47NEWS >  エンタメ >  小川志津子の新刊レビュー
新刊レビュー
□ ライター切り替え □

ライター紹介




『東京の夫婦』松尾スズキ著 共に生き、ひとりで看取る


マツオさんがケッコンをした。エンゲキ人とかギョーカイ人とかじゃなく、31歳の一般女性と。……何だろう、片仮名を多用してしまう。何だかちょっとふわふわとした、非現実な匂いがそこにあるからか。

マツオさんが作るエンゲキを、私はだいぶ好きである。狂気とかハイテンションとかエキセントリックとか、そういう言葉で語られがちなマツオさんのエンゲキは、けれど弱者へのエールにあふれている。どうも突き抜けきれない、突き抜けの寸前で躊躇してしまうような、どちらかと言えばショボめの人生にマツオさんは寄り添う。その登場人物がどれだけ酷い目に遭っても、マツオさんの軸足は決してブレない。

本書は、そんなマツオさんが、普通の女子とケッコンをして、普通の夫婦をやってみるに至る、グラデーションでできている。

婚姻届をどぎまぎと出す。先方の両親と面談をする。2人で暮らすための部屋へ引っ越す。2人で、よその家のちびっ子を眺める。

ごはんの食べ方にクレームがつく。老いた母に2人で会いに行く。ハワイへ新婚旅行に行き、豪華客船でクルーズしてみる。

そのひとつひとつが、マツオさんにとっては大冒険である。

その大冒険の一つ一つで、彼は自分と「普通」との距離感を知る。みんなが「普通」とするものたちに、どうも馴染めない自分がいる。やがて自分の「当たり前」を平然と押し付けてくる者への当惑と反論が顔を出す。例えば、「子どもを持つつもりのない夫婦」が食らう、大小の無神経。胸がぎゅっとなる。

マツオさんが行きたい(生きたい)道は「普通であること」ではない。ただ、「自分であること」である。自分で動き、自分で感じ、自分の言葉をつづる。自分が好きになった人と暮らし、互いの強みと弱みを補完しあいながら、持ちつ持たれつする。

ちょっときゅんと来たのは、「松尾スズキ」に関する古い資料の山を、妻が整理整頓するくだりだ。血気盛んな日々を生きる彼とその仲間たちが、血気盛んにカメラを凝視する雑誌記事とか、血気盛んに書き溜めていた手書きの台本とか、妻が知らない彼と彼周辺の人たちの情報を、一気に浴びた妻は言う。

「松尾スズキって……めちゃくちゃ前からいたんだね」

他人同士だった2人が、突然、家族になる。なんて不条理、だけど愉快だ。そして、単行本化にあたって書き足された最終章。本を閉じた後、訪れる静寂。生と死、平穏と修羅場、静寂と馬鹿笑いで、人生はできている。

(マガジンハウス 1400円+税)=小川志津子



『ゴースト』中島京子著 聞いてほしくてそばにいる


今ここにいない誰か(何か)にまつわる物語が、7編、束ねられている。

軸になっているのは、戦争である。物語に登場する、亡くなった人たちや、今はここにいない人たちの多くが、何らかの戦争によって人生を翻弄されている。遠く懐かしい「リョーユー」と再会している(らしい)おじいちゃん。ドレスを縫い、もんぺを縫い、雑巾や布団や実用品を縫い、空襲に遭い、土の中に打ち捨てられた、1台のミシン。

印象深いのは「キャンプ」と題された一篇だ。すでに何らかの戦争にやぶれ、行き場を失った日本人難民たちが、身を寄せあうキャンプでのひととき。3人の幼子と離れ離れになってしまい、後悔ばかりが主人公の胸を突き上げる。何が事実で何が妄想だかわからなくなるくらい、たくさんの思いがあふれて止まらない。

常に腹ペコな幽霊のケンタと、母親のネグレクトによる生活苦に瀕している少女との交遊録は少し明るい気分にさせてくれる。日本人である主人公が、台湾からやってきた旅行ジャーナリストに誘われて、かつて日本の植民地だった台湾の留学生たち――のちに学徒出陣で半ば強制的に徴兵される――が暮らした学生寮を訪れるエピソードは胸にずしりと来る。

それぞれの物語に共通しているのは、決して交わることのない、想いの浮遊だ。死んだ者から、生きる者への。生きる者から、死んだ者への。互いは互いを、想像することでしか結び合うことができない。きっとこんな想いでいる(いた)のだろうと、力づくで納得するしかない。

そして本書は、7本目の『ゴーストライター』で意外な着地を見せる。登場するのは現代の編集プロダクションにやってきた新人女子。夜更けに、上司に誘われて入った小料理屋で、彼女は2人の「ゴースト」に出会う。死んでいった者たちの本音を、2種類、たんまりと聞かされる。胸に迫ったのは、2人目の幽霊が口にした寂しさだ。自分たちの言葉は、もう誰にも聞いてもらうことができない。どんな人でも、自分の話を聞いてもらいたいものなのだと。

話をしよう。今、話をできる人と。いつか、できなくなる人と。私は今から、親に電話をしようと思う。

(朝日新聞出版 1400円+税)=小川志津子



アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…