記者コラム
「村上春樹を読む」(67) 21世紀に殺される「騎士団長」=「イデア」 『騎士団長殺し』を読む・その2

村上春樹の長編『騎士団長殺し』の装丁は上下巻ともに剣が横に置かれた図柄です。加えて、『騎士団長殺し』のタイトルが横書きされており、さらに第1部には「顕れるイデア編」とあり、第2部には「遷ろうメタファー編」とあります。第1部、第2部ともに下部には「Killing Commendatore」の英語のタイトルも記されています。

7年ぶりの複数巻の刊行にしては、少し装丁がシンプルだなぁという感想をもらす人もいました。わたし(同作は、主人公が「私」で語られているので、混同を避けるため、この「村上春樹を読む」で、小山の考えを示す場合は「わたし」とします)も当初、そのようにも感じておりました(シンプルと言えば『1Q84』の装丁も随分シンプルです)。でも一度『騎士団長殺し』を読了して、装丁を見てみますと、なるほどと思うことに気がつきました。

まず読書に関する、わたしの癖を記すことを許してもらいたいのですが、わたしは装丁のカバーがついた本は、装丁カバーを外して、読み始めます(装丁家のみなさん、すみません)。そして読み終わるとカバーをかけて「読了」としています。わたしにとって、儀式的なことですが、このようにしないと、その本を読了しないことが多いのです。みなさんも読書に関する癖をいくつかお持ちかと思いますが、わたしにとって最大の読書儀式は、装丁カバーの脱着です。

さらに横道にそれますが、『騎士団長殺し』に、肖像画を描いてもらう13歳の少女まりえに付き添って、まりえの叔母の秋川笙子が「私」の家に来る場面があります。まりえがスタジオで「私」に絵を描いてもらっている間、秋川笙子は厚い文庫本を居間のソファで読みふけっています。時間がきて、まりえと居間に戻った「私」が「何の本を読んでおられるのですか?」と我慢しきれずに尋ねると、秋川笙子は次のように答えるのです。

「実を言うと、私にはジンクスみたいなのがあるんです」「読んでいる本の題名を誰かに教えると、なぜかその本を最後まで読み切ることができないんです」

秋川笙子は、だから「読み終えたら、そのときには喜んで教えて差しあげますけど」と話しています。この何気ない一場面が、とても好きですね。

なんか、読書をするという<個人的な行為>の手触りが伝わってくるのです。それぞれに個人的な方法、癖、ジンクスみたいなものを抱えて、本を読んでいるのだなぁと思えるのです。秋川笙子は『騎士団長殺し』の中では、穏やかで調和型の人物ですが、この読書のジンクスを語る場面は、一瞬、輝いていると思います。

さてさて、わたしの読書儀式、カバーの脱着のことです。『騎士団長殺し』を読み終わって、カバーをかけて、もう一度、よく見ますと(普通の人は、最初から気がついていたと思います。刊行直後に、装丁家や編集者から、公表されてもいますから)『騎士団長殺し』の「殺」の文字部分だけが、やや左に傾いているのです。

タイトルが単純に『騎士団長殺し』と続いているのではなく、「騎士団長」と(左に傾いた)「殺」と、さらに「し」が合わさって名づけられているような装丁なのです。これは何を意味しているのでしょうか。少なくとも、『騎士団長殺し』とスッと続けて読んではいけないということが、この本の装丁のタイトルロゴ部分に示されているのだと思います。

「騎士団長」の後の「殺」が少し左に傾いているデザインについては、この本の装丁を担当した元新潮社装幀室長の高橋千裕さんと担当編集者の寺島哲也さんへのインタビュー「村上春樹『騎士団長殺し』の装幀が生まれるまで。」(casabrutus.com)に、次のようなことが紹介されています。

それによると、「殺」の文字だけ斜めにずらしたのは、村上春樹の案だったそうです。いろいろ角度を試して、最終的には村上春樹が「これくらいじゃない?」と指定して、それを動かさないように、慎重にセロハンテープで固定して、「殺」の角度が決まったそうです。

ちなみに高橋千裕さんは『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』の装丁も手がけた人ですが、インタビューによると、第1部の表紙の剣は「洋剣」で、第2部の剣は飛鳥時代の「和剣」のようです。ただし新しく描き直した絵で、イラストレーターのチカツタケオさんの絵です。よく見ると、「洋剣」の方には羊の紋章が描かれていますが、これはチカツさんのアイデアだそうです。

