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スポーツリレーコラム

2008年03月26日

「筋書きのないドラマ」は健在! 甲子園、装い変わっても  

 改修工事が一段落して内野席が新しくなった甲子園球場。テレビ中継でおなじみの試合後のインタビューも、場所が移った。昨年までは、一塁側バックネット横から地下通路の坂を上って引き揚げてきたチームが、一、三塁側に分かれて、監督と活躍した選手がお立ち台に上がっていた。

BS-0646__-200803221615_L.jpg 今年からは、両チームとも地下通路を出ると、一塁側へ移動し、奥が勝者、手前が敗者と分かれる。お立ち台に立つ選手以外は、通路に面した部屋に入って取材を受ける。勝者と敗者で、部屋も分かれている。1階通路の天井は以前より低くなった。ダルビッシュ(東北高―日本ハム)のように190㌢以上の選手がお立ち台に立ったら、頭が天井に当たってしまうのではと、心配してしまうほどである。

 地下通路は改修工事の際に、なくすか、場所を移すことが検討されたが、そのまま残すことにしたという。揚塩健治球場長に理由を尋ねると「松井(星稜高―巨人―ヤンキース)も松坂(横浜高―西武―レッドソックス)も通ってきた所。勝ち負け、それぞれの球児の思いが詰まっている場所だから、残そうと思いました」。

 ネット裏の記者席はスタンド上部に移った。昨年まで記者席の最上段だった辺りが、リニューアル後は一番下の部分になった。グラウンドまでの距離は遠くなったが、球場全体の雰囲気は、今の方が把握できるような感じがする。

 球場の雰囲気が変わっても、高校野球の「筋書きのないドラマ」は変わることがない。80回目を迎えた選抜大会の2日目に、そのことを痛感した。昨秋の公式戦11試合でチーム本塁打わずか1本の下関商(山口)が、土壇場の九回に2本塁打を放って履正社(大阪)に追いつき、延長戦に持ち込んだ。しかし、延長十回に中堅手のまさかの落球でサヨナラ負けを喫してしまう。

 履正社の三村投手が完封することを想定して記事を考えていた。後輩の記者に取材、記事内容の指示を出した直後、1本目の本塁打が飛び出した。「完封はなくなったから、少し記事のトーンは変えなければ」と思案していたら、2本目の本塁打が生まれた。同点になり、流れは完全に下関商にある。頭を切り替え、下関商が勝った場合の出稿メニューを考え始めていたら、サヨナラエラーで試合が終わってしまった。「あの奇跡的な2本塁打がなかったら、彼の失策で試合が終わることもなかったのに」とも思った。皮肉なことに、昨秋の公式戦でチーム唯一の本塁打を放ったのが彼だった。

【写真】間一髪 セーフ! 甲子園のグラウンドではスリリングで思いもよらないシーンが繰り広げられる =3月22日の東北―北大津戦から 

榎本 一生(えのもと・かずき)1969年横浜生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経て昨年から高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。



2008年03月19日

「1人の人間として尊敬してくれる」 外国人柔道選手の強さの秘密  

BS-0073__-200802131735_L.jpg 先月は丸々1カ月間、柔道の欧州遠征の取材に行ってきた。日本勢は苦戦を強いられ、目についたのは外国選手の強靱(きょうじん)な精神力だった。

 フランス国際の男子100キロ超級ではテディ・リネール(フランス)が井上康生(綜合警備保障)らを破って優勝した。リネールは18歳。少年時代は「相当な悪童だった」(リネール)そうで、14歳のときに柔道を続けるか刑務所に行くか、選択を迫られたという。

 未完の大器は国家の強化指定選手として英才教育を受け、力をつけた。そして、柔道の技術だけでなく、精神的な部分でも成長。「自分自身と向き合うことができた」と振り返る。

 フランスでは柔道はサッカー、テニスに続いて3番目に人気のあるスポーツと言われている。リネールは昨年の世界選手権で井上らを倒して優勝し、一躍国民的な英雄となった。

 「過去に関係なく、みんなは私を一人のアスリート、人間として尊敬してくれる。期待に応えなければいけない」と決意を込める。地元で「テディ」の熱狂的な声援に誇らしげな顔で応える姿は、昨年の世界選手権のときよりも大きく見えた。

 同じくフランス国際で異彩を放ったのは男子100キロ級のイリアス・イリアディス(ギリシャ)だった。本来は90キロ級の強豪だが、この大会は北京五輪の出場枠が懸かっており「国のために」と、100キロ級で出場した。

 イリアディスはもともとグルジア出身。アテネ五輪に合わせてギリシャから誘われ、国籍を変えた。柔道選手として生活を保障され「私の人生にチャンスを与えてくれた。ギリシャのために活躍したい」と感謝する。

 パワーをいかした豪快な柔道が持ち味だが、階級が一つ違えば状況は大きく異なる。途中で胸を負傷した。だが苦しげな顔を浮かべながらも戦い抜き、見事に優勝を飾った。

 柔道は「心技体」で成り立つ。技術、体力よりも最初に「心」がくる。日本柔道にとって、外国勢の変則的なスタイルは悩みの種だが、国民や国家の期待を一身に背負った強さこそが、一番の強敵であると実感した。

【写真】フランス国際男子100キロ超級の準決勝で、井上康生(左)を下したフランスのリネール=2月10日、ベルシー総合体育館(共同)

森本 任(もりもと・まこと)1998年入社。プロ野球担当として阪神、日本ハムを取材。2005年12月に東京本社に異動。現在は柔道、レスリング、大相撲、スキーなどを担当。柔道3段。



