新刊レビュー
『花火の音だけ聞きながら』いがらしみきお著 差し出される無防備な事実

ずっと気になる漫画家だった。不条理なギャグ・ユーモア漫画から近作『I(アイ)』では神と私の意味を問い、『誰でもないところからの眺め』では震災後の東北で生きる人々の深奥に生じる異変を描いた。

哲学的、不条理、狂気といった言葉で形容される作品を満たす不穏な気配が、このエッセー集にも漂う。日々の身辺の出来事を飾り気なく記す合間に、原石のように無防備な事実がすっと差し出される。

「この世界は圧倒的に他人だらけです。『自分』は、私たったひとりしかいない。私が生まれる前も、死んだあとも、どこにも『自分』はいないのです。(略)そして、有史以来、どれほどの他人が生まれ、死んでいったことか。それらすべてが『自分』と同じように、人生というものに翻弄され、(略)この世界とはなんなのかも知らずに死んで行ったのでしょう」

こんな思索の断片も。

世界は言葉でできている。人間は言葉によって物事を伝えようとする。だが「愛している」と言いながら、その時の気持ちが「愛している」という感情なのかどうかさえ確信が持てない。人間は正しく言葉を使えない。それがこの世のあらゆる問題の原因ではないか――。

書名は「花火の音だけ聞きながら、人の中に入って行けない」という自己認識から来ている。幼い頃から難聴だった著者にはどんな音に聞こえていただろう。あるいは音もなく、夜空に咲く火の花を一人見ていたのではなかったか。そんなことを勝手に想像した。

(双葉社 1200円+税)=片岡義博



『僕たちのインターネット史』ばるぼら、さやわか著 最新メディアに寄せてきた思い

私たちが日々使っているインターネットは過去どのように考えられ、語られてきたのか。文明を転換する革命的技術、現実から独立した自由な空間、強力なビジネスツール。時代ごとに社会がこの新興メディアに寄せた思いを対談形式で検証した。

インターネット前史に当たる1980年代、コンピュータ文化はサイバーパンクSFなどのサブカルチャーとして受容され、パソコン通信は趣味と実用に向けた道具だった。90年代にはオタク文化と結びつき、アングラ的な対抗文化に。やがて「2ちゃんねる」が登場し、サイトの中身よりもコミュニケーションの手段としての側面を強めていく。

2000年代に入ると、ITバブルを背景に急速に商業化。さらに3・11を境に政治色を帯び、「ネット右翼」が台頭する。現在は「とにかくアクセス数を稼いだほうが勝ち」という価値観のもと、極端なポピュリズムや炎上をあおっている。ネットに託した夢は霧消し、「現実について語るインフラに過ぎなくなった」というのが著者たちの現状認識だ。

「キャプテンシステム」や「サイバッチ」といった「そう言えばあったなぁ」というなつかしい言葉が頻出する。登場する人物や著作、専門用語の多くはわからないが、充実した脚注がサポートしてくれる。

今や水道や道路のように当たり前のインフラとなりつつあるインターネット。ハードやソフトの変遷は記録に残るが、社会の中での役割や位置づけは忘れ去られる。その意味で貴重な仕事だ。

(亜紀書房 1600円+税)=片岡義博



『翼竜のたまご』坂上直哉著 企業とのコラボで生まれたステンレスアート

ステンレスの魅力に取り憑かれたアーティストの軌跡を豊富なカラー写真とともにたどる。ステンレスと聞くと、私たちは銀色の無機質な金属塊をイメージする。しかしページをめくるたびに、そんな先入観は微塵に粉砕されることになる。

たとえば色とりどりのステンレス。表面を覆う酸化被膜が光の干渉現象によってさまざまな色と質感を表出する。それを絵の具のように使って豊かな表情を引き出す。

目を見張ったのは「透明なステンレス」だ。精密機器向けに開発された極薄の金属箔に無数の孔を開け、布かビニールのような軽やかな造形を生み出す。あるいは和紙・漆・木といった自然素材と一体化させ、ステンレスの持つ人工的、都市的イメージを軽々と覆す。

作品は屋内外のオブジェやモニュメントにとどまらず、天井画や壁画、エレベーター扉といった建築の内装材、あるいは換気塔という建造物そのものに及ぶ。

こうした作品をつくるには、先端技術を備えた工場が必要だ。著者は東京芸大を卒業後、「ステンレスで絵を描きたい」と鉄鋼メーカーの門をたたいて回った。以来40数年間、日新製鋼という企業を拠点に新たな技術と造形を追求してきた。すなわち本書は一アーティストが企業とタッグを組んで新たな表現を切り開いてきた試行錯誤の記録でもある。

「『思わなかったこと』ができた試しはない」という著者の言葉が印象的だ。思うことこそ力である、と。端正な文章から著者の「思う力」が伝わる。

(日経BP社 2300円+税)=片岡義博



アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…