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新刊レビュー
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ライター紹介




『彼の娘』飴屋法水著 「彼」と「彼女」で世界はできてる


奇妙な本である。描かれているエピソードからすると、語り手は書き手本人である。語られるエピソードに合致するスナップ写真もたくさん載っている。しかし書き手は、語り手を「彼」と称するのだ。

「彼」に、娘が生まれる。娘は「彼女」と称される。「彼女」は育ち、言葉を覚え、物事を理解するようになる。父親と2人で、他愛のないおしゃべりを交わす。

娘の祖父の死が描かれる。父娘の会話と、死にまつわる光景の描写が、かわりばんこに訪れる。注意すべきなのは、その亡くなった男のことも、文中では「彼」と称される点である。もっと言うと、この本に出てくる男たちはみんな「彼」と称される。昔の自分や今の自分さえも、書き手にとっては「僕」ではない。破水した妻に寄り添いタクシーに乗り込む自分(とおぼしき誰か)、仕事で使うパソコンを自転車で運びながら缶コーヒーを買う自分(とおぼしき誰か)。書き手が我が事のように描写する男たち全員が、区別なく「彼」とだけ称され、同じ時空間を行き交う。「彼と彼がここですれ違っていることを彼と彼は知らない」的な事態になる。

……ぞくぞくする。

読み進むにつれ、「彼」はどんどん増殖していく。南米の空を横切る「オオギワシ」なる鳥のことさえ書き手は「彼」と呼ぶ。北極に住むシマフクロウは「彼女」だ。この世界を見つめる眼差しが、「彼」と「彼女」の数だけ増えていく。

だんだん、語り手が誰で、誰と誰が主人公で、みたいなことはどうでもよくなってくる。

たくさんの「彼」や「彼女」によって世界が切り取られ、「彼」や「彼女」の記憶となって噴出し、それらについて父と娘が、のんびりと禅問答する。とりとめとか脈絡とか、そういったものとは無縁の展開でありながら、けれど何だろう、全編通して、何らかの旋律を感じるのだ。

「命」というものの始まりと終わり、そしてその間に横たわる、何でもない日常についての旋律。

「最終話」とされる最後の章で、ある人物が「私」という一人称で語りだす。そして、ある人生の幕切れが語られる。その後に残ったもの。それが、世界だ。

(文藝春秋 2400円+税)=小川志津子



『さらさら流る』柚木麻子著 自分であることを自分に許す日


とある深夜の散歩から物語は始まる。カップルになりかけている大学生。飲み会の後、男が女に、「今ここを流れている川をたどれば、君の家までつながっているはずだから歩いて帰らないか」と持ちかける。明け方までかけて歩きまわりながら女は、男の複雑な家庭事情を聞かされる。自分の愉快な家族たちを男に会わせたいと思う。明け方、家に着いた2人を、女の家族はごく普通に受け入れ、男はちょくちょくその家を訪れるようになる。彼にとって、女とその一家の明るさはまぶしく、同時に妬ましいものだった。

次に描かれるのは、男と別れて何年か経ち、すっかり大人になった彼女の悲劇だ。ネットサーフィンで行き着いてしまった、いかがわしいサイトに、かつての自分の写真があった。あの頃、男にねだられて撮った、裸の自分の写真が。

不信、悪意、見下し、妬み。あらゆる負の渦が彼女を飲み込む。撮ってすぐに消させたはずの画像だ。それがなぜか人目にさらされて、見ず知らずの男たちによって、あらゆる「品評」がコメントされている。なぜこんなことになったのか。どうすればこんなことが起きずに済んだのか。悪いのは自分なのではないか。そんな写真を男に撮らせた自分。男の前で、男には味わえなかった、屈託のない幸せをまき散らかしていた自分。屈託のない幸せに、罪悪感さえ抱く主人公。親友も家族も屈託なく、味方になって結束してくれるから複雑だ。一方で、同僚からは心無い言葉を受けて、傷つきながらも彼女は、いつもの生活を遂行する。注意深く、的確に。

一度歩みを止めてしまったら、二度と立ち上がれないから。

男の方の物語も語られる。画像を完全に消すことなく、メモリーカードに保存し続けていたことは認めるが、それが流出した経緯についてはまるで身に覚えがない。彼もまた、彼女に対して抱いていた感情をさかのぼる。自分が味わってきたような、家族から拒絶される哀しみを、知りもしないで幸せを謳歌していた女への複雑な気持ちを。

事件の全容は、わりとあっさり明かされる。しかしこの本の軸足は、そこにはない。自分の身体を、尊厳を、見ず知らずの誰かに踏みにじられ、蔑まれた女性が、いかに自分を取り戻すか。いかに、自分に、幸せになることを許すか。その道のりを、丁寧に、丹念に、一歩ずつ積み重ねたような一冊だ。

愛してくれる誰かと一緒に、自分を誰にも明け渡さず、すみずみまで陰りのない幸せを生きていくということ。どこで生きるどんな人にもそれは可能で、今日からだって始められる。すべては、自らの決心。それひとつなのである。

(双葉社 1400円+税)=小川志津子



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