47NEWS >  エンタメ >  新刊レビュー >  『淳子のてっぺん』唯川恵著 誰にだって「てっぺん」がある

『淳子のてっぺん』唯川恵著 誰にだって「てっぺん」がある

2017年10月06日


昨年亡くなった、登山家の田部井淳子さんをモデルとして記された小説である。田舎の野山を、幼馴染と共に駆け回っていた少女時代から、登山に魅せられてのめり込んでいく青春期、そして女性登山家として世界で初めてエベレスト登頂に成功した瞬間の景色が克明に描かれる。

著者は、ひとつひとつの出来事を淡々と語る。むやみにドラマを煽ったり、華美なボキャブラリーで主人公を讃えたりしない。書かれているのは、起きた出