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スポーツリレーコラム

2009年06月10日

故障乗り越え復活 法大の松本二塁手 亜大・倉又投手も  

 今春の大学野球リーグ戦で、故障による長期離脱からレギュラーの座をつかみ、活躍した2人の4年生に出会った。法大の松本雅俊二塁手は初の首位打者に輝き、チームの東京六大学リーグ6季ぶり優勝に貢献。東都大学リーグで2位となった亜大の左腕・倉又啓輔投手は初先発を初完封で飾った。ともに1年生でリーグ戦出場を果たしたものの、その後の2年間はメンバーから外れ、最終学年で見事に復活した。
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 松本は岡山・関西高3年で甲子園に春夏連続出場した。長打力もある4番打者は、希望に満ちあふれて法大へ進み、すぐに春と秋のリーグ戦で代打出場。しかし、レギュラーの座も近づいた2年春だった。開幕を控えたオープン戦の試合前練習で、背後への飛球を追い右翼手とぶつかった。左鎖骨骨折。手術を受けシーズンを棒に振った。けがも完治し、さあ秋へと意気込むなか、今度は右肩を痛めてしまう。

 肩は注射を打ち、治ったと思ったらまた痛みが出る繰り返し。松本は「正直、腐った時期もあった」と明かす。繁華街へ足を向け、飲み会に顔を出し、普通の学生生活を楽しんだ。しかし、結局野球が忘れられなかった。完治を目指し手術にかけた。「本当に治るのか」と医師に詰め寄る親の不安を、固い意志で打ち消し肩にメスを入れた。

 倉又は長野・上田西高から亜大に入り、1年時に救援登板を経験した。投手陣の一角として登板機会が増えるはずだった翌年、春の沖縄キャンプで左ひじに痛みが走った。「ちょっとまずいな」との直感は当たってしまった。投げると激痛が走り、左手が震える。その秋、左ひざの腱をひじに移植し、再起を目指した。だが、すぐには効果が表れず、今春のシーズン前、生田勉監督に気持ちを伝えた。「野球を辞めて就職活動をしたい」。だが申し出は拒まれ、逆に熱く説得された。「左ひじがもし壊れても、右手ではしもペンも握れる。もう一度、頑張ってみろ」

 

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岡野 学(おかの・まなぶ)1968年生まれ。北海道出身。大阪社会部を経て大阪運動部、本社運動部。大阪時代からボクシング、アマチュア野球、ゴルフを担当。


2009年02月25日

活気づく女子プロボクシング 東洋太平洋ランキングも発表  

 女子のプロボクシングが、にわかに活気づいている。年明けから日本に本部を置く東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)が、1954年の連盟設立以来、初の女子ランキング設置に踏み切った。男子に比べ、まだまだ認知度が低い女子ボクシングだが、選手がプロとしてやっていくモチベーションを保つための土台は着々と整えられつつある。
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 第1回ランキングは2月10日に発表された。長らく女子プロボクシング界を引っ張ってきた風神ライカ(山木)がライト級1位になるなど、多数の日本選手がランク入り。今後は各階級の初代王座決定戦が行われる予定だ。

 OPBF本部を兼ねる日本ボクシングコミッション(JBC)の安河内剛事務局長は「女子でもいい選手がたくさんいる。彼女たちのやる気にこたえるためにも、早くランキングを作成する必要があった。早ければ、来年の今ごろに日本ランキングをつくりたい」と積極的に取り組む姿勢だ。

 東洋太平洋王座といえば男子の場合、かつては日本王座の上に位置していた。しかし、世界戦のリングに上がる際は、タイトルを返上しなければならないという規則がOPBFにはある。さらに、ベルトを持っていれば防衛戦をしなければならない。それが世界挑戦に向けた調整の足かせになるという理由で、OPBF王座を敬遠する有力選手が多く、日本王座との価値が逆転しているのが現状だ。「復権を狙っている」と意気込む安河内事務局長は、東洋太平洋の女子ランキングも打開策の一つと考えている。

 

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岡野 学(おかの・まなぶ)1968年生まれ。北海道出身。大阪社会部を経て大阪運動部、本社運動部。大阪時代からボクシング、アマチュア野球、ゴルフを担当。