっても、久しぶりに日本勢が活躍してくれたから、原稿を書いたり取材をしたりがつらかったわけではない。雪不足のはずの欧州で連日、雪と氷雨にたたられ、とにかく移動が苦しかった。

 試合後、記事を送信してから真っ暗の山道、それも雪で覆われたくねくね道をレンタカーでひた走った。雪にライトが乱反射して前は見にくいし、少し気を抜くとずるずる横滑りしそうになる。昼間の移動でも高速道路は雪の影響で大渋滞している。予定を大幅に遅れて移動先のホテルに到着すると、体はこわばり、下着は嫌な汗で湿っていた。

 ワールドカップ(W杯)で欧州を転戦する日本のスキー選手たちは車で長距離移動を強いられることが常だから、大変だ。もちろん運転をコーチやスタッフに任せてはいるが、狭い車中で長い時間窮屈な思いをすることには変わりがない。今季W杯遠征に加わったジャンプ男子の20歳、小林潤志郎(東海大)は「移動をはさむとフォームが少しずれてしまう」と漏らした。序盤はW杯得点(30位以内)を重ねたが、W杯を兼ねたジャンプ週間では何度も「しっくりこない」と首をひねり、W杯得点を獲得できたのは4試合で1度だけだった。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。98年共同通信入社。サッカーの2002年、06年ワールドカップやアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪を取材。11年からロンドン特派員としてサッカー、スキーなど幅広くカバー


2010年09月08日

「速さ」より「強さ」 北島康介にみる競泳選手の真価  

 大学ごとにそろいのTシャツを着た応援団がメガホンを打ち鳴らし、母校の名前を連呼する。プールサイドの観客席は満員だ。5日まで東京辰巳国際水泳場で開催された競泳の日本学生選手権(インカレ)は、華やかな「大学生スイマー」のためのお祭りだった。国内で最も権威があり、国際大会の代表選考会も兼ねる4月の日本選手権より盛り上がる日本学生選手権を初めて取材して、競泳選手の「強さ」と「速さ」について、あらためて考えさせられた。

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 この大会には、8月に米カリフォルニア州アーバインで行われたパンパシフィック選手権の日本代表が十数人参加した。日本競泳界の将来を担う存在と期待されている背泳ぎの入江陵介(近大)が100メートル背泳ぎの今季自己最高となる53秒22を出すなど、多くの選手がパンパシフィック選手権よりも好タイムをマークした。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年共同通信入社。サッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)やアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪などを取材


2010年06月16日

「代表は国を映す鏡」 サッカーW杯南アフリカ大会に思う  

 4年前、わたしは日本のサッカー担当記者であることが恥ずかしかった。世界中のファンが注目するワールドカップ(W杯)ドイツ大会で、3大会連続出場の日本代表はふがいない試合を続けて1分け2敗。1次リーグで敗退した。アジア予選から取材してきた日本代表に少なからず感情移入していたわたしは、根拠の薄い期待で胸をふくらませていたことを悔やみつつ、逃げ帰るような気分でドイツを後にした。

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 2006年6月18日のことは今でも鮮明に覚えている。わたしは1次リーグF組で日本の同組だったブラジルとオーストラリアの一戦を取材するため、ミュンヘンにいた。執筆の準備をするため試合会場に早めに入り、プレスルームで作業をしていると、日本―クロアチアのテレビ中継が始まった。オーストラリアとの初戦で終盤に逆転されて黒星発進した日本にとっては、どうしても勝ち点3が欲しい試合だった。クロアチアのPKをGK川口がすばらしい反応でストップするなど、前半はまずまずだったと思う。しかし、後半の立ち上がりに衝撃的なシーンがあった。
 
 相手守備を完全に崩した決定機で、フリーだったFW柳沢が信じられないようなシュートミスをした。叫び声をあげて腰を浮かせたわたしを、何人かの他国の記者が哀れむような目で見た。「あれを外すなんて、信じられないね」と話しかけてくる記者もいた。試合会場で直接取材していれば仕事に集中していて気づかないような周囲の反応に、いつの間にか敏感になっていた。試合は結局、0―0の引き分けに終わり、日本は続くブラジル戦でも逆転負けした。
 
 「代表はその国を映す鏡」という言葉を聞いたことがある。代表の戦いぶりは国力や国民性を反映するという考えだ。W杯で各会場を転戦していると、勝ったり、大健闘したりしたチームは取材する記者までがどこか誇らしげで、逆にぶざまな試合をしたチームのミックスゾーンには、うつむきがちの記者が多い。終盤に逆転されるもろさ、大事な場面で露呈した決定力不足。勝利に向かって一丸になりきれない、情けない日本代表が自分と重なり、つらい気持ちばかりが募った。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年共同通信入社。サッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)やアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪などを取材


