地元の熱気は数十年前が上 甲子園初優勝校を大歓迎
昨夏の全国高校野球選手権は、ハンカチ王子こと早実・斎藤佑樹投手の活躍で大いに盛り上がった。同じように、1980年代前半は、荒木大輔(早実)や桑田真澄、清原和博(PL学園)のKKコンビなど、超高校級の選手たちが甲子園を熱くした。
歴史をひもとくと、個人のインパクトではなくチームの快進撃で大会が盛り上がることも多かった。○○旋風と呼ばれ、下馬評がそれほど高くなかった学校があれよあれよという間に勝ち上がる。2年前の夏に甲子園初出場の清峰(長崎)が選抜優勝の愛工大名電(愛知)前年準優勝の済美(愛媛)を連破したのはまさに旋風だった。1970年代半ばから後半にかけては豊見城(沖縄)が旋風を巻き起こした。
▽数十万人が出迎え
そんなことを考えているうちに、初優勝後を果たした学校の地元の盛り上がりが気になり、図書館の新聞縮刷版で調べてみると、いろんなことが分かった。
いずれも夏になるが、1967年に習志野(千葉)が初優勝した時、同校の選手たちは国鉄の市川駅から千葉県庁経由で習志野市の学校まで約50キロをパレードした。その日、沿道に繰り出した地元住民は何と約50万人(県警調べ)。1969年に三沢(青森)が太田幸司投手の力投で決勝再試合の末、惜しくも敗れた後の帰郷は「ねぶた祭り以上の熱気」と報道され、1976年に桜美林(西東京代表)が初出場初優勝した時はベッドタウンで地元意識が薄いと思われていた町田市民が11万人も集まり、ヒーローたちを迎えた。1980年に横浜(神奈川)が愛甲猛投手を擁して全国制覇した時は、予想をはるかに超えるファンが新横浜駅に押し寄せ、選手たちはホームに降りてから駅長室に着くまで約1時間もかかった。早実―駒大苫小牧は記憶に残る決勝だったが、地元の熱気では、数十年前の方が上回る。
▽昨年とひと味違う展開を
春夏を通じて優勝経験のないのは16県、そのうち決勝に1度も進んでいないのは岩手、山形、山梨、新潟、富山、島根、宮崎の7県。東北勢は夏の第1回大会の秋田中(現秋田)をはじめ、春1度、夏5度の決勝でいずれも涙をのんでおり、そのすべてが惜敗だった。秋田中、三沢だけでなく1989年の仙台育英、2003年の東北(ともに宮城)も決勝は惜敗だった。
3年前の夏に駒大苫小牧が北海道に初めて深紅の大旗をもたらしたが、東北の人々はいまだにその大旗を待ち続けている。一高校野球ファンとして言わせてもらえば、白河の関イコール東北地方というイメージが強いから、大旗はまだ白河越えを果たしていないとの感が強い。
春の選抜は伝統的に初出場初優勝が多く、今年も11校が初出場で興味深い。今夏の甲子園では、現段階でまったくの無名校が快進撃をしているかもしれない。2007年は、昨年とひと味違う展開の春と夏をみたい。
榎本 一生(えのもと・かずき)1969年生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経てことしから高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。
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