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2016年11月18日

カセットテープとの再会と「やり残すことのない人生」

 リチャード・リンクレイター監督の『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』(公開中)という映画に久々熱くなった。
 南テキサス大学の野球部員が繰り広げる、1980年の新学期が始まるまでのたった3日間の物語だ。
 

 冒頭、新入部員のジェイクが愛車「オールズモビル442」を転がしながら大学の街にやって来る。
 車のラジオカセットからは、当時全米ビルボードチャート連続第1位のヒット曲「マイ・シャローナ」が流れ、後部座席にはプレーヤーやレコード、カセットが積まれているのが目立つ。野球部員なのに!
 映画はそこから大学が始まる3日間、ずっとお楽しみ三昧の彼らを物語る。


 シュガーヒル・ギャングの名曲に乗せて野球部員たちのラップが始まると、もうこの映画がどこへ流れようが、そのままついてゆこうという気分にすらなってしまう。


 劇中に流れる音楽がとてもいい。
 79年から80年頃にはやった洋楽が、何故か新鮮に感じる。
 そんな音楽を聴きまくる映画の中の奴らに誘われる。


 映画の良さは音楽以外にもあった。
 あの頃は体育会系、文化系など関係なく、楽しむ時は皆一緒だった。
 しかもスマホがない。だからみんなよくおしゃべりする。そしてひたすら楽しむ。まるでその瞬間にやり残したことなどないように。
  

 劇中に誰かが吐く素敵なセリフがある。
 〝死ぬ時に後悔するのはやったことじゃない、やり残したことさ〟
 

なんて素敵な台詞だろう。
 私などは、16歳までのやり残したことの多さに鼻で笑ってしまう。
 

 まさに「やり残し」を探すように、私はみるみる映画の音楽とともに、あの頃がフラッシュバックするのだった。
 

 早速、iPhoneでアップル社のデジタル音楽配信再生アプリ「iTunesストア」にてデジタルのサントラ盤を購入。旅先の沖縄で聴くために、iPhoneのiTunesライブラリーに納め、他にもお気に入りの曲などを適当になんとなくだが順序良く並べ「2016 OKINAWA」とタイトルをつけ自分専用オムニバスアルバムを作った。


 猫を傍らに、鼻歌まじりにこの作業をやっているうち、ふとあることに気づく。
 それは私がFENのアメリカントップ40を毎週エアチェックしていた中学生の頃。そのエアチェックをせっせとダビングしたオムニバスカセットテープ作りによく似ているではないか。


 あの頃、カセットテープというものに、お気に入りの曲やラジオの音楽番組を録音してよく友達とシェアしていた。
 70年代後半から80年代初め頃に青春真っ只中な人ならば、きっと覚えがあるはず。お気に入りの曲を丁寧にダビングして「私のマイベスト」などをせっせと夜なべして作ったあの頃。


 私のカセットテープとの最初の出会いは、10歳頃だったと記憶する。
 アイワという会社のラジオカセットテープレコーダー。
 そのラジカセにマイクをつなぎ、初めて自分の声というものを録音した。
 『マップルポヨポヨ星人』という自作自演のラジオ劇もどきのシュールな寸劇。テーマソングもエンディングもアカペラ、一人何役も演じ、効果音はオノマトペ、ナレーターも全てひとりで試みた。


 初めて録音した自分の声。再生してそれを聞いた時のあの衝撃は忘れられない。布団をかぶってご飯も喉に通らないほど、人前で声をどう出せば良いのかわからなくなるほどの衝撃だった。

 
 そして79年にソニーの初代ウォークマン発売。
 あの携帯カセットテープ再生機のおかげで、通学途中でも音楽が聴けるようになる。すると、手紙の代わりに、恋の告白は好きな音楽でアプローチするという人もいた。
 

 やがて車の免許を取ると、ドライブでデート。
 カーステレオからどんな音楽が流れてくるか。どの曲のどのタイミングで一番盛り上がるか。男子はデート中のあれこれを妄想しながら、せっせと夜なべして制作したものだ。


