新刊レビュー
『藍の雨 蒐集者たち』浅野里沙子著 美意識が張り巡らされた美術品のようなミステリー

美しいとは素晴らしいことだ。柄にもなくそう思った。

こんなふうに徹頭徹尾、高い美意識に貫かれたミステリー小説は、今の世には珍しい。共感型の主人公による日常のささいな謎系の物語に食傷気味の方に是非ともおすすめしたい。

本作のヒロインで探偵役となる冬鹿は32歳の美女。どれくらいの美女かというと、かつてミス・ユニバースで優勝したというほど!

類い稀なる審美眼を持った骨董商の父から本物の美を教え込まれてきた冬鹿は、海外でジュエリーデザイナーとして活躍、ハイブランドの作品を多く手がけていた。しかし父が何者かに殺害されるという事件を機に帰国。今は麻布の実家に秘書と二人で暮らしながら、細々とジュエリーデザイン、そして父から引き継いだ骨董の仕事を営んでいる。

簡単なプロフィールを紹介しただけで、本作がいかに特異な立ち位置にあるかをご理解頂けると思う。主人公をミス・ユニバースで優勝した女性と設定した時点で、世にいう「馬鹿ミス」とか「ユーモアミステリー」でもない限り、あらゆる道具立てにもそれに見合うだけの美しさが求められる。他の登場人物たちの造形、彼らの生活スタイル、主人公が訪れる空間、そしてもちろん謎の中心となる美術品の数々。さらに言えば、それらを描写する文体にも相応の美意識が張り巡らされていなくては釣り合いが取れない。

しかし、そんなハードルなどあたかも存在しないが如く、淡々と無駄のない筆さばきで小説世界を染め上げていく著者の腕前は圧巻。

ある日、知人の法要に出席するため京都を訪れた冬鹿は、そこで古い器の鑑定を引き受けることに。依頼人から差し出された深鉢は17世紀に作られた柿右衛門。一目見て冬鹿は気が付く。これは父が所有していたもの。殺された時、現場となった別荘から盗み出されたものだ。

現在の持ち主は依頼人とは別で、その人間は行く行くは「返す気持ちがある」と言っているという。しかし翌日、冬鹿は警察から突然の呼び出しを受ける。依頼人が何者かに襲われ山中で意識不明の状態で発見されたというのだ。父の死と盗まれた骨董品の行方、二つの謎を追っていた冬鹿のもとに新たな謎が立ちはだかることに。

美に魅せられた者たちでも、欲に溺れ、情念に呑み込まれてしまうことがある。彼らと対峙し、嘘を暴いていく冬鹿の人格の毅然とした美しさもまた、本作の大きな読みどころだ。

読者をうっとりとさせながらも、このようにしか有り得なかったという厳格さをも感じさせる、まるで美術品のようなミステリー小説。

(ポプラ社 1600円+税)=日野淳

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『西一番街ブラックバイト 池袋ウエストゲートパーク☆(ローマ数字10)☆(ローマ数字2)』石田衣良著 日本の「今」はやっぱり池袋にあった

シリーズ誕生から19年! 12作目となる最新刊が発売された。

個人的な話になるが、この『池袋ウエストゲートパーク』は私が唯一追いかけ続けているシリーズ物だ。新作を心待ちにしているシリーズはこれ以外にはない。

そもそも時代小説以外で、つまりは現代を舞台にした小説で、これほど巻を重ねているものはほとんどないように思う。言うまでもなく舞台が現代というものは日々たくさん刊行されているし、中にはあわよくばシリーズ化をと目論んでいるものも少なくないはずだ。でもそうは上手くいかない。版元側の事情に立てば売れなければ続ける意味がないとなるし、著者側の思いを想像すればそんなに書くネタはないとなるのだろう。

しかしこの『池袋ウエストゲートパーク』は違う。累計450万部突破と帯に謳われているし、池袋に事件がある限り、トラブルシューター(本業は果物屋の店番)である主人公マコトの仕事はなくならない。そして日本という国が問題を抱えている限り、その縮図たる池袋では誰かが泣き、傷つき、最悪の場合は命を落としているのだ。ということで『池袋ウエストゲートパーク』は今という時間を吸い込むようにして少しずつ形を変えながらも、瑞々しさを失うことなく生き続けている。

