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スポーツリレーコラム

2008年02月27日

長い目で見よう!石川のプロ転向 10年目で開花の例も  

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 高校1年生の石川遼がプロゴルファーとして活動を始めた。契約メーカーのクラブを携え、ウエアには所属スポンサーのロゴマーク。契約金は億単位と言われる。そんな派手な話題に、「プロ転向が早すぎて、重圧と多忙でつぶれるのではないか」と心配する声はある。

 まだ結論付けるのは早すぎるかもしれないが、最近の失敗例として挙げられるのが2人のハワイ出身選手、「元天才少女」ミシェル・ウィーと日系人のタッド・フジカワだ。ウィーは15歳、フジカワは16歳でプロになった。どちらもその後は振るわず、昨季は予選落ちが目立った。

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 特にウィーはアマチュア時代に全米女子プロ選手権2位など、抜群の実績があった。それだけプロ転向時の契約は巨額になり、逆に不振が目立っている。石川も「そういうことを考えると不安になる」と正直だ。

 一方でジャスティン・ローズ(英国)の例がある。アマチュアだった1998年、17歳で全英オープン選手権4位に入って脚光を浴び、直後にプロに。しばらくは予選落ちを繰り返し、転向は失敗だったと思われた。

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 しかしローズは踏ん張った。2002年に欧州ツアー初勝利。その後も決して順風満帆ではなかったが、転向10年目の昨季、初めて欧州ツアー賞金王の座に就いた。マスターズで優勝争いに顔を出すなど米ツアーでも健闘し世界ランキングは一けたに。世に出るのが早かったため、まだ27歳だ。

 結局のところ、早いプロ転向によってローズは余分な苦労を増やしたのか、得難い経験を積んだのか、答えは出ない。ただ選手として一流の域に達したことは確かだ。

 石川のツアー2勝目が仮に4年後だったとしても、まだ20歳。今は人気があるだけに好調も不調も目立つし、もしかしたら好成績がまったく挙げられない時期もあるかもしれない。ただ、それだけで16歳の決断が失敗だった、とは決め付けられない。


【写真】パールオープンゴルフで最終ラウンドを終え、ギャラリーの声援に応える通算6アンダーで10位となった石川遼=2月11日、パールCC(共同) (左)
不振に悩みながらもスタンフォード大での学生生活について明るく語るミシェル・ウィー=2007年10月9日、ビッグホーンGC(共同)(中)
マスターズゴルフ第1ラウンドで首位に躍り出たジャスティン・ローズ=2007年4月6日オーガスタ・ナショナルGC(共同)

山田亮平(やまだ・りょうへい)1998年入社。大阪、名古屋支社で近鉄や中日などプロ野球球団を中心に取材。2005年から柔道、サッカーなどを担当し2007年からゴルフが中心。1974年生まれ。



2008年02月20日

「これぞ、アメリカ!」  記者会見で表現力の差痛感  

BS-0052__-200802191039_M.jpeg 1時間5分、1人で質問に答え続けた。2月18日、自分のドーピングに関する記者会見という、誰もが嫌がる場に立ったヤンキースのアンディ・ペティット投手(35)は、よどみなく話し続けた。「これぞ、アメリカだな」と思った。

 ペティットの言葉は、文章として完結しており、そのまま活字にできる。話すことを訓練した人間にしかできないことだ。日本の野球選手はもちろん、政治家でも、ここまでできる人は、そんなにいないのではないか。だが、米国育ちの大リーグのベテラン選手は、これができる。

 各球団がキャンプ初日のミーティングで選手に見せる映像に「メディア対処法ガイド」があるという。受け答えの模範例から、過去の失敗例まで盛り込まれており、ヤンキースの広岡勲広報は「本当によくできたビデオ。すごく面白い」と絶賛する。残念ながら、メディアは見ることができないが、毒づいたり、放送禁止用語を連発したりする失敗例も含まれているという。

 もちろん、プロになってからの教育だけで、よどみない返答ができるわけではない。同僚の見事な話しぶりを見ている松井秀喜選手は「日本の学校はやっぱり、暗記に重点を置いているんですかね」と、米国との違いを実感している。

 米国の学校は、自分で文章を作ること、そして発表することを徹底して鍛える。例えば、ニューヨーク市の公立小学校に通うわが家の長女の場合、週3度の読書感想文(1冊読み終わるのを待たず、読み進んだ分だけ書く)と週2度の自由作文の提出が義務付けられている。そして中学生になれば、討論の授業が始まる。

 知識を身に付ける場が「日本の学校」だとするなら、自分の考えを人に伝える方法を身に着ける場が「米国の学校」ということだろうか。少年時代から表現の技術を身に着け、プロ入り後に数々の取材を受けてきたスターたちが、長時間のインタビューに動じないはずだ。

 松井選手の大リーグ1年目、担当記者として米国のテレビから取材を受ける機会が何度もあった。球場を離れてから「何であんなことが言えなかったのか」と悔いるのはいつものこと。テレビ局に忍び込んでテープを処分したくなるほどの恥をかいたこともある。

 一歩引く、出かかった言葉をのみ込む。そんな沈黙を「美徳」として育てられたはずが、黙っていられず、声を大にして主張する仕事に就いた。だが雄弁だと思っていた自分が、雄弁さを大人のたしなみとする米国では、幼稚園児みたいに見える。言葉に詰まったときの言い訳ぐらい、うまく言いたい。

【写真】薬物使用問題で記者会見するヤンキースのアンディ・ペティット投手=18日、タンパ(共同)

