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新刊レビュー
『往復書簡 初恋と不倫』坂元裕二著 人は不条理でできている


『カルテット』『Woman』『最高の離婚』。せりふのすみずみまで妙味が行き渡り、したたり落ちてさえいるような良作を連発している脚本家・坂元裕二の最新刊だ。物語は男と女の手紙のやり取りのみで構成されており、2012年と14年に、若くて旬な俳優たち――高橋一生とか谷村美月とか――による朗読劇として日の目を見ている。

収録されているのは2本の物語だ。1本目は、中学生の男女が交わす、決して器用ではないやりとりで始まる。「お前うるさい」とか「気持ち悪い」とか、微笑ましくって頬がゆるむ。しかしその、ゆるんだすきに、別れが訪れる。子供同士の別れはあっけない。大人の都合で、ギロチンか何かみたいに、頭上からひと息に振り下ろされる。子供には、それに抗う手立ても発想も選択肢もない。時が流れて、結婚を目前とした女が、彼にもう一度手紙を書く。婚約者が運転する深夜バスの車内で、着いたら結婚をするのだと。その数時間後に、バスは、大惨事を引き起こす。

そして2本目。アフリカへボランティアに行ったまま戻らない妻を待つ男。お前はダメだダメだと夫に責められ続け、窮屈であることがこの世のデフォルトなのだと思い込みながら生きてきた女。男の妻と、女の夫が、どうやら不倫関係にあるらしいと知った2人の、牽制と蜜月と別離と再生の物語だ。

坂元作品に出てくる男女は、人生の不条理を知っている。自分にのしかかってくる外的要因だけでなく、自分自身の行動や感情でさえ、とても不条理で説明のつかないものなのだということを。カラシたっぷりのフランクフルトを食べながら、好きでもない男に結婚を持ちかける女。中学時代に別れたきりなのに、身体を張って女を守ろうと奔走する男。妻に買ってくるように頼まれたライムが、行く先々で売り切れていて疲れ果てる男。弁当に入れるには至難の業が要るおでんをあえて弁当に入れ、むしろ汁がしみたごはんこそを愛する女。

そして痛烈に刺さるのは、受け取りようによってはとても哀しい「絶望」である。今まで愛してくれた人の手を拒んできた自分は「その人の前を通り過ぎるという暴力」をふるっていたのだと男は気づく。互いの配偶者同士が不倫関係にあったと知った男女は、夫や妻が横で見ているのだと夢想しながら一線を越える。

けれど、その絶望を超越するもの。絶望を絶望とわかった上で、それでも人が生きることをやめない、やめようとしないその理由。それが、この1冊には詰め込まれているのだ。

人は、希望を求めてしまう。どんな絶望の中にあっても、彼らなりの希望を求めてしまう。その「彼らなりの」具合がそれぞれの登場人物像を豊かなものにし、それぞれのドラマを走らせる。人によっては、それを「ディテール」とか呼ぶのだろう。

人と人は、どうしようもなく異なる生き物であること。それなのに、相手をわかりたい、と強く願ってしまう夜があること。絶望、ゆえの希望。彼の作品が深く愛される理由は、きっとその多重性にある。

(リトルモア 1600円+税)=小川志津子



『あぁ、だから一人はいやなんだ。』いとうあさこ著 自分を上機嫌にする方法


最近のバラエティ番組界隈には「女芸人」というカテゴリーがある。いや昔からずっとあったのだけれど、近ごろもてはやされる「女芸人」の皆さんのあり方は、だいたいこんなふうである。ケッコンをしていない。オトコもいない。すごく高いところから飛び降りたり、身体中泥まみれになったりしながら、時には自分の決してよろしくない体型すらも晒して、全力で笑いを獲りに行く。そして最近の「女芸人」の皆さんに見受けられる、特筆すべきポイントがある。

連帯、である。

彼女たちは強い友情で結ばれている。森三中・大島が赤子を産めば、陣痛真っ最中の病室にみんなで押しかけて背中をさする。椿鬼奴の結婚話に、最後まで釈然としない顔だったのは森三中・黒沢だったか。オトコのいないアラフォー女芸人が、連れ立って飲みに行って一緒に泣いちゃったとか、互いの実家で正月を過ごしたら親御さんがこんなふうだったとか、そんなエピソードが簡単に耳に入ってくる。

