新刊レビュー
『ジニのパズル』崔実(チェシル)著 朝鮮学校で革命を夢見た少女

新しい小説という表現は新しくもなんともないのでできるだけ使いたくないが、この小説を新しいと言わずしてなんと形容したらいいだろうという気分だ。

ジニはオレゴン州の高校に通う女の子。学校で問題を起こして退学の危機に瀕しているが、彼女の態度はそれでも別に構わないという投げやりなもの。日本の小学校を卒業し中学から朝鮮学校に通っていた彼女が、今オレゴンの高校に通っているのも、朝鮮学校で或る事件を起こしたからであり、彼女はその5年前の出来事と未だ折り合いが付けられていない。心を許しつつあるホストファミリーのステファニーに、一体何があったの? と問われたジニは、家出先のモーテルであの頃のことをノートに綴ってみる。

自分だけ朝鮮語がしゃべれない教室での孤独な時間。黒板の上に掲げられた金日成・正日父子の肖像画への違和感。北朝鮮に渡ったまま帰らぬ人となった祖父からの手紙。テポドンが発射された翌日、チマチョゴリを来て池袋を歩いた時の恐怖。そしてたった独りで企てた「革命」とそれによって傷つけてしまった大切な人々。

本書はこのスケッチのように描かれた記憶の断片を後に加筆して並べ直したような体裁を取っているので、以上のようなことが「あらすじ」ということになる。このあらすじだけでも相当な新しさを感じて頂けるだろうし、文章表現の瑞々しさやジニという女の子の魅力にも物語に相応しい新しさがある。さらに言うならば、これが多くの日本人にとって青春小説として楽しめるものである(痛々しさも含めて)というのも新しく、好ましいことだ。

日本中の、いや世界中の至るところに、目の前の現実を受け入れられない人々がいる。孤独なジニの小さな革命の物語は、そんな人たちへ向けた応援歌になる。そういう小説はこれまで沢山あったのだとしても、今、この時代にこの国で生まれたばかりという新しさは、やっぱりかけがえのないことだと思う。

(講談社 1300円+税)=日野淳

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『わたしの容れもの』角田光代著 変わる身体はおもしろい

タイトルの『わたしの容れもの』とは身体のことを指している。人気小説家が自らの身体や外見にまつわる様々なことについて綴ったエッセイ。

小説のためにストイックな生活を送っていそうな著者だが、本書によるとその毎日は結構というかかなりおおらかな態度で営まれているよう。朝9時から夕方5時までを執筆時間として明確に定めているところはそれっぽいと言えるが、食べること、呑むことについては身体が許す限り自由。肉好きでほぼ毎日酔っ払うまで酒を呑むという。アンチ・アンチエイジング派なのでスキンケアに凝ることはない。そもそも自分の容姿には興味を失っている。人間ドックは好きで毎年欠かさず受けているけれど、その結果はコミュニケーションツールでもあると考えている。

とはいえやはり加齢とともに訪れる変化は認めざるを得なくて、肉なら霜降りより赤身を好むようになり、呑み過ぎた翌朝はしっかりと二日酔いに苦しむようにもなった。手の甲の皺の多さにギョッとし、思いも寄らない転倒で大怪我し、遠からずやってくるであろう更年期障害を怖れてもいる。でも著者はそれらに対して何らかの対策を立てているのかというと、特別なことは何もしていない。強いて言うのであれば、自分の身体に起こる変化のあれこれをおもしろいことだと捉えているのだ。

<変わる、というのは、その前にはなんだか不安に思うけれど、実際はちょっとおもしろいことなのだと思う。(中略)しかも変化しているのは、自分自身。変化したことで、新しい自分になったように感じるのである。新しい自分が、古い自分より「できない」ことが増えたとしても、やっぱり新しいことは受け入れればおもしろい>

もちろん深刻な病気なったらおもしろがってはいられない。早くに亡くなってしまった親族のことを思うと、恐ろしくもある。とはいえ生きていくということは<変化に愕然としたり気づかなかったりして、容れ物とともに前へ前へと進んでいくしかない>のであり、究極的に言えばなるようにしかならないのだと考えている。

達観でも諦観でもない、とても自然な身体との距離感だ。具体的に何をすればいいと教えてくれる本ではないけれど、ままならない身体の中でザワつく心を落ち着かせてくれる効能がすごくある。

(幻冬舎 1300円+税)=日野淳

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『小説王』早見和真著 出版不況にケンカを売るアツイ小説

「アツイ!」という言葉をあまり聞かなくなったような気がするが、久々に純粋な賛辞として「アツイ!」と連呼したい小説に出会った。アツイ! 激しくアツイ!

タイトルだけでピンと来る方も多いだろう。本作は土田世紀の名作漫画『編集王』へのオマージュ。装丁や章扉にも漫画のカットが用いられているのだからその意図は明らかすぎるほどで、つまりは小説版『編集王』なのである。ここで漫画界から小説界に舞台を移したことと同時にポイントとなるのは、『編集王』刊行から20年ほど経った現在の物語だということ。周知の通りこの20年間、出版を巡る状況は悪化の一途を辿ってきた。特に小説にとっては冬の時代が常態化して久しく、一握りの人気作家のものやほんの一部の話題作を除けば、「売れなくて当たり前」とでも言うべき惨状が続いている。

それでも小説に関わるすべての人が絶望し切っているわけではなく、本書の登場人物たちもまた、小説にこそできることがあるという矜持を胸に、逆境の中それぞれの仕事に向かっている。

大手出版・神楽社に勤める俊太郎は念願かなって文芸書編集部に配属された。まだ30代の前半。いくら小説は売れないと聞かされても、小説で世界を変えてみせるという野望は捨てていない。しかも俊太郎には絶対に編集しなければいけない本がある。小学校の同級生であり、自分が編集者を志すきっかけとなった小説家・豊隆の新作。若くしてデビューしたもののその後低迷を続けている彼の勝負作を世に問わなくてはならない。

意気込む俊太郎に対して、豊隆の態度はなかなか煮え切らない。このままでは小説家を続けられないという危機感はあるものの、どうすれば今までより面白い小説を書けるのかが分からない。足踏みを続ける豊隆に俊太郎は切り札となるテーマを突きつける。「父親殺し」。豊隆の人生に暗い影を落としている父親との確執について今こそ書くべきだと詰め寄るのだ。

覚悟と努力さえあれば、面白い小説、すごい小説が出来上がるわけではない。しかしそれなくしては誰かを感動させるものなど出来ないこともまた事実。どこかにこの1冊を求めている人がいると信じて、作家と編集者は人生を賭けた大勝負に挑む。

仮にすべての小説が本書のように「アツイ!」としても、小説はずっと冬の時代だろうか。

(小学館 1600円+税)=日野淳

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