さて、小説のタイトルにある「騎士団長」は、モーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』の冒頭で殺される人物です。放蕩者ドン・ジョバンニは美しい娘、ドンナ・アンナを誘惑し、それを見とがめた父親の「騎士団長」と果たし合いになり、刺し殺してしまいます。日本画家の「雨田具彦」が、その有名な場面を日本の飛鳥時代の情景に「翻案」して、描いた作品が「騎士団長殺し」です。

その雨田具彦が伊豆高原の高級養護施設に入ったため、雨田の息子の政彦(「私」の美大時代からの友人)の紹介で、雨田具彦が使っていた小田原郊外の家に「私」は越してきて暮らしています。ある時、家の屋根裏から「騎士団長殺し」と名づけられた、その絵を「私」が発見するところから、物語が動き始めます。

そして、絵の中の人物、「騎士団長」が形体化して、小説の中に現れてきます。前回も、このコラム「村上春樹を読む」で紹介しましたが、その姿は身長約60センチで、けっこうかわいい存在です。わたしは時々、現れる「騎士団長」の登場を楽しみにして、この小説を読みました。

形体化して、「私」の前に現れた「騎士団長」は少し変わった話し方をする人物です。その語り口の特徴の1つは「あらない」という話し方です。例えば「あたしは何も絵の中から抜け出してきたわけではあらないよ」と言ったり、「かまうもかまわないもあらないよな」とか言ったりします。

もう1つは、前回も少し紹介しましたが、自分のことは「あたし」と読んでいるのに、「あなた」のことは「諸君」と呼ぶのです。

「あなたは霊のようなものなのですか?」と「私」が問うと、「良い質問だ」と「騎士団長」は言い、続けて、次のように話しているのです。

「とても良い質問だぜ、諸君」と言った後、こう加えます。「あたしとは何か? しかるに今はとりあえず騎士団長だ。騎士団長以外の何ものでもあらない。しかしもちろん仮の姿だ。次に何になっているかはわからん。じゃあ、あたしはそもそも何なのか? ていうか、諸君とはいったい何なのだ? 諸君はそうして諸君の姿かたちをとっておるが、そもそもいったい何なのだ? そんなことを急に問われたら、諸君にしたってずいぶん戸惑うだろうが。あたしの場合もそれと同じことだ」

このように「騎士団長」は「諸君」を連発しています。あまりの「諸君」の連発に「なぜ私は単数であるはずなのに、『諸君』と呼ばれるのだろう? しかしそれはあくまで些細な疑問だ。わざわざ尋ねるほどのことでもない。あるいは『イデア』の世界には二人称単数というものは存在しないのかもしれない」と「私」は思っています。

「私」が「『イデア』の世界には二人称単数というものは存在しないのかもしれない」と思うのは「騎士団長」が「イデア」であるからです。

それについては、直前に「で、諸君のさっきの質問にたち戻るわけだが、あたしは霊なのか? いやいや、ちがうね、諸君。あたしは霊ではあらない。あたしはただのイデアだ。霊というのは基本的に神通自在なものであるが、あたしはそうじゃない。いろんな制限を受けて存在している」と「騎士団長」が語っています。

つまり、身長60センチの姿で「騎士団長」に形体化して現れたのは「イデア」なのです。

『騎士団長殺し』は、その第1部のタイトルに「顕(あらわ)れるイデア編」と名づけられています。ですからこの作品の中で「イデア」というものが何を意味しているのか。それを考えることが、とても大切だと思います。

それについて、「私」と「イデア」との、問答があるので紹介しましょう。「私」が「イデア」である「騎士団長」に尋ねます。

「あなたは、イデアにはモラルみたいなものはないと言いました。イデアというのはどこまでも中立的な観念であり、それを良くするのも悪くするのも、人間次第である、と。だとすれば、イデアは人間に良いことをするかもしれないけれど、逆に良くないことをする場合だってある。そうですね?」と「私」が「イデア」に問うのです。

