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2017年09月20日

異文化の夢を食べる

 子どもの頃から世界中を旅することに憧れていた。
 世界中を巡り、そこで見たこともない街並みをのらのら歩き、食べたこともない食べ物を食べることが夢だった。


 それは、子どもの頃に愛読していた本の影響かもしれない。
 本に出てくる不思議な食べ物を「一度でいいから食べてみたい」という欲求に駆られた。


 たとえば、虎のバターで作るホットケーキに憧れたひとは多いだろう。
 くるくる回って虎が溶けるという描写。
 最初は「面白い!」と素直に受け止めていたが、だんだん疑問が湧いてくる。


 本当に動物が溶けてしまったのか?
 いや、動物が溶けたというよりも、動物がぐるぐる攪拌されているうちに脂が出た、つまりバターになったのではないか。
 子どもなりの、なんともシュールな解釈。
 

 あれはバターではなく「ギー」と呼ばれるインドの発酵バターオイルだった、というのが私の最終的な仮説なのだけど。


 そして見開きの地図が子ども心にツボだった『エルマーのぼうけん』。 
 エルマーが出発するとき、携えた「ピーナツバターとジェリーのサンドイッチ」。
 いったいどんな味がするのだろうと想像したり。
 これは「PB&J」と呼ばれ、アメリカの子どもたちがよく食べるサンドイッチだと知ったのも、ずいぶん時間が経ってからだ。


 私の大好きな作家エーリッヒ・ケストナーの『点子ちゃんとアントン』にも登場する食べ物も忘れられない。
 アントン少年が作る「塩じゃがいも」と「小麦粉入りのかき卵(スクランブルエッグ?)」。
 そして「トルコみつあめ」や「コショウ菓子」と書かれていたお菓子。


 解説の中に、ケストナー自身がドイツのロストックの市場で10ペニヒで買ったトルコ蜜飴の記述があるのだが、なんだかとても美味しそうに思えた。
 「コショウ菓子」はなんと、ジンジャーブレッドだったし。
 だいたい、当時の10ペニヒっていくらなんだ?
 
 
 ケストナーやドリトル先生シリーズで「ナツメヤシ」は知ってはいても、それを初めて口にしたのは40歳を過ぎてアラブへ旅したとき。
 デーツと呼ばれる甘いドライフルーツで、アラブではよく供されるお菓子のことだった。

 
 海外の児童文学の活字の中で、あれこれと見たことも聞いたこともない異文化の食べ物に憧れを抱いたまま大人になった私。
  
 
 活字の中で知ったつもりでも、大人になるまで時間をかけて、あらためて知らされることだってあるのだ。
 

 訪れることができなかった1970年の大阪万博。
 当時、私は5歳。
 日本中が「世界の国から、こんにちは〜♪」と歌った時代。
 

 食べたことも見たこともない世界の料理がはやり出したのもその頃だった。


 数あるパビリオンの中でも螺旋型3次元的デザインが印象的だったソビエト連邦館。
 そこのレストランでは高級食材であるキャビアが供されていたらしい。
 小学生の頃、その訪れたこともないソ連館の記述を読んで、初めてキャビアの存在を知った。


 子どもの頃、強烈に刷り込まれた建築物の記憶。
 当時、神谷町を父の車で通る度に気になっていた謎の建物があった。
 ロシア寺院風のとんがりタマネギ型屋根の建物。
 それが1960年創業のロシア料理屋だったということを、少し後になってから知るのであった。


 高校生になった頃は、魯迅の『阿Q正伝』の孔乙己のくだりに出てくる酒場の「茴香の豆」に強い憧れを抱いた。それをつまみに飲む紹興酒はどんな味わいなのだろうかと。


 そして、なんといってもキャビア。
 酒に興味があったせいだろうか。マリリン・モンローがキャビアとシャンパンしか口にしないという逸話からだったか、英国ロックバンド・クィーンの『キラークィーン』に出てくるモエ・エ・シャンドンとキャビアという歌詞の影響からだったのか。