神田 洋(かんだ・ひろし)1966年生まれ。東京都出身。高松支局、アマチュア野球担当を経て、95年からプロ野球担当。2003年、松井秀とともに渡米、ニューヨーク支局でヤンキースを中心に大リーグを取材。



2008年02月13日

「感動」の声には違和感 福士の初マラソン  

BS-0273__-200801271816_L.jpg 陸上女子長距離トラックのエース、福士加代子(ワコール)の初マラソンは壮絶なものとなった。1月27日の大阪国際女子マラソン。前半は快調に飛ばしながら、30㌔手前から失速し、最後はフラフラ。4度も転びながらゴールにたどり着くシーンは、痛々しく衝撃的だった。

 その姿にどんな印象を持っただろうか。テレビを通じて見た多くの人は「感動」したという。高校生のある有力女子選手も「スピードを生かして、ワンランク上のマラソンに挑戦したことは尊敬します。何回転んでもゴールを目指したところに感動した」と話した。現場で取材した立場から言えば、違和感を覚える。

 既に報じられているように、福士がマラソン挑戦を表明したのは12月中旬。ジョギングの量は以前から増やしてきたようだが、マラソンに向けた本格的な準備は1カ月半弱。通常、必要と言われる3カ月の半分の準備期間しか確保しなかった。一度に最も長く走った距離は30㌔程度。それも1回だけで、日本のマラソン練習の定番と言われる40㌔走は行っていない。

 レース前から「準備が中途半端」と失速を心配する声も多かった。フラフラになったのはアクシデントではなく、準備不足がもたらした「必然」と言える。日本のトップで活躍を続ける福士クラスの選手なら、ああいう姿を世間にさらしたことは恥ずかしい気がする。何事もやり遂げることは大事なことだが、今回を「美談」で済ませてほしくない。

 今回、福士サイドは「初マラソンは気楽に走りたい」と合宿先すら公表せず、隠密行動を直前まで貫いて、平静を保とうとした。ワコールの永山忠幸監督は最近「30㌔以降が不安という声が、福士の耳にも入ってプレッシャーを感じたらしい。レース直前は食欲も落ちていた」と明かした。このため、スタミナ切れを招く要因にもなったのだろう。

 日本でマラソンで成功するなら、異常なまでに高い注目を克服する覚悟も必要だろう。高橋尚子(ファイテン)や野口みずき(シスメックス)はメディアとうまく距離感を保ち、世間の期待をパワーに変換しているように見える。

 【写真】ゴール寸前で転倒する福士加代子=長居陸上競技場

宮田 宏(みやた・ひろし)1970年生まれ。栃木県出身。93年入社。名古屋、大阪でプロ野球などを取材し、97年末から本社運動部。現在は主に陸上を担当。



2008年02月06日

正常化はこれから 「中東の笛」は根深い問題  

BS-0101__-200801272115_M.jpeg 「中東の笛」と呼ばれる、中東寄りの疑惑の判定が問題となったハンドボールの北京五輪アジア予選をめぐる「狂騒曲」が一息ついた。激動の1カ月半だったが、正常化への戦いは始まったばかりだ。

 そもそもアジアで10年以上にわたって放置されてきた「中東の笛」がなぜ、急に国際問題に発展したのか。直接の要因は、韓国が国際ハンドボール連盟(IHF)の全加盟国に不正判定の証拠を集めたDVDを配布し、日韓で共同戦線を張った抗議にある。

 見逃せないのは、カメラや映像撮影が禁止された昨年8月の女子予選(カザフスタン)でIHFから派遣を予定された女性のグリーン理事(スウェーデン)とノルウェーの審判員が入国を拒否されたという事実だ。女子も、近年はアジア・ハンドボール連盟(AHF)と太いパイプを持つカザフスタンを中心に「中東の笛」が広がっていた。昨年12月のIHF理事会でウィニタナ副会長(ニュージーランド)が男女アジア予選やり直しの緊急動議を出し、グリーン理事も強く同調したそうだ。

 騒動の発端は、AHFで実権を握るクウェートが「中東の笛」を問題視された地元開催の1995年アトランタ五輪予選以来、12年ぶりに男子予選(昨年9月・豊田市)に出場してきたことにある。関係者は「東欧圏の監督を雇って競技力を上げ、露骨な試合操作がなくても日韓に勝てる、と踏んだのではないか」と語る。

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 問題の深さは、IHFとAHFの対立の根底に権力抗争があることだ。2000年のIHF会長選で予想を覆して当選したムスタファ氏はエジプト出身。後方支援として、アジアとアフリカの組織票を集めたのがAHFのアハマド会長(クウェート)といわれる。

 今回、IHFが決めた予選やり直しは、アジアの内部対立を利用し、事実上のアラブ支配から脱却を狙う欧州勢が巻き返しに出たとの見方も強い。来年の会長選で欧州寄りに寝返ったとされるムスタファ氏が仮に失脚し、再びAHFの息のかかった新会長が誕生すれば、事態はもっと混迷を深める。

 近年の中東勢はハンドボール以外でもアジア連盟の要職に次々と就き、国際舞台で発言権を強めている。フェアな判定を求めた日韓の訴えが「代理戦争の駒」にされないか、注視していきたい。

【写真説明】(上)AHFの臨時理事会に臨むアハマド会長(左)と日本協会の渡辺佳英会長=1月27日、クウェート市(共同) (下)ハンドボールの北京五輪予選やり直しについて、記者会見するIHFのムスタファ会長=1月27日、リレハンメル(共同)

田村 崇仁(たむら・たかひと)1973年生まれ。群馬県出身。02年W杯まで主にサッカー担当。プロ野球担当を経て、05年から日本オリンピック委員会(JOC)や五輪競技などを担当。