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2017年08月10日

高気圧ガール、夏のリゾート

 夏休みのリゾート。
 その昔、蠱惑的(こわくてき)な水着姿のキャンペーンガールが夏のリゾートの魅力を煽ったものだ。


 その元祖といえば、某化粧品会社の夏のCMモデルになった前田美波里。のちに、各航空会社も夏のキャンペーンを打ち出すようになり、1970年代後半から90年代にかけて、CMやポスターでナイスバディーなハーフのモデルや女優、タレントの水着姿が毎年夏の風物詩となった。


 当時のモデルの水着姿は、今見てもかっこいい。
 いまどきの胸パッド入り底上げのビキニなんかじゃない。
 素肌にぴたりと張り付く欧米人がリゾート地で着るような大胆な水着。
 しかもこんがり小麦色に焼けた肌で、なんだかとても楽しげだ。 


 航空会社の夏のリゾートキャンペーンガールといえば、沖縄。
 特に75年海洋博後の沖縄は一大リゾートアイランドとして売り出そうとしていたのだろう。観光客誘致にしのぎを削った各航空会社のキャンペーンが懐かしい。


 しかも、広告のコピーが面白かった。
 「トースト娘ができあがる」(79年)
 「高気圧ガール、はりきる」(83年)
 「裸一貫、マックロネシア人」(80年)なんていう仰天コピーもあった。
 これらのコピーは「でっかいどう。北海道」も手がけたコピーライター眞木準氏のもの。
 

 「高気圧ガール」とはかなり面白いコピーだった。
 コピーと同じ山下達郎氏によるCMソング「高気圧ガール」も大ヒットした。
 〝2000マイル飛び越えて 迎えに来たのさ〟という歌詞が興味深い。


 羽田から沖縄間は2000マイルもない。
 往復でやっとという感じだろう。北海道から沖縄でも足らない。
 でも、そのくらい飛び越えてでも迎えにいきたくなる「高気圧ガール」って、いったいどんな女なんだろうと思った。


 しかも、女性の声で〝Come with me〟とコーラスが囁き、
 〝連れっていっておくれ どこまでも〟とも歌っている。


 真夏に張り出した高気圧は青い空を大きく広げる。
 そこへあらわる夏の匂いを両手に抱えた高気圧ガール。
 まるで終わりなき永遠の夏休みのような気分にさせてくれる。


 この歌詞でいう高気圧ガールは、そんな高気圧そのもののことなのではないだろうかと思えてくる。そんな曲と南の島での夏休みはぴったりだ。
 
 
 80年代後半から90年代に入ると、日本はバブル期真っ只中。
 87年にはリゾート法なんていうものもでき、各航空会社による沖縄ツアーのキャンペーンの流行は90年代まで続く。


 90年代に入ると水着姿のモデルよりもキャンペーン曲が目立ってくる。
 米米クラブによるキャンペーン曲『浪漫飛行』。明らかに最初から航空会社CM起用を狙った曲調。 夏離宮という不思議なコピー。映像も摩訶不思議。上々颱風による『愛よりも青い海』、久保田利伸、桑田佳祐ら有名ミュージシャンのヒット曲で沖縄路線を盛り上げた。


 94年になると、JALは「リゾッチャ号」を就航。
 海外旅行が安くなり始めハワイ、グアムなどの海外リゾート路線への参入へとシフトする。
 「乗った時からリゾート気分」をコンセプトに、機内でビンゴゲームなどを催し、家族連れの客層をターゲットにしていた雰囲気もあった。


 それにしても、その時代にいったいどれだけの人が沖縄を訪れたのだろう。
 今の時代の方が、沖縄の離島人気などは高そうに思える。
 大人気のNHK朝ドラ『ちゅらさん』が起爆剤だったのかもしれない。


 しかし現在、特に今年は日本人観光客以上に海外の観光客の姿が目立つ。
 至る所で看板も英語と中国語、そしてハングルが増えてきた。
 港には、マンションがそのまま乗っかったような大型客船が停泊。
 客船からどやどやと外国人観光客が降りてくる。
 那覇空港は国際便増加に伴い、第2滑走路も建設中。
 その横で陸海空自のバラエティーに富んだ機種がずらりと並んでいる。
 民間機と自衛隊機が〝チャンプルー〟された奇妙な空港の風景だ。


