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2017年01月11日

平成生まれの成人式と向田ドラマ

 今年はあっという間に松が明けた。
 そんな気がしてならない。
 50を過ぎて年を重ねるという時間の流れのなんと早いこと。


 そんな早さに気付かされたきっかけは、今年の成人式だった。
 今年の新成人は1997年生まれ、なんとわたしが入籍した年なのだ。


 もう20年?


 ふ~ん、へえ~と感慨に浸っている私たち夫婦の前で、テレビのニュース映像に登場する新成人たちが、ピコ太郎の音楽とともに浮かれてみえた。


 派手な振袖や袴、スーツ姿、コスプレ化した装いのそれぞれ。
 いったいいつからあんなにキンキラキンで奇妙な装いになったんだろう。


 ピコ太郎のキンキラキンならわかる。あれは一世一代のキンキラキン。ピコ太郎ほど自分の旬を理解しているキャラはいないと思う。


 未来ある彼らも同じく、一世一代のキンキラキンなのだろうか。
 しかも綺麗な振袖姿に交え、まるで花魁、いや、もはやあれは夜鷹クラスじゃないだろうかという姿には、開いた口がふさがらない。


 人生一度の成人を祝う晴れ舞台。
 それが最早、成人祝いの意を離れ、イベント、コスプレ化、ある種の風物詩として世間も煽っているように思える。
 しかも彼らは、それらを思い切り楽しんでいるのだ。
 もちろん、成人式に出席しない新成人もいるにはいるのだけど。


 私の20歳はどうだっただろう。
 高校卒業後、芸能界入りし女優として仕事をしていた当時の私。
 東京から引っ越した私には地元の友達もなく、たったひとりで地方自治体が用意した式典会場へ向かった。


 いらないと散々駄々をこねた振袖。
 「私の娘時代には振袖が着れなかったから」という母の常套句にすっかりほだされ、無理くりに母が用意してくれたその振袖を着たのは、人生で2度きり。
 成人式と、女優の先輩である田中裕子さんの結婚披露宴に新婦友人代表でスピーチを頼まれた晴れ舞台に着た、それきりだ。


 当時、成人のお祝いといえば、高級時計や車、海外旅行などを親におねだりする、そんな時代だった。 


 退屈な式典を後に、ラグビーの試合を観戦に国立競技場に向かった。
 当時、新日鉄釜石メンバーの写真を撮っていた篠山紀信さんから、「晴れ着姿が好都合!」とそのまま新日鉄釜石の優勝祝賀会に連れて行かれ、なぜか「お見合い」ノリで、日本代表FWの洞口選手を紹介された。


 釜石優勝のおかげか、至極上機嫌な篠山さんは、記念ついでにわたしの晴れ姿をスタジオで撮ってくださった。
 先に、写真撮影を終えたキラキラのオーラを放つ女性にスタジオですれ違った。
 「あら、お振袖? いいわねえ、若いって!」


 ビスク・ドールのような白い磁器の肌、小さな顔にキュッと口角があがった笑顔の口元から溢れる独特の美声。
 1月だというのに、彼女のいたその場所は春の花の香りがした。
 あの松田聖子さんだった。
 それが私の成人式の思い出。


 そして同年、二十歳になったわたしは、初のドラマ出演、TBS向田邦子新春スペシャルドラマ『女の人差し指』で演出家・久世光彦さんと出会うことになる。


 ドラマでは、田中裕子さん、加藤治子さんという大女優に囲まれて、生まれて初めて「オトナ」という感覚を味わう。


 戦時中、軍人遺族の娘として生きる姉と妹。そしてその母。
 このドラマを通じて、私は「オトナの女」という生々しい得体の知れぬその正体や慎ましさを垣間見る。


 「女の人差指は誰を指す。憎い男の後を指す」
 女だけの正月の宴の席で、姉と盃を交わし歌ったのは元芸者さんのお隣さんだった。


 —憎い男の後を指す。
 どこを指すのか、指す宛もない人差し指をかざす姉。
 傍で演じながら、実に深い女心を醸し出す裕子さんに心底見惚れた。


 わたしはいまでも、裕子さん演じる姉が、男の家から朝帰りしたあの朝の情景が脳裏に焼き付いて離れないでいる。
 彼女の口元からころんと転がる白い雪道の赤い飴玉の妖しい輝き、オトナの女を象徴するようなその赤色。
 そして、治子さん演じる母のいつも濡れて漲っているあの瞳を忘れられずに生きている。


 劇中で覚えた、知らない時代の昭和のうたの数々。
 『庭の千草』『愛国の花』『紀元二千六百年』
 歌に込められた当時のひとびとの思い。


 中でも汲み取り屋の場面が忘れられない。
 許嫁(いいなずけ)の身の姉が男のアパートで初めて密会する場面。
 蓄音機から流れるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ 愛の死」。
 耳を傾けうっとり聴き入る二人だけの世界。
 そんな時に限って、汲み取り屋が来てしまうという、向田作品らしい描写だ。


 のちに、向田さんのエッセイで、汲み取り屋がなくなったことについて触れているのも思い出す。
 汲み取り屋がなくなってから、ひとびとから恥じらいも消えた。
 自分の〝下〟が他人の世話になっているという感覚が消えたから、というものだった。


 思えば、わたしなどはまだ東京に汲み取り屋があった最後の世代かもしれない。
 確かに、汲み取り屋があった時代、女性の慎ましさというものは、どこか粛然としていた気がしてならない。


 新成人の晴れ着姿を横目に、そんなことをふと思う。
 あれはあれで楽しきゃいいのだろうけれど、どうも腑に落ちない。
 そう思うとなんだか、本当に年寄りになってしまったようで、気持ちがざわざわする。


 昭和生まれという世代が、そろそろ絶滅に向かってゆく予兆、だろうか。

平成生まれの成人式と向田ドラマ 篠山紀信さん撮影の、新日鉄釜石ラグビー部の洞口選手とのツーショットと成人記念写真

洞口依子

洞口依子(どうぐちよりこ)

女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。

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