 しかしカセットの運命はのちにMDへそしてCDの時代に移る。
 現在においてはほとんど見かけることもなくなったと思っていた。
 

 そんな懐かしのカセットテープがいま流行しているらしい。
 ウクレレユニット「パイティティ」のアルバムを出すのに、音楽評論家・原雅明氏から「レコードもいいけど、これからはカセットの時代。カセットでアルバムリリースする方がむしろ新しい」と指示を受けたことがある。10年近く前のことだ。


 今年、友人の作家・中原昌也君がドイツに行った際、レコード量販店ではCDが姿を消し、レコードとカセットしか見かけなかったと言っていた。
 確かに、著名なミュージシャン、例えば「ピコ太郎」を世界的に有名にしたあのジャスティン・ビーバーもカセットテープで新譜を出すほどだ。
 ロックやヒップホップに限らず、サントラ、ジャズに至るまでカセットテープによるアルバムの範囲は広い。


 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』のサントラ盤もデジタル以外に、アナログ盤のレコードとカセットテープの販売がある。
 ある日、映画宣伝担当の方からその珍しいカセットテープ盤をいただいた。


 そのサントラのカセットテープを扱っているカセットテープ専門店が東京・中目黒にあると聞いたので、早速のら猫の足取りで覗いてみた。


 何千本あるだろうか。
 久々に大量のカセットテープが並んでいるのを見た。
 店内には、昔の雑誌のナンバーや書籍、画集、映画のパンフレット、レコードも少々あった。


 お店の人にカセットは本当にはやっているのか、伺ってみる。
 レコードでは高くて手が出ない若いひとたちが、カセットは安くて可愛いということもあって買い求めてゆくそうだ。


 しかも新譜のカセットには、秘密のダウンロードアドレスが大抵ついている。
 そこからカセット録音状態の音源がデジタル上でダウンロードでき、手持ちのデジタル機器でも聴ける。ラジカセがなくても聴ける仕組みなのだ。
   

 店内には懐かしい「ラジカセ」も売っていた。
 試聴もできるので、購入希望のカセットを試聴させていただいた。
 懐かしい音圧が耳に轟く。
 デジタルには出せない、アナログの、カセットテープでしかないあの音圧。


 同行したパイティティの「ウクレレ1」こと石田英範さんは、カセットの音質の魅力をこう語る。
 「カセットテープは音がまとまるし低音に厚みが出る。デジタルで綺麗なハイファイサウンドより、カセットに録音しただけでローファイ(荒っぽい)なサウンドに録れるからカッコイイ。技術的には音質は悪いんだけど、そのサウンドメーキングのキモは、カセットの録音ジャックの中に仕込まれている古いコンプレッサーに特徴があって、音がうま~く(イイ感じに)つぶれた感じになってくれる効果が最大の魅力を発揮するからだと思うよ」
 

 カセット全盛時代に夢中になって多重録音を作りまくったウクレレ1らしい話だ。現代の若い人たちが、そんなカセットテープの深い魅力に気づいてくれたことは素晴らしく素敵なことだと思う。
 

 それにしても、若い人たちは空テープを買ってダビングしたり、自分で録音テープを作ったりするのだろうか。
 お店の人に伺ってみると、ミュージシャン関係の子ならするけど、普通はあまりしないらしい。


 おお、それはちょっともったいない!
 カセットテープの魅力の一つには、あの空テープに何を録音するかというお楽しみもある。ぜひ一度何かを録音してみてはどうだろうか。
 小さなラベルを自分で手描きするのも楽しい。
 

 それにしても、私はこの店にいる間、終始不思議な気分に駆られていた。
 過去の遺物のようなものを目の当たりに小っ恥ずかしさがよみがえり、だけどちょっと誇らしい気分。そしてリセットされたような、ニュートラルな気分なのだ。
    

 カセットテープとの再会。
 それはあの頃の自作テープを見つけられたようなちょっぴり恥ずかしい気分。
 だが、〝やり残すことのない人生〟をのらのらゆくには、刺激的な再会だったのかもしれない。

カセットテープとの再会と「やり残すことのない人生」 のら猫探偵@中目黒waltz。そしてカセットテープといえばこの名作

洞口依子

洞口依子(どうぐちよりこ)

女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。

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