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新刊レビュー
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『笑うお葬式』野沢直子著 女が世界を抱きしめる日


父への思いを回顧した、女性の書き手によるエッセイ本。向田邦子の『父の詫び状』を筆頭に、数多あるそれらの作品群の中で、本書が異彩を放っているのは、書き手が捨て身系お笑い芸人であることと、描かれる父親の人生がどこまでも痛快であることだ。

野沢直子。バラエティ番組に出まくっていた絶頂期に単身渡米し、サルの着ぐるみ姿でバンドを組み、そこで出会った男性と結婚をして家庭を持った。

本書は、私たちが知らなかった野沢直子の人生と、野沢直子が知らなかった父親の人生で編み上げられている。

少女時代。父が仕掛ける事業の成否で、一家の暮らしは急上昇と急降下を繰り返す。そしてそのいずれにあっても、母は一切の文句なく、父を信じきっている。やがて父が、唐突に姿を消す。そして唐突に帰ってくる。父がよそに家庭を持っていることが知れる。思春期の娘は、それでも明るい母の心がわからない。いつしか娘は成長し、すっとんきょうな爆裂キャラで人気タレントになる。母が急死し、韓国人の異母弟とその母親が現れ、やがて父との別れが訪れる。遺品を整理するうちに、彼女たちはタイにも、異母妹がいることを知る。

まず本書を貫いているのは、書き手の共感力である。自分には理解できない事態を、見ないふりも、なかったことにもせずに、まるごと食らって受け止める。あの時の、父の気持ち。それを受けての、母の気持ち。さらには、あの日の自分の気持ち。野沢直子は娘として、あるいは母親として、自分の心を丸出しにして、父や母を、愛する人たちを理解しにかかる。その、巨大な存在へのかじりつきっぷりが極めて誠実で、胸がぎゅっとなる。

タイに義妹がいるとわかった時、彼女は「会いに行く」という選択をする。そこにも彼女の、凛とした決意があるのだ。

自分は、父親を受け止める。父親が愛した人たちを受け止め、抱きしめる。もっと言うなら、彼女は世界を受け止め、抱きしめている。何が起こるか、何が秘められているかなんてまるでわからないこの世界を、まるごと。

だから読み手も、彼女を抱きしめたくなるのだ。それから、自分の親たちのことも。見えないところで、それはもう世界中で、この本はこれから先、幸福な抱擁をいくつも促していくのだろう。

(文藝春秋 1250円+税)=小川志津子



『森へ行きましょう』川上弘美著 人生は分岐点でできている


この本をいったい、どう説明したらいいのか。描かれるのは主に、2人の女性の半生である。名を、「るつ」という。1人は漢字で「留津」であり、もう1人は片仮名で「ルツ」である。物語のすべり出しは、2人ともまるで同じだ。「雪子」という名の母親が、秋の盛りに、ワンピースの上から自分のお腹をなでている。このあと「留津」はかなりの難産で、「ルツ」は安産の末に生まれ出てくる。

ここから「留津」と「ルツ」の折々の景色が、60歳になるまで同時進行、代わりばんこに語られていくのだ。

出発点は、まるで同じ2人。けれど2人の人生はだんだん、というかどんどん離れていく。片方が身を浸している悩みとは、無関係な場所でもう片方は生きている。

思春期がやってくる。わけもわからないまま恋愛もやってくる。若い恋に破れた「留津」が別の男との結婚を決める頃、「ルツ」は独り身の自由を手放す者の気が知れずにいる。「留津」が厄介な夫や姑との距離感を心得る頃、「ルツ」は家族のいる男にベタ惚れである。

私たちがそうであるのと同じように、彼女たちの脳裏にも「もし自分の人生が今のようではなかったら」的な妄想がよぎる。その瞬間、彼女たちの人生がかすかに交差する。2人を取り巻く人たちも、同じ名前で、それぞれの法則とタイミングで彼女たちと出会い、何らかの関係を結んでは去っていく。

この人生を、誰と生きるか。人生は、その一点において大きく変わる。結婚相手、友人や同僚、親やきょうだい。彼らのために(おかげで)大切なものを手放したり、しがみついていたものがどうでもよくなったり。人の人生は線ではなく、分岐点という名の点が連なってできている。こっちを選ばなきゃよかった、などと悔いる隙はない。次の瞬間から、訪れた現実と、うまくやっていくしかない。

そう、この本が教えてくれるのは、なんだかんだ言っても人は「うまくやっていく」ものなのだということだ。理解し合えるなんて1ミリも思えなかった夫や姑と「距離を取る」ことを「留津」は学び、「ルツ」は50歳を目前にしてあんなに理解できなかった結婚を選ぶ。かといって彼女たちを待ち受けているのは「めでたしめでたし」では決してなく、ちらり、とニガい毒が潜んでいる、けれど彼女たちはそれを知る由もない。

重ねてきた点描のひとつひとつを思い返すことは、大人にとっては困難だ。以前こうだったのだから次はこうしよう、的な対処療法だって必ずしもうまくはいかない。それでも人は、自分の人生と、うまくやっていく。大丈夫。大いに迷走しよう。道標なんてない、鬱蒼とした森の中を。

(日本経済新聞出版社 1700円+税)=小川志津子



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