
『テルマエ・ロマエ』が大ヒット、漫画家・ヤマザキマリの初エッセーである。17歳で単身イタリアに渡って以来、中東、ポルトガルを経て現在は夫、息子とシカゴ在住。南米や中国の秘境にも出かけていく旅バカというから、異文化経験値はかなりのもの。そんな著者の視点で、比較文化的なニッポンの面白さが紹介されている。
まず、文章がうまい。これがはじめてのエッセー?! コミックエッセーを描いてきたとはいえ、ちょっとすごい。また、これが面白いのなんのって。
古代ローマ人が現代日本の風呂にタイムトリップするというギャグ漫画を創作するくらいだ、発想もユニーク、笑いのセンスもたしか、しかもアカデミック。さくらももこが『もものかんづめ』で大ブレークしたように、エッセイストの逸材でしょ! とはいえ、お子様には、ちとむつかしいか。万人受けするものじゃないし。ちょっとニッチ。それがいいんだけど。
イタリア女の恐ろしいまでのヒステリーレベルや、ありえないほどカロリー燃焼が高いブラジル人、顔以外の全身を隠したシリア女の超セクシーすぎる下着事情etc。広いな、世界。どの国にも一長一短があるように、我が国にも良しあしあり。けっこう怪奇で、かなりイケてる。ニッポンよ、大志を抱け。そんなメッセージさえ感じる。海外興味ないし~という若者にこそ、読んでほしい。
(幻冬舎 1200円+税)=尾崎英子

自分とはかけ離れた主人公だと思いきや、共感してしまう。私は愛人の妻が産んだ赤ん坊を誘拐しない、私なら若い男のために横領をするわけがない。そう思っていると、まるで心の奥底に隠している自分を描かれているような気がしてきて、泣けてくる。角田光代のマジックだ。
冒頭はタイの風景。勤務先での1億円横領が発覚し、逃亡している41歳の梅澤梨花の姿からはじまる。もし子づくりがうまくいっていれば、夫の言葉の端々に「養われている感」を覚えなかったかもしれない。銀行のパートタイムをはじめなかったかもしれない。もし貧乏な大学生・光太と出会っていなければ……。梨花の回想と、梨花の友人や昔の恋人の視点で、平凡な主婦が犯罪者になるまでの数年間を追っていく。
お金があれば幸せというわけではない。収入の格差による主従関係。育った環境と現在の落差。そこから生まれる後ろめたさやむなしさは、誰しも理解できるだろう。そういう身に覚えのある感覚を紡ぎ続け、最終的には、共感の大波で読み手をさらってしまう。これがマジックなのだ。
タイトルの『紙の月』は、ある場面で、それを眺める梨花の空っぽな心情を表している。人生を狂わせる巨額の紙幣も、ある瞬間にただの紙の束になってしまう。本を閉じた後、カバーの絵の風景がきっと胸に迫るはずだ。
(角川春樹事務所 1500円+税)=尾崎英子

ヘンテコな純愛を集めた『変愛小説集』の翻訳家の岸本佐知子が、またセレクトした現代英米文学のアンソロジー。奇妙で、奇想天外で、読んだあとモヤモヤする、そんな短編集だ。
たとえば冒頭の『ヘベはジャリを殺す』では、ヘベがジャリのまぶたを縫い合わせている場面から、唐突にはじまる。短い物語なので多くは語れないのだけれど、つい目を開けようとするも開けられないジャリに、読んでいるこちらがゾワゾワしてしまうのだ。だって、瞬きしたいのにまぶたを縫われているのよ!? 気持ち悪いよー。
感覚に訴えかける描写が、この訳者のうまいところ。収録されている12話が、ゾワゾワ、ムズムズ、ゾゾゾッ……と、何だか居心地悪い。静かに恐怖を煽るものもあれば、シュールでユーモラスなもの、詩的で幻想的なものもある。
訳者のあとがきに、「子供のころから繰り返し見る電車の夢の感覚に近い」小説とある。どこかに行こうと電車に乗るが、全然違うところに着いてしまい、引き返そうとするのにどんどん遠ざかってしまう。編者であるとはいえ、この表現はピッタリだ。不安で、怖くて、夢かもしれないという浮遊感。
スッキリ爽快にはなれない。頭の中の開かずの間をこじ開けられるような、ちょっとスリリングな読書体験。こういうのもいい。
(角川書店 1600円+税)=尾崎英子
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