それに対して「イデア」である「騎士団長」は「E=mc2という概念は本来中立であるはずなのに、それは結果的に原子爆弾を生み出すことになった。そして、それは広島と長崎に実際に投下された。諸君の言いたいのはたとえばそういうことかね?」と言います。続けて「それについては私も胸を痛めておるよ(言うまでもなくこれは言葉のあやだ。イデアには肉体もない、したがって胸もあらないからな)。しかしな、諸君、この宇宙においては、すべてがcaveat emptorなのだ」と言います。

「はあ?」と「私」も聞きかえしていますが、「caveat emptor」とはラテン語の「買い手責任」のことだそうです。さらに「E=mc2は原子爆弾を生み出したが、一方で良きものも数多く生み出しておるよ」と言います。

「たとえばどんな?」と「私」が問いつめますと「騎士団長はそれについて少し考えていたが、適当な例がすぐには思いつけなかったらしく、口を閉ざしたまま、両手の手のひらで顔をごしごしとこすった。あるいはそういう論議に、それ以上意味を見いだせなかったのかもしれない」と記されています。

この場面は、自信に満ちて話し続ける「騎士団長」=「イデア」が、唯一、言いよどむ珍しい場面です。おそらく、ここで口ごもった言葉の内容は「原子力発電」と「原発事故」のことではないかと、わたしは思います。

また、「私」が13歳の少女まりえに対して「イデア」と「騎士団長」について、説明する場面には、こんな言葉が記されています。

「君はイデアというのが何か知っているかな?」「イデアというのは、要するに観念のことなんだ」「ともかくイデアは観念であり、観念は姿かたちを持たない。ただの抽象的なものだ。でもそれは人の目には見えないから、そのイデアはこの絵の中の騎士団長の姿かたちをとりあえずとって、いわば借用して、ぼくの前にあらわれたんだよ」

つまり「騎士団長」は「イデア」であり、「イデア」とは「観念」のことなのです。「観念」が形体化して、現れたのが「騎士団長」です。「騎士団長」=「イデア」=「観念」なのです。

物語の終盤、その「騎士団長」=「イデア」=「観念」を「私」が出刃包丁で殺して、地底の闇のような世界を進んでいく場面があります。つまり「観念」を殺して、「私」が自分の心の世界に入っていくのです。

この『騎士団長殺し』という小説には、雨田具彦が1938年にウィーン留学中に遭遇したナチス・ドイツによるオーストリア併合の話が出てきます。当時、雨田具彦にはオーストリア人の恋人がいました。彼女は大学生を中心とする地下抵抗組織に関係していて、ナチの高官を暗殺する計画に加わっていました。雨田具彦もそれに関与しますが、結局、暗殺は未遂に終わります。そして雨田具彦だけが政治的配慮によって日本へ強制送還されて、九死に一生を得ましたが、他のメンバーは全員逮捕され、雨田具彦の恋人もふくめて、みな殺されてしまいました。

帰国後、洋画から日本画に転向した雨田具彦が、そのウィーンでの痛切な体験を描いた日本画が「騎士団長殺し」なのです。

さらに、この小説には雨田具彦の3歳下の弟・雨田継彦が体験した、南京大虐殺と呼ばれる出来事を含む南京戦の場面が出てきます。

雨田継彦は才能に恵まれたピアニストでしたが、東京音楽学校に在学中の20歳の時、書類上の間違いから徴兵され、その南京戦の血なまぐさい戦闘に参加します。

雨田継彦は「上官に日本刀を手渡されて、これで捕虜の首を切れ」と命令されます。「もちろんそんなことはしたくなかった。しかし上官の命令に逆らったら、これは大変なことになってしまう」ので、継彦は捕虜の首を切ってしまうのです。

南京大虐殺は、ナチス・ドイツによるオーストリア併合と同じ頃にあったことでした。雨田具彦の弟・雨田継彦は1938年6月に1年間の兵役を終え、東京音楽学校に復学しますが、実家の屋根裏部屋で、髭剃り用の剃刀で手首を切って自殺してしまいます。

「自らの命を絶つことが、叔父にとっては人間性を回復するための唯一の方法だった」と雨田具彦の息子の雨田政彦が「私」に語っています。そして、その3つ違いの弟の自死が、当時、ウィーンにいた雨田具彦が反ナチの地下抵抗組織に加わったことに影響しているようです。