 私にとって「キャビア&シャンパン」は大人の代名詞のようなものだった。 


 フランス映画『ディーバ』(1981年 ジャン=ジャック・ベネックス監督)。
 公開当時、劇中で今まで見たこともない大きなキャビア缶を見つけて狂喜した。
 それは、登場人物のベトナム少女による盗品のキャビアなのだが、その大きさ、大胆な食べ方に映画ならではの夢が詰まっていた。


 パリパリの細長いバゲットを裂き、主人公の郵便夫相手に講釈しながら入念にバターを塗り、その大きなキャビア缶から惜しげもなくキャビアをどっさり挟む場面。
 世の中にはまだまだとんでもない食べ方があるのだと驚嘆し、いつかこの目でその大きな缶だけでもいいから見てみたいと思いこがれた。


 思いはいつか叶う。
 やがて私は香港のペニンシュラホテルの高級フランス料理店「ガディス」でキャビアを大人食いするという夢のような体験をした。
 ご馳走してくださった痛風持ちの相手を前に、ひとりでペロリと平らげ大満足だった。


 そしてとうとう、2000年のニューヨークの街角で、あの映画『ディーバ』で見た巨大キャビア缶に出会うのであった。


 「プラウダ」というウォッカバーの壁に飾ってある空き缶だったが、映画のフィルム缶ほどの大きさだった。
 そして翌年、2001年のドバイ旅行でやっと実物に遭遇する。


 ひとりドバイを旅していた私は、巨大スーパーマーケットであの映画で見たものと同じブルーの缶に入った巨大キャビア缶を見つけてしまったのだ。


 さすがに巨大缶は購入できなかったが、それでもカスピ産ベルーガ(最高級のキャビア)200グラム缶を購入(当時、ドバイでは日本の市場価格の3分の1くらいの安さだった)。
 香港経由で帰路に着く間、宝石を隠し持ち歩く女スパイのごとく振る舞い、無事輸入に成功。
 いつか見たあの映画のように、大胆にバゲットに挟んだキャビアを堪能した。

 
 そして先日、精気を失い鬱屈した日々を送っている私へ、ドバイ帰りの友人が土産を持ってきた。
 なんと最高級カスピ産ベルーガ200グラムの缶だった。
 遠い灼熱の砂漠の国からここまで運んでくれた友人に感謝感激!


 16年ぶりにみるその大きな缶。
 ふたを開けると、びっしり詰まった美しい粒にしばしうっとり。眼福。


 一粒一粒がまるで宝石のようなキャビア。
 白蝶貝の匙ひとつ、口中に含む。
 すると、尖った不機嫌な唇から微笑みがこぼれる。


 映画『ディーバ』の劇中で歌姫が歌うオペラ『ワリーより さよなら故郷の家よ』。その壮大な楽曲が脳内に響き渡り、たったひと匙でたちまち多幸感に包まれる。
 映画の記憶と現実の人生が奇妙に交差する恍惚な瞬間。


 先の見えぬ不安に打ちひしがれそうになるときが私にもある。
 だからこそ、「ここ」ではないどこかへ連れて行ってくれる映画という存在を大事にしたい。
 それは、子どもの頃に抱いた世界を旅して回りたいというキラキラした憧れや果てしない夢と同じなのかもしれない。
 

 「ここ」ではないどこかへの希求。
 たとえば、私が日常から脱して劇場で映画を見る理由のひとつはそれだ。


 ほんのちょっと現実からズレて何かが起こることにハラハラしたり、ひょっとして人生は夢と同じ成分できているんじゃないかと恍惚となったり。


 劇場という暗闇の中で夢を見ているかのような、現実と非現実の境界線を彷徨い、時として体感したこともない狂気をも孕む、魅惑的な映画体験。
 

 まるで、純粋さと残酷さが同居する子どもの頃の記憶が醒覚するような。
 見た事も口にした事もないものが、ふわっと目の前に現れ、私を魅了する。
  

 鬱屈とした現実のベトベトやドロドロにまみれ、夢や希望を諦めたくなるとき、そのことを映画から毎度何万回も教わり、勇気づけられるのだから。


 私の残り少ない人生で「夢」を食べるように、映画を見続けようじゃないか。

異文化の夢を食べる キャビア! 私の人生を豊かにしてくれたあれこれ

洞口依子

洞口依子(どうぐちよりこ)

女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。

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