2008年03月12日

単純な日米比較は無意味 大リーグ取材から日本に戻って  

ichiro.jpg 共同通信に入って以来、ほとんどをプロ野球担当として過ごしてきた。日本のプロ野球が芸能人を招いて始球式をするのが、たまらなく嫌だった。その度に「メジャーでは絶対にこんなことはない」とつぶやいてきた。

 2004年末に北米支局勤務を命じられて、米大リーグを3シーズン取材した。150キロを超える速球と、それを難なく打ち返す打者のスイングの鋭さに何度も心を踊らされた。

 日本の選手が大リーグにあこがれる理由もよく分かった。今季メジャー4年目の井口資仁二塁手(パドレス)は二遊間の守備について「遊撃手が日本では絶対あり得ないような姿勢や位置から投げてくる」と目を輝かせる。母国ではトップレベルの二塁手、遊撃手の評価を得た自負を持つ男にとっても、大リーガーの予想のできない動きに日々、刺激を受けている。

 しかし一方で、分かったこともある。メジャーが必ずしも理想の場所ではなかった、ということだ。シカゴのUSセルラーフィールド。始球式で花嫁衣装に身を包んだ女性とタキシードを着た男性が登場した。だが、様子がおかしい。そうこうするうちにマウンド上でけんかをはじめた。その直後に球場にはテレビ番組の宣伝が流れた。何のことはない。大リーグも日本と同じなのだ。

 むしろ、野球を文化として大事にしているのは、日本の方なのではと感じる時もある。大リーグはここ10年ほどの間に商業主義の積極的な導入へと大きく方針を転換してきた。莫大な放送権を払う中継テレビ局の意向は絶対だ。ワールドシリーズの試合中にダッグアウトで監督がインタビューを受ける姿すら驚くような光景ではない。 

 当たり前のことだが、日本のプロ野球にも大リーグにも長所もあれば短所もある。一方が良くて、他方が悪いというような単純な比較はできない。ことしは4年ぶりに日本のプロ野球を取材する。両方の取材を経験したからこそ書けることを伝えていければと思っている。

【写真】日米を通じてスーパースターの座に君臨するイチロー。昨年の大リーグオールスター戦では2点ランニング本塁打を放ちその存在感を強烈にアピールした。ダイヤモンドを一周し祝福を受けるイチロー(右上から反時計回りに)=2007年7月11日、AT&Tパーク(共同)


 

石原秀知(いしはら・しゅうち)1994年入社。西武、オリックス、広島、巨人とプロ野球を担当。シアトル、ロサンゼルス支局に3年間赴任して大リーグを取材。08年に帰国してコミッショナー事務局を中心に取材。福岡県出身。



2008年03月05日

来季が楽しみな近鉄と横河 トップリーグ入りの両チーム  

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 ラグビーの近鉄が、4季ぶりにトップリーグの舞台に戻る。下部の3地域リーグの1位が昇格を懸けて争う、トップチャレンジ1で全勝。広がる歓喜の輪に、胸が熱くなった。

 愚直なまでにFWで攻め込むスタイル。「泥くさいラグビー」が魅力だった。いつも勝ちきれない、愛すべきチームとも言える。

 2004―05年シーズン、ホーム花園の最終戦で、トップウエストへの降格が決定。「1年で絶対に上に戻る」。選手が泣きながら誓い合っていたのを、鮮明に記憶している。折しも、プロ野球の近鉄が消滅。その本拠地最終戦も見守っただけに、余計に感傷的になった。

 降格後は迷走が続いた。トップウエストを制しても、その先の壁を越えられない。昨季は入れ替え戦の後半ロスタイムに、同点トライを許して、昇格を逃した。「近鉄らしいな」と感じつつも、歯がゆい思いだった。だが、今季は強豪の東芝から巨漢ロックの侍バツベイが移籍。チームに核が生まれて、ようやく不遇の時代に終止符を打てた。33年ぶりに出場した日本選手権では準々決勝で敗れたものの、強豪のトヨタ自動車と互角の勝負。手応えを感じさせる内容で、来季が楽しみだ。

BS-0071__-200403281850_M.jpeg トップリーグに初昇格する横河電機は、学生時代に東京・武蔵野市のグラウンドそばに住んでいたことがあり、ずっと気になるチームだった。

 当時、何度も見かけた練習では、レベルが高かった印象はない。04年春にゼネラルコーチに就任した元日本代表の吉田義人氏が、同好会のようなチームを変ぼうさせた。明大時代から闘志をむき出しにした彼のプレーは同い年ということもあって、大好きだった。熱血漢が持ち前の闘争心をチームに植え付けたのだろう。着実に地力を蓄えて、今季はついにトップイーストを全勝で初制覇した。

 FW頼みの攻撃に偏りがちで、来季への課題は山積みだ。サントリーや三洋電機など、上位チームとの技術的な差をどう埋めていくのか。「昇格は通過点」と豪語する吉田コーチの手腕が見てみたい。

【写真】侍バツベイがトライ。日本選手権1回戦の慶大戦で中央付近から1人で持ち込みトライを決める=2008年2月23日、秩父宮。(左)
「現役生活に悔いなし」 。元日本代表の吉田義人は試合後の引退セレモニーでファンの声援に応えた。今は闘将として横河電機を率いる=2004年3月28日、 秩父宮

福田 茂(ふくだ・しげる) 1968年生まれ。岩手県出身。週刊誌記者から転職。スポーツ特信部でモータースポーツ、大阪支社で高校野球、現在は本社でアマ野球、ラグビーなどを担当。