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2017年06月20日

イスラミックの世界を覗いてみたら

 子どもの頃から世界中を旅することに憧れを抱いてきた。
 いや、旅というよりも、小さな冒険。
 地図を広げ、未開の異郷の地へ足を踏み入れるあの緊張感。
 
 
 やがて大人になり、今ではお金と時間と行動力さえあれば、異文化に触れることもできる。
 しかし、最近どうも腰が重い。
 ひとり冒険の旅をしたのは、2001年に中東を旅したのが最後。


 知らない言葉にまみれ異文化体験をするには中東だと思った。
 イスラム圏におんなひとりで入ったということもあるが、滞在中「9・11テロ事件」が起きたこと。あの経験は忘れられない。
 中東にひとりぼっち。借りたアパートの部屋でアルジャジーラとBBCを見て過ごす数日。


 ムスリムのひとびとと語らううちに、無信仰である日本人の自分という存在がこんなにも不思議がられる経験は初めてだった。


 更に、中心部から約300キロ離れた荒涼とした砂漠地帯を越えて田舎の町に移動。
 都会の喧騒を離れた私はひとり読書に明け暮れ、飽きるとキング・クリムゾンの歌を口ずさみながら砂漠を散歩。夜はひとり部屋で羊のケバブをつまみながら、メッカの方向の矢印をぼんやり見つめて過ごした。

 
 心配してか、日本から〝助っ人〟として夫がはるばる迎えに来たが、白いイスラム衣裳を身に纏い街をそぞろ歩く夫の姿は、まるでオバQ。
 特に現地では、ヒゲがない男の顔は不思議に見えるらしく、いつも笑われていた。


 特別な料理は、レバノン料理を食べたくらい。
 砂漠の遊牧民ベトウィンが食べるような、ラクダの丸焼きに冒険心の血は騒いだけれど、そうそうお目にかかれない。 
 なんだか不思議な中東の旅だった。
 

 あれから16年。
 気づけば東京ではいつのまにかケバブ屋が増え、イスラム圏のひとびとの姿をよく目にするようになった。


 最近よく見かけるイスラム圏のひとびと御用達のハラルフード店。
 ハラルフードを提供する大学生協も増えた。上智大学にはハラル専門食堂があると聞く。
 新大久保駅近くには、ハラルフード店が軒を連ねるイスラム横丁なるゾーンもある。
 たまたま立ち寄ってみたら、軒先には「ラマダン期間中」と英語で書いてあった。


 ラマダンとは、イスラム教徒が行う神聖な宗教行事だそうだ。
 イスラム暦の9月に約1カ月行われる断食式。
 今年は5月から6月にかけてだった。
 期間中の日の出から日没までの間、飲食の一切をしない。
 喫煙や性行為などまでも禁止される。


 日没をすぎたら、イフタールと呼ばれる断食破りがある。
 ここで初めて一日の食事をとるのだが、イフタールはみんなで食事を分かち合って食べるという習わしがあるらしい。
 異教徒でも参加できると聞いたので、早速調べてみると、なんと東京・代々木上原にある東京ジャーミイで申し込めば食べられることを知った。
 
  
 私は30年以上前から気になっていた場所へとうとう潜入することになった。
 その名も「東京ジャーミイ」。
 日本最大のモスク。イスラム教の礼拝所だ。


 井の頭通り沿いにあるそのモスク教会は、昔から異彩を放つ建築物だった。
 昔の井の頭通りといえば道幅狭く、街路樹が鬱蒼として夜道は暗く凶々しかった。
 当時、東京教育大附属駒場高校の生徒だった作家の矢作俊彦氏が、真夜中に柱時計を抱えた個性派俳優の天本英世さんとすれ違った時の逸話が面白い。
 

 「それはまさに恐怖。真夜中に、あのモスクのある井の頭通りの暗闇の向こうから、あの天本さんが、自分の背丈ほどの柱時計を抱えて歩いて来たんだからね、君!」


 想像すると確かにその光景はちょっと怖い。
 そんな昔を思えば、現在のこの辺りは車線も増幅され、マンションやオシャレな店も増えてきた。しかも、モスクも2000年にはすっかり建て替えられ、瀟洒なブルーモスクに生まれ変わっている。

 
 いよいよ、イフタール食初体験当日。
 夕暮れどき、続々とモスク内へ入ってゆくイスラム信者のひとびとに混じって、日本人学生グループや旅行中の外国人バックパッカーの姿も。
 私は赤いショールを頭にすっぽり巻き、肌を見せぬようジャケットも着用。


 モスク内に足を踏み入れると、そこは完全に異国情緒あふれる空間。
 鮮やかなオスマン式建築に魅了されっぱなし。
 美しいターキッシュブルーの重厚なタイル、装飾、大理石、イズニックタイルと呼ばれる描画タイルなどなどにひたすら、見入ってしまった。


 一階には暖炉や売店、大きな食堂がある。
 トイレには手足を洗う洗い場が設けてあって、イスラミックなトイレだった。


 ちょっとドキドキしながら配膳トレーを持ってイフタール食の列に並ぶ。
 皿にはしっかりした量の食事が盛られた。
 

 しかも、これが無料だというから驚く。
 イフタール食は毎日誰かがスポンサーになって提供する仕組みのようだ。
 ムスリムのルールで男女別々のテーブルに着席。だが真ん中には家族席が設けられていた。
 
 
 やや緊張気味、恐る恐るデーツを味見。濃厚な甘さが懐かしい。
 なんでもラマダン明けは、最初にデーツを食べるらしい。


 ほのかな酸味としっかりしたコクのあるヤイラ・チョルバスというトルコのヨーグルトスープではないか。柔らかく炊いた引き割り麦とレンズ豆と米のピラフ。スパイスの効いたジャガイモと鶏肉煮。キュウリとトマトの野菜サラダ。
 

 全ては十分な水分を含み、消化に良さげな柔らかさ。
 断食明けだからだろうか。


 黙々と食べていると、次第にムスリムのひとびとに埋め尽くされる。
 食べ終わったら速やかに席を譲る。
 ドネイションボックス(賽銭箱)があったので、イフタール食代を献金。

 
 食後、別棟にあたるモスク礼拝堂を見学。
 靴を脱ぐと大理石の床がひんやり気持ちいい。
 広いモスク内は毛並みの良い絨毯敷き。
 見学者には、肌を隠すための衣裳やショールもレンタル可能のようだ。
 見上げると、天井に広がる無数の幾何学模様の装飾。
 見たこともない不思議な宇宙が広がっているようだった。


 2階へは女性のみが立ち入りできるというので、らせん階段を昇ってみると、そこからの眺めも圧巻。まるで、コーランの調べが聞こえてきそうな建築美。 
 緻密。絢爛。荘厳。こんなに美しい内部だったとは。

 
 モスクの外へ出ると、大理石の上を5月の爽やかな風が通り抜ける。
 東京なのに、なぜか異国の風を感じたような錯覚。
 初めて訪れた中東の田舎町でも同じような風を感じたことをふと思い出す。
 

 30年以上気になっていた東京ジャーミイ初潜入。
 私の〝のら猫万華鏡〟をくるりんくるりんと回した貴重な体験だった。

イスラミックの世界を覗いてみたら 美しいモスク内にて、甘いデーツ、イフタール食を食べる

洞口依子

洞口依子(どうぐちよりこ)

女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。

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