2010年03月24日

選手の気持ちが想像しにくい競技 それはスキーのジャンプ  

普通の人にとって最も選手の気持ちが想像しにくい競技は何かと考えてみた。ノルディックスキーのジャンプは間違いなくそんな競技の筆頭にあげられるはずだ。
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 野球やサッカーなら誰もが子どものころにやったことがあるだろう。わたしは水泳、バレーボール、柔道、テニス、ボート、スキー、スケートなどいろんなスポーツをかじったことがある。射撃や馬術はなじみが薄い競技の代表例だが、エアガンで的を狙ったことや、馬にまたがったことぐらいはある。

 時速160キロのボールをバットに当てる難しさのように、どんなスポーツでもトップ選手が競っているぎりぎりの感覚まではわからないものだ。それでも、やったことがある競技は経験から想像はできる。しかしジャンプの場合は頭の中に思い描く取っ掛かりすらない。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年共同通信入社。サッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)やアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪などを取材している


2009年09月30日

ブログ駆使し記者も顔負けの速報 ノルディック複合の阿部雅司コーチ  

 「共同通信よりも速く記事をアップしていますよ」。入社してから「素早く正確な記事を書け」と何度も教え込まれている私がどきりとするような言葉が耳に飛び込んできた。発言の主はノルディックスキー複合で全日本スキー連盟(SAJ)のナショナルチームを指導する阿部雅司コーチ(44)。自他ともに「複合ニッポン」の〝広報担当〟と認めるリレハンメル五輪団体金メダリストのブログ「JAPAN NORDIC COMBIND」(http://nc-japan.ens-serve.net/)は、通信社の記者も驚かされるほど速報マインドに富んだ情報発信源なのだ。
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 ことし2月にクリンゲンタール(ドイツ)で開かれたワールドカップ(W杯)での出来事。その日の試合が日本時間で朝刊の締め切りを過ぎて終わったため、私はゆったりとした気分でパソコンに向かっていた。すると珍しくプレスルームに現れた阿部コーチが私の隣に座り、猛烈な執筆活動を開始した。新聞記者顔負けのブラインドタッチで日本チームの結果や寸評を書き上げ、さらに写真を処理するまでに30分もかからなかっただろう。あっけにとられる私に「共同通信よりも…」という言葉を投げかけると、さっそうとプレスルームを出て行った。

 阿部コーチが2005年5月にブログを開設したのは「複合についての情報を広く発信したい」という思いからだという。1990年代に世界で活躍した阿部コーチや荻原健司氏(現参議院議員)らが現役を退き、複合はメディアに取り上げられることが少なくなっていた。できるだけ多くの人に複合への興味を持ってもらいたいと願う阿部コーチにとって、自分で自由に情報を広められるブログはぴったりのツールだった。

 「まめたろう」と呼ばれるほどまめな性格で、ブログはほぼ毎日更新している。内容は選手の情報やナショナルチームのスケジュールなど。動画投稿サイト「ユーチューブ」を駆使しており、選手の練習風景も見ることができる。このサイトを訪れれば、複合チームがぐっと身近に感じられることは請け合いだ。
 
 来年2月にバンクーバー冬季五輪を控える今季、W杯複合は11月下旬にクーサモ(フィンランド)で開幕する。報道機関の記事と個人のブログでは役割がもちろん違うのだが、昨季に続いて取材でW杯を転戦する予定の私は気を引き締めている。「阿部コーチのブログの方が、共同通信よりも速くて読み応えがあった」なんて感想が聞こえてこないように…。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年入社。アテネ五輪やサッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)などを取材し、2008年秋からスキーと水泳を担当


2009年06月24日

自然との一体感が魅力 五輪種目のオープンウオータースイミング  

 泳ぐことだけを目的に海を訪れたのは久しぶりだった。先日、日本水連が主催したオープンウオータースイミング(OWS)の「メディア・カンファレンス湘南」で大海原を泳ぐ楽しさを味わった。規格通りに作られたプールで泳ぐのとは爽快(そうかい)感が違う。1988年ソウル五輪の競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した鈴木大地さんも強化と普及に尽力するOWSは、自然環境との一体感を満喫できるスポーツだった。
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 梅雨時にもかかわらず陽気に恵まれた神奈川県藤沢市の鵠沼海岸。サーファーでごった返す海にスイミングキャップとゴーグルをつけて飛び込んだ。ダイビングやサーフィンのように用具を使わずに波間を漂うのは、すごく身軽な感じがした。泳いだ距離は200メートルにも満たないだろうか。この日の泳ぎだけで10キロ以上の距離で争うこともあるOWSの醍醐味(だいごみ)をすべて体験することはできないが、都会にあるジムのプールとはまったく違う開放感があることだけは実感できた。
 