小田原郊外の静かな一軒家で、肖像画を描いている「私」が、屋根裏から「騎士団長殺し」と名づけられた雨田具彦の絵を発見します。すると自分の前に、その絵から抜け出てきたような「騎士団長」(身長、約60センチ)が現れます。そのことと、雨田具彦がウィーン留学中に体験したナチス・ドイツによるオーストリア併合と、それに抵抗しようとした雨田具彦のオーストリア人の恋人の虐殺。さらに雨田具彦の弟・雨田継彦が体験した南京大虐殺。それらは、この『騎士団長殺し』という物語の中で、どのように関係しているのでしょうか。そのことを考えてみたいと思うのです。

この『騎士団長殺し』の中で描かれる悪しき国家や悪しき軍隊組織というものは、これも肥大した「イデア」=「観念」が具体的な形となったものなのでしょう。原爆も「イデア」=「観念」が大きくなりすぎて、人間がそれをうまくコントロールできなくなってしまったものといえます。形体化した「騎士団長」自身が「それについては私も胸を痛めておるよ」と話しているのですから、「イデア」と関係したものなのです。

そして「騎士団長」は、言いよどんでいますが、原発事故も「イデア」=「観念」が大きくなりすぎて、人間がそれをうまくコントロールできなくなってしまったものといえるでしょう。

その「騎士団長」は「諸君」を連発します。「私」は「単数であるはずなのに、『諸君』と呼ばれる」のです。「『イデア』の世界には二人称単数というものは存在しないのかもしれない」と思います。

人間は個々、一人一人、それぞれの生命を持ち、固有の人生を生きています。でも「イデア」=「観念」は「二人称単数」というものを認めないのです。

ナチズムも南京大虐殺も原爆も、人びとの個々の生を認めることとは、遥かに離れたものとして、個々の生の差を認めないものとして、相手の単数としての生を認めません。そのように大きくなりすぎた「イデア」=「観念」なのです。

この小説は一人称「私」で書かれた小説です。なぜ、この物語が一人称の「私」で書かれているのか。それは個人である「私」の力で、二人称「単数」というものを認めない「イデア」=「理念」に対抗しているからなのだろうと考えています。

「騎士団長」は「諸君」を連発します。そういう二人称「単数」を認めない、大きくなりすぎた「イデア」=「観念」に対して、一人称「私」で対抗しているのだと思います。

前回のこのコラム「村上春樹を読む」で、読者とのインターネットを通したメールのやりとり『村上さんのところ』(2015年)の中で、村上春樹が、次のようなことを述べていることを紹介しました。

「人称というのは僕にとってはかなり大事な問題で、いつもそのことを意識しています。僕の場合、一人称から三人称へという長期的な流れははっきりしているんだけど、そろそろまた一人称に戻ってみようかなということを考えています。一人称の新しい可能性を試してみるというか。もちろんどうなるかはわかりませんが」

そして、1年半ほど前の「村上春樹を読む」で「これから書かれるであろう、新しい小説は『一人称小説』なのでしょうか」と記したのですが、その村上春樹が「一人称の新しい可能性を試してみる」と語っていたのは、一人称「私」で、二人称「単数」を認めない、大きくなりすぎた「イデア」=「観念」に対抗していくという「新しい可能性」について、語っていたのだと思います。

これも、前回の「村上春樹を読む」で書いたことですが、『騎士団長殺し』の「第1部 顕れるイデア編」の単行本の帯には「旋回する物語 そして変装する言葉」とあり、「第2部 遷(うつ)ろうメタファー編」の帯には「渇望する幻想 そして反転する眺望」と記されているように、この作品は、「旋回」し、「反転」するように書かれています。

ですから、「イデア」=「観念」について、悪いことだけが書かれているわけでは決してありません。

例えば、「私」が絵を描いていて、自分が長いあいだ見失っていた荒々しさが表現されていることに気づくのですが、それでも「それだけではまだ足りない」と思う場面があります。そこには「その荒々しいものの群れを統御し鎮め導く、何かしらの中心的要素がそこには必要とされていた。情念を統合するイデアのようなものが」と記されています。これは悪しき意味での「イデア」ではありません。

さらに、こういう言葉も記されています。

物語の最後に、「私」が別れた妻・ユズと会う場面です。「できれば、もう一度あなたとやり直してみたいと思う」とユズが言います。「私」も「それを考えていた」と同意します。