こんなふうに書くと、さも分析しようとしているみたいだけれど、なぜ著者に、著者だけに、こんなことができるのかはうまく言葉にできない。仮に小説のネタとしてお誂え向きのトピックを見つけたとして、それを舞台の中に放り込み、ミステリアスに味付けして、鮮やかに解決してみせただけでは、新聞や雑誌の記事以上に読む価値のある小説なんてできはしない。そこに小説としての「息吹」を感じさせる何かがないと、それはもはや小説である必要すらないのだ。

さてリオオリンピックに沸く2016年8月に刊行された本作で扱われている池袋のトラブルは以下の4つ。廃校になった小学校をリノベーションしたアートギャラリーで起こった美術品破損事件、アフィリエイトで荒稼ぎするユーチューバーへの脅迫、池袋女子たちを食い物にする美容整形の悪徳商法、ブラック企業でバイトする若者たちの自殺。いずれのトピックにも今っぽさがあるわけだが、前述した通り今っぽいから面白い小説になるのではない。

美容整形の一件を片付けた後、マコトは女性の美醜問題と池袋の夏空を重ね合わせてこう語る。

「きれいでも、きれいでなくても、変化のなかに美しさはある。/生きものって、だいたいがそういうもんだよな」

こういう台詞を池袋のストリートで生きるお兄ちゃんにサラリと言わせてしまうところに、このシリーズの肝みたいなものがあるのだと思う。

(文藝春秋 1500円+税)=日野淳

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『ミライの授業』瀧本哲史著 賛成する人がほとんどいない真実を見つけよう

ベストセラーとなった『僕は君たちに武器を配りたい』などで、新しい時代の生き方を鮮やかに提示し続けている著者の最新刊。

タイトルが示す通り授業形式にまとめられた本書は、<14歳のきみたちへ>向けられてはいるが、遠い昔14歳だった人にとっても有益で刺激的な内容だ。

授業はこんな言葉で始まる。

<残念ながら大人たちは、自分が夢見た21世紀を、実現できなかったのだ>

<大人>側の一人としては苦い思いも込み上げてくる。戦争や災害のことを持ち出すまでもなく、身の回りをちょっと見渡しただけで、こんな生活は<夢見た21世紀>とは違うと認めざるを得ない。しかしそこで諦念や絶望に浸ることが許されるのは過去に生きる人だけであり、少しでも明るい世紀を生きたいと思うのであれば、14歳であろうとなかろうと、自らにできることを探していかなければならない。冒頭からまんまと啓発されたわけだが、そんなふうに思わせられる語りの強さがある。

著者曰く、<この先10年~20年のあいだに、働く人の約半分がロボットに仕事を奪われかねない>のであり、<世界全体を巻き込んだ「安い人が選ばれる時代」>が本格的にやってくる。しかし一方ではこのようにも語る。<未来には、ひとつだけいいところがある。/それは、「未来は、つくることができる」>。

そう、本書は未来のつくり方について書かれているのだ。そしてそれは過去・歴史から学ぶことができるとして、古今東西の偉人たちの業績と生き方を紹介、そこから21世紀にも転用できる具体的なノウハウを抽出していく。

ニュートンにコペルニクス、コロンブスにナイチンゲール、そして伊能忠敬など伝記の世界ではお馴染みの人たちから、ビル・ゲイツ、J.K.ローリング、大村智ら現代の有名人までバラエティーに富んだ人選。一見すると共通項などなさそうな彼らを貫いているのは<賛成する人がほとんどいない真実>を見つけ出し、それを自らの力で証明したということ。

さて、私は<賛成する人がほとんどいない真実>を探すことから始めなくてはいけない。本書によるとその入り口は<違和感>にあるというので、まずは<違和感>を知覚するアンテナの錆を落とさなくてはならない。ちょっと面倒ではあるけれど、未来のためだ。

(講談社 1500円+税)=日野淳

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