新刊レビュー
『字が汚い!』新保信長著 悪筆を克服できるか

字のうまいヘタは時に死活問題となる。礼状の字が乱暴だと謝意を疑いたくなるし、丸文字で書かれた謝罪文はふざけているように見える。子どものころから「字が汚い」と言われてきた著者は一念発起、悪筆の克服に挑んだ。本書はその試行錯誤の記録だ。

まずは悪筆仲間に取材。暴走族時代にかわいらしい字をからかわれたり、大人っぽい字はダサいとわざとカワイイ字に変えてみたりと、字をめぐる鬱屈はそれぞれに深い。

そもそも字の巧拙に悩むのは「字は人を表す」という根強い“信仰”があるからだ。その真偽を検証すべく、著者は作家や政治家、スポーツ選手の手書き文字を比較検討する。が、これといった収穫はない。

後は実践あるのみと「ペン字練習帳」を次々買い込んで、「あああああ、いいいいい」と日々修練。書きやすいペンを探し、ペン字教室にも半年通う。「まっすぐな線を引くこと」「メリハリをつけること」……それなりにコツを学んだ。

だが著者は気づく。自分はペン習字の手本のような字が書きたいのではない。ただ「いい感じの大人っぽい字」を書きたいのだ、と。そこで街に繰り出して「いい感じ」の看板やビラの字を収集する。

折々の著者の手書き文字が掲載されている。確実に上達している。だが一方で独自の味わい(表紙参照)が失われたようにも思える。ここには巧拙を超えた字の深淵がある。

字がヘタだと悩む人に一読をおすすめする。うまくはならないが、気持ちが楽になる。

(文藝春秋 1300円+税)=片岡義博



『日本ノンフィクション史』武田徹著 物語るジャーナリズム生成の軌跡

今や自明の存在である「ノンフィクション」というジャンル。その歴史は意外と浅いことに驚いた。日本におけるノンフィクション生成の軌跡を精緻な分析とソリッドな文体でつづっている。

戦争や革命の現場で起きた出来事を物語る報道レポートが「ルポルタージュ」と呼ばれ、日本では石川達三や林芙美子らによる中国戦線の従軍報告がその嚆矢となった。戦後は革新勢力による社会派ルポルタージュから、大衆の関心に訴える週刊誌ジャーナリズムへ。『世界ノンフィクション全集』が編まれた1960年代にノンフィクションという概念が成立し、70年代に沢木耕太郎の登場によってジャンルとして確立する。

それは経済成長や科学技術によって人々の生き方や価値観が多様化し、人間の想像力を超える現実が生起する時代と重なる。事実をもって社会の実相を語らしめる表現形式は時代の要請であり、それに応えたのが「物語るジャーナリズム」とも呼べるノンフィクションだった。

さて、沢木や田中康夫、宮台真司、古市憲寿といった同時代の書き手が登場する70年代以降よりも、大宅壮一、梶山季之、草柳大蔵らが活躍する本書前半のほうが圧倒的に面白い。

おそらくそれは過去の人物の業績は事実と評価が定まっているぶん、より物語として成立しやすいからだ。とくに大宅の場合はミニ評伝の趣さえある。通史であり解説書である本書を読みながら、私たちはいつの間にかノンフィクションの面白みに触れることになる。

(中公新書 880円+税)=片岡義博



『人工知能の核心』羽生善治 NHKスペシャル取材班著 天才棋士による知の冒険

テレビ番組の書籍化はちょっとズルいという感じがして敬遠していたが、偏見だった。羽生善治が人工知能の最前線をレポートしたNHKの特集番組(2016年5月放送)と比べると、取材の裏舞台まで記したこの書籍版は、はるかに彫りの深い内容になっている。

人工知能の最先端がわかりやすく解説されている。だがそれだけなら類書は山とある。本書の読みどころは、対局中の棋士と将棋ソフトの思考メカニズムを比べて、人工知能の特質や弱点、可能性を考察する羽生の洞察にある。たとえば――。

棋士が次の指し手を膨大な選択肢から絞っていく際、頼りとするのは「筋が悪い」「形が悪い」といった、経験で培った美意識だ。その美意識が人工知能にはない。それは人工知能に「恐怖心がない」ことに由来しているのではないか。人間の美意識は見慣れたものに感じる安全や安心感に基づいていると考えられるからだ。人間は一貫性や継続性のあるものを美しいと感じる。とすれば、美意識は時間の流れとも関わっている。詩や音楽や感情が時間と深く結びついていることを思えば、人工知能が創造性を発揮できるかどうかは、時間の概念を獲得できるかどうかにかかっている――。

その旺盛な好奇心と深い思索に目を見張る。羽生は常に自分の頭脳をリフレッシュするため、新たな知見や環境に触れるよう努めていると聞いたことがある。天才棋士は人工知能を自分の強さの糧にして、自らも不断に進化しようとしている。

(NHK出版新書 780円+税)=片岡義博



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