新刊レビュー
『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』高野秀行著 日本は納豆後進国だった!?

世界の辺境を旅し、ルポルタージュを発表する「辺境作家」として知られる著者。今回はなんと納豆を巡る旅に出る。

納豆は日本のソウルフードと思っている人は私も含めて多いに違いない。著者もかつてはそうだった。しかしアジアを旅する途中で出会ったのはどう見ても納豆としか呼べない食べ物。しかも彼らは我々日本人よりもはるかに様々な製法による納豆を様々な調理法で食しているのであった。

ほとんどの日本人はスーパーで売っているパック入り納豆を朝食時の副菜として食べるのが主で、創作料理に使うといってもせいぜい納豆オムレツや納豆チャーハンくらいのものだが、とある国では各家庭で日常的に納豆を手作りしている地域もある上、納豆汁や納豆煎餅、野菜の納豆炒め、肉の納豆煮などなど、あらゆる料理に必須の調味料のごとく納豆を使っている人たちもいるのだ。

それなのになぜ日本人は納豆をソウルフードだと思い込んでいるのか? そもそも納豆とはなんなのか? どのようにして作られるのか? 謎多き食べ物・納豆のために著者はミャンマー、タイ、ネパール、中国などを旅する。

興味深いのはそれらの国の全ての地域で納豆が食べられているのではなく、どちらかというと辺境と言えるエリアの食文化であることだ。歴史的には侵略された側、地理的には山側、経済的には貧しい側の食べ物。肉や魚などが口に入ることが稀だった人々にとっての重要なタンパク源であったと考えれば納得しやすいことだが、「我々は納豆を食べている!」と大声では言えなかった(特に言いたくもなかった)ことが、納豆をさらに謎多き食べ物にしてしまった所以でもあるそうだ。

納豆のことを知ったからと言ってなんになるのか?というのはきっと愚問だ。アジアの各地にあのネバネバをズルズルとすすっている人々がいる。我らの納豆こそ一番美味いと思いながら。そのこと自体がすでに可笑しい。そしてミャンマーの山奥の小さな村には朝から納豆をつまみに濁酒を呑んでいるという老婆がいるなんて知ると、やっぱり世界はぜんぜん狭くなんてなってないなあとも思う。

(新潮社 1800円+税)=日野淳

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『わたしらしく働く!』服部みれい著 清々しさとともに、「わたしらしさ」に目覚める!

なんなんだろう、この清々しさは! 体中がポジティブなエネルギーに満ちているような感じ!

著者の「わたしらしさ」と響き合うことで、私自身の「わたしらしさ」がついに目を覚ましたのかもしれない。

本書は編集者奮闘記である。小さな雑誌の編集部で仕事の楽しさを知った著者は、行きがかり上フリーランスになり、やがて一つの雑誌を任される立場に。紆余曲折の末に自らの雑誌と出版社を立ち上げ、3.11後は故郷である岐阜に会社ごと移住。駆け足で説明するとそんなライフヒストリーだ。

もちろん大小様々な失敗を経験した。でも時々で不思議なほど必要な助けを授けてくれる人に出会った。エコなどの新しい思想にも触れて、「わたしらしさ」をつかみ取った後は、自分にしか作れない雑誌のために奔走。そして今もなお、公私ともにさらに純粋な「わたしらしさ」に向かっている。

<この世界は「わたしが、わたしを、わたしする」しかない世界>なのだと著者はきっぱりと語る。<何をどうするにしたって、どうあがいたって、(中略)わたしというエネルギーを放出して、わたしという「行為」を発露するしかない>とも続ける。

未だ読後の興奮状態にある私は、自分自身にこう言い聞かせている。ほとんど本に書かれていることそのままなのだけれど、もうずっと前から気が付いていたような気もするから不思議だ。

もっともっと私であることに集中しよう。私の中にしか私はないという事実から目を離さずに、肚を括って、でもあくまで自然に。私でありさえすればすべては上手くいく。人間は、世の中はそういうふうにできているのだから。

以上、暑苦しい紹介になっていると自覚しつつも、是非とも素直な気持ちで手に取って頂きたい一冊だとお薦めする。

(マガジンハウス 1400円+税)=日野淳

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『何度でもオールライトと歌え』後藤正文著 人気ミュージシャンによる生活と思想の書

ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のゴッチこと後藤正文のエッセイ集。という紹介から入ることが、とても歯痒い。でもそれが事実である以上、まずはそう書いた方がいいと思うのだけれど。

歯痒さの原因は、本書が人気ミュージシャンが「余技」として書きましたというもののレベルを様々な意味で超えているからだ。語りの巧みさ、思考の深さと展開の鮮やかさ、そして発信することへの覚悟など、並みの文筆家の比ではないとさえ思う。

3.11以降、変わろうとする日本に、そして依然として変われない日本に、著者は悩み、憤り、行動してきた。自ら新聞を発行して様々な人に取材し、時にはデモに参加し、もちろんミュージシャンであるから曲を作り、歌う。一方で一人の生活者として老人の多い街をブラブラ歩き、うどん屋の行列に大人しくおさまり、居酒屋の片隅で酎ハイをあおったりもする。

表現と生活の境界は曖昧だし、政治と生活の間にもはっきりした線など存在しないと著者は語る。この国に住まう以上、人と人が複雑に関係し合うことで成立している場から逃げ出すことはできない。だからもう腹を決めて、みんな自分の役割を自覚し、責任をまっとうしようではないか、と著者は暗に呼びかけているようだ。

本書のタイトルにもあるけれど、著者の役割はラブソングを生み出すことを通して、世の中に向けて「オールライト(大丈夫)」と語りかけることになるのだと思う。歌以外の活動では、何が「オールライト」なのか、なぜ「オールライト」なのかも具体的に提示していくというのが、著者独自の責任の形なのだろう。

翻って私自身の役割と責任を思わざるを得ない。もっと何かをすべきだ、したいという気持ちにさせられる。

日記をもとにしたエッセイ集ではあるが、とても“今”な感じがする、生活と思想の本。

(ミシマ社 1500円+税)=日野淳

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