その時、ユズは妊娠しています。「私」以外の男と付き合っていたので、普通に考えると、その男との子の可能性が高いと言えるでしょう。

でも、「私」は別れたユズと関係した「夢」を見たことがあります。

だから「こんなことを言うとあるいは頭がおかしくなったと思われるかもしれないけど、ひょっとしたらこのぼくが、君の産もうとしている子供の潜在的な父親であるかもしれない。そういう気がするんだ。ぼくの思いが遠く離れたところから君を妊娠させたのかもしれない。ひとつの観念として、とくべつの通路をつたって」とユズに、「私」が告げているのです。

それに対して、ユズは「ひとつの観念として?」と聞きかえしますが、「私」が「つまりひとつの仮説として」と述べると、妻のユズも「もしそうであれば、それはなかなか素敵な仮説だと思う」と同意しています。ここでも「観念」は悪しきものでは、決してありません。

以上のように『騎士団長殺し』には、「イデア」=「観念」のいい部分、大切な部分も書かれているのです。つまり「イデア」=「観念」も「旋回」し、「反転」して書かれている物語なのです。この長編小説を論じる際の困難は、多くのことが、このように「旋回」し、「反転」して、書かれている点からきていると思います。

でもしかし、物語の題名として名づけられたものが『騎士団長殺し』なのです。

そして「騎士団長」は「イデア」=「観念」の形体化なのです。その「騎士団長」を「殺」す物語なのです。この点を見失ってはいけないでしょう。

『1Q84』(2009年―2010年)は、21世紀に書かれた小説ですが、題名にも表れている「1984」年は、昭和59年のことで、「昭和」という時代を書いたものでした。特に「戦後の昭和」を書いたものでした。

『騎士団長殺し』では「第2部 遷ろうメタファー編」で、「私」の美大以来の友人である雨田具彦の息子・雨田政彦が、「私」の家(それは政彦の父・雨田具彦の家ですが)に、新鮮な鯛と出刃包丁を持ってやってきて、ひと晩、話しこむ場面があります。その雨田政彦が「今はもう二十一世紀なんだよ」と「私」に告げています。

そして、『騎士団長殺し』最終章の冒頭には「私が妻のもとに戻り、再び生活を共にするようになってから、数年後、三月十一日に東日本一帯に大きな地震が起こった」とありますし、「海岸沿いのいくつかの原子力発電所がメルトダウン状態に陥っていた」と書かれています。

つまり、これは21世紀を日本を舞台にして、21世紀に書かれた同時代小説です。

この長編小説の題名にもなった「騎士団長」は、紹介したように、モーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』の冒頭で殺される人物です。そこで一度殺されているのですが、この小説では「私」が「騎士団長」を、もう一度殺して、地底の闇の中へ進んで行きます。「イデア」=「観念」として、ナチズムや南京大虐殺、また原爆、そして原発事故のように大きくなりすぎた「騎士団長」は、21世紀の今、もう一度、殺されなくてはならないのです。ちなみに、「私」が「騎士団長」を殺す際、雨田政彦が新鮮な鯛をさばくために持ってきた出刃包丁を使っています。

以上、述べてきたような考えが、『騎士団長殺し』のタイトルロゴの「殺」の部分をわざわざ左に傾けるというデザインを提案した村上春樹の意図ではないかと、わたしは考えています。

「騎士団長」の身長は約60センチぐらいのものでした。「イデア」=「観念」は、人間にとって、そのくらいの大きさがちょうどいいサイズだということを、村上春樹は書いているのでしょう。

21世紀を生きる作家として、村上春樹が、混乱する世界の再生を祈り、願って書いた小説だと思います。(共同通信編集委員 小山鉄郎)


こやま・てつろう 1949年、群馬県生まれ。共同通信社編集委員兼論説委員。村上春樹氏の文学や白川静氏の漢字学の紹介で、文芸記者として初めて日本記者クラブ賞を受賞(2013年度)。「風の歌 村上春樹の物語世界」や「村上春樹の動物誌」を全国の新聞社に配信連載。著書に『村上春樹を読みつくす』(講談社現代新書)、『空想読解 なるほど、村上春樹』(共同通信社)、『村上春樹を読む午後』(文藝春秋)。外に『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』『白川静さんに学ぶ 漢字は怖い』など。