 10年前から私が毎年訪れている宮古島でも大きな変化があった。
 日本一長い「伊良部大橋」が開通。島のあちこちで大型リゾートホテルの建設ラッシュ。大型客船が停泊し、島のあちこちで外国人の団体を見かける。石垣島に続き、宮古島も観光バブルに突入した感がある。


 そして、東シナ海上空には、中国軍の戦闘機が飛び交い、それをスクランブル発進で自衛隊機が追うという現実。
 高気圧ガールのいる青空が軍事的な緊迫感に包まれる。


 いつも海水浴する砂山ビーチ。
 砂山の急勾配を降りなきゃ辿り着かない苦労はあれど、景観の良さが人気のビーチだ。
 10年前にはなかったパラソル群。
 

 パラソルたちは皆退屈そうに浜辺でくるくるひらひら回っている。
 この誰の影にもならぬパラソルの群れ。
 この景観には不釣り合いな気がして、毎度私の気分をイラっとさせる。
 

 東洋系の外国人観光客は水着になって泳がないのだろうか。写真をバシバシ撮って帰って行くだけだ。


 そして今回、奇妙な看板を見つけた。
 「パラソル 中国人のみ2万円」
 これにはぎょっとした。
 のちに、テレビのワイドショー番組でそれが取り上げられ世間を賑わしていたあれだ。


 高額にした理由は、一つのチェアに5人もの人が座って壊れるから。有料なのに黙って座ってしまうからだという。
 まあ、銀座の目抜き通りであろうがどこでも座っちゃう彼らからしてみれば、そこに椅子があれば座る、くらいの感覚なのかもしれない。


 でも、もともと自然の景観が白眉な砂山ビーチにはパラソルも椅子もなかった。 というか、不釣り合いな場所だと私は思う。
 それでも一日中そこで過ごすには日陰が少ない。
 だから必要であれば、それぞれが責任を持って日除けを持参すればいい。


 しかも、日中そこでのんびり過ごす観光客の数は多くはない。
 滞在日数が少ないので、皆忙しそうにレンタカーであちこち回っているからだ。


 なので、レンタカーがものすごい速さで島中をびゅんびゅん駆け回っているのを見かける。
 私などは、離島に来たら逆にのんびり走らせてのほほんとしたい。
 気に入ったビーチではなるべく、半日はゴロゴロ過ごしたい。
 離島で過ごす休暇というものは、そういうものだと思っている。
 リゾート地というものは、のんびりリラックスして過ごす場所だと。


 もちろん、滞在期間が短くあれこれアクティブに動き回りたい時もある。
 でもそんな旅をした場合、ドッと疲れてしまって、次回はもっと余裕のある旅をしたいと後悔する。


 今回、宮古島の行きつけの小料理屋の店主から聞いた話。
 家族連れでやって来ても、滞在時間が分刻みだという。
 時間通り夕飯を食べたら、民謡酒場に行って、その次はカラオケに行ってと、予定がぎっしり詰まっていて、年寄りはヘトヘトになっているそうだ。


 しかも、宮古島では居酒屋の予約が取りにくくなったと漏らす島民の声も聞く。夕飯時、居酒屋難民にならないように気をつけてと忠告された。


 伊良部大橋開通で、島民の暮らしは便利になったが、その橋の道路のど真ん中で写真を撮る羽目を外した観光客も目立つ。


 アジア系観光客のマナーの悪さについては、ここで書くのがはばかられるほど、耳が痛い話ばかりだった。
 

 思えば、バブル時代。
 あちこちの海外で買い物をしまくり食べまくりとせわしなく動き回り、声高に日本語でまくし立てる日本人観光客の姿を思い出す。
 そしてそれは今でも見かける光景なのだ。
 

 結局、個人の品性の問題。マナーが大前提ではないだろうか。
 マナーがなっていなければ、人も土地もすべてがおかしくなってしまう。
 迎え入れる島民も旅人も、嫌な思い出に塗り変わってしまう。
 

 夏の旅先は誘惑と開放感でいっぱい。
 そして島の時間は日常から離れたひと夏の桃源郷のように甘い時間をもたらす。不気味な緊迫感をも持って。

 
 永遠の昼下がり、夏色の空に微笑む私。
 高気圧ガール、あなたのその愛で包んでどこかへ連れていってくれないだろうか。
 高気圧がある、夏だからね。
 

 「高気圧があーる♪」
 「高気圧があーる♪」

高気圧ガール、夏のリゾート 宮古島上空から見える伊良部大橋 高気圧ガールと戯れる夏休み

洞口依子

洞口依子(どうぐちよりこ)

女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。

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