 昨年の北京五輪で正式種目となったOWSのセールスポイントは、プールでは味わえないこの気持ち良さだろう。日本水連のOWS委員を務める順大水泳部監督の鈴木さんは「現役時代からプールの中だけを泳ぐのは単調だと思っていた。持久力を鍛えるのならプールでなくてもいいのではと思ったことがOWSにかかわるきっかけ」と明かす。2006年に指導している順大の学生をジャパン・オープン(館山市)に出場させたところ、教え子の東翔選手が初出場で優勝。鈴木さんはコーチとして東選手とともに同年のOWS世界選手権に参加し、OWSのとりこになったという。
 
 日本水連は国内の競技レベルがまだまだ低いことを理由に、昨年の北京五輪や7月に開幕する世界選手権(ローマ)への選手の派遣を見送った。今後は、メダル争いができる選手の育成が大目標になる。

 2012年ロンドン五輪に向けた興味深い強化策の一つが、競泳日本代表との連携だ。競泳長距離陣の練習にOWSを導入し、競泳とOWSの「二刀流選手」を育てる計画の検討を、日本水連のOWS委員会は競泳日本代表の平井伯昌ヘッドコーチと始めている。 長い時間を水の中で過ごす競泳選手でも、海で泳ぐことはめったにないそうだ。しかし、鈴木さんのように一度体験すれば、自然と融合する魅力にとりつかれる選手は多いはずだ。

 取材する側にとっても、青空の下で繰り広げられるレースを観戦することは、屋内での競泳とはひと味違う喜びが感じられる。オーストラリアなど海外勢には珍しくない競泳とOWSを両立させる選手が日本にも増えることを期待したい。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年入社。アテネ五輪やサッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)などを取材し、2008年秋からスキーと水泳を担当


2009年03月11日

「FUNAKIはどうしてる?」 船木和喜に本場欧州で今も高い関心   

昨年11月からノルディックスキーを担当するようになり、外国の記者と雑談をする機会が多くなった。ジャンプ、複合、距離のワールドカップ(W杯)を転戦する日本人記者は少ない。欧州で一人旅を続けていると、英語が得意とは言えない私でも、顔見知りになった記者たちとプレスルームの一角で情報交換をするのが楽しみになる。各国選手の現状、各国チームの裏話から次のW杯開催地の食事事情やホテルの善し悪しまで、話題は多岐にわたる。その会話の中で、必ずと言っていいほど出てくる質問が一つある。「船木は最近、どうしているんだ?」
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 4月に34歳の誕生日を迎える船木和喜(フィット)の競技人生は、栄光に彩られている。1998年長野冬季五輪の個人ラージヒルと団体で金メダルを獲得し、1999年世界選手権のノーマルヒルも制覇。日本人で一人だけ、年末年始に欧州で開催される伝統のジャンプ週間の総合優勝を果たしている。深い前傾姿勢を保ち、スキー板と一体となって鋭く低い軌道を描くジャンプは「世界一美しい」とも評された。しかし、近年は低迷が続き、海外でのW杯出場は2005年3月以降ない。それでも「FUNAKI」への関心は、ジャンプの本場欧州で今もなお高い。

 現役選手の間でも船木の記憶は色あせていない。今季のジャンプ週間でこんなことがあった。オーストリアのビショフスホーフェンで行われた最終戦で、ウォルフガング・ロイツル(オーストリア)は1回目に5人の飛型審判員全員が20点満点を出す完ぺきな飛躍を決め、総合優勝を手にした。試合後の記者会見で「5人のジャッジに20点をもらうのはどんな気分か」と問われた王者はこう答えた。「5人に満点をもらったのは、今まで船木和喜とトニ・インナウアー(オーストリア、1980年レークプラシッド五輪金メダリスト)だけ。その仲間に入ることができて、ジャンパーとして光栄だ」

 昨季のW杯総合を制したトーマス・モルゲンシュテルン(オーストリア)は「僕のアイドルは船木」と尊敬する。少年時代に船木の飛躍映像を何度も見て研究をしたという。今季、船木は2010年バンクーバー冬季五輪出場を目標に掲げ、少しずつ復活への道を歩んでいる。1月、札幌で行われたW杯下部のコンチネンタル杯で2位となり、4季ぶりに出場したW杯札幌大会では19位だった。全日本スキー連盟の菅野範弘チーフコーチは、船木がかつてのスタイルから脱却し、現在主流となっている脚力を生かして高く飛び出す飛躍を身につけつつあると指摘する。その上で「メダリストだから勝負強さを持っている。来年はもっと良くなる」と予想した。

 

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伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。福岡県北九州市出身。1998年入社。アテネ五輪やサッカーの02、06年ワールドカップ(W杯)などを取材し、2008年秋からスキーと水泳を担当