そういったエピソードの立役者の一人が、「いとうあさこ」なのだろう。30歳を大幅に過ぎてから芸人として花開き、社交ダンスにバンジージャンプに大わらわだ。でも、そこに悲壮感はない。ただただまっすぐ一生懸命だから、みんないとうあさこを愛してしまう。だって、何しろこの人は、

友だちのために泣ける女芸人である。

本書には、40代半ばを迎えてもおひとり様生活を送る彼女の、きわめて素に近い日常がつづられている。タイトルに反して、ここに書かれている「いとうあさこ」は、まぎれもなく楽しげである。海外で四苦八苦したエピソード。少女時代に大好きだったミュージシャンのライブ。ふと「女子力」に思いを馳せる夜。そのいちいちから「いとうあさこ」の人柄が匂い立つ。喜怒哀楽を隠さずに、大切な仲間と心を重ねて、しんどくても笑えるポイントを、自力で探しながら全力で生きる。そこで起きたよしなしごとを、言葉をたっぷり使って読者に語りかける。この本は、「いとうあさこ」の洪水である。

それぞれのエッセイの最後には「今日の乾杯」として、その日の酒とつまみが紹介されている。飾らない一皿と「日本酒ロック」。自分を上機嫌にさせるすべを知っている女は強い。ケッコンとかヨメイリとかいう次元ではなく、いとうさんがいとうさんにぴったりの幸せを生きられたら、この世の中、悪くないなと思うのである。

(幻冬舎 1400円+税)=小川志津子



『ゼンマイ』戌井昭人著 人生のすべてはあっけない


ひと息に読んだ。いろんな人たちが鮮烈に登場し、あっさりと死んでいく。そんな死者たちの間をかいくぐりながら、豪傑に生きてきた77歳の老人が、懐かしい恋を確かめるべく、モロッコへと旅立つ物語だ。

すべり出しは、老人の述懐である。60年代、「ジプシー魔術団」と名乗るフランスのグランギニョール(見世物小屋)が来日し、日本全国で興行を行った。そのトラック運転手として雇われた、竹柴保という男。彼が物語の主人公である。

77歳になった現在の彼はエネルギッシュに、当時の記憶をあふれ返らせる。ハンドルを握ってやんちゃをしていた頃のこと。その頃出会った、あんな人やこんな人。個性的すぎる男たちそれぞれの末路。興行主にトラック運転手として雇われ、「ジプシー魔術団」の興行に同行するようになると、身体の大きさを自在に変えられる女・ハファと恋仲になった。

もちろん言葉は通じない。けれど2人は通じ合っている。旅仲間の間でも公認の仲になった2人は、いずれ別れることになるのだと知っていて、だからこそ、とびきり楽しい季節を過ごす。

今やトラック運搬会社の社長の座に成り上がった竹柴は、その温もりをずっと抱えながら生きてきた。ある日インターネットで「ジプシー魔術団」を検索した彼は、彼らのホームページに行き当たる。――ここからの、竹柴の行動力がすごい。ホームページは全文、フランス語。これを解読できる人間を探して、近くの大学の構内へ乗り込み、学生たちに「フランス語のできる先生」を尋ねてまわり、女性講師にその翻訳と、ホームページへのアクセスを任せる。すると現在その旅一座を運営している人物から、「ハファ」なる人物の最後の消息が、モロッコのタンジェという街で途絶えているとの報が届き、竹柴はタンジェ行きを心に決める。

――ここまでの展開が、それはそれはよどみない。フランス語講師の兄であるライターが語り手となって、竹柴の思い出と現在とを縦横無尽に行き来させる。しかも小道具が効いていて、竹柴はハファから、小さなゼンマイ仕掛けの箱を託されている。そのゼンマイを巻かなかった日は、必ず大災難が降り掛かってきたのだと言うのだ。

旅の始まりに、彼はその小箱をライターに託す。これがすでに「終わりの始まり」であることを、ライターもなんとなく予感している。一人の男が、激動の人生を、愛しい人への思いで閉じようとしている。けれどそこには悲観も未練もなくて、描かれるのは、むしろ幸福そうな旅路だ。明かされる事実に、驚愕するでも号泣するでもなく、ただそれを受け止め、老人は次へ行く。実にあっけない。だから愛おしいのだ。

(集英社 1300円+税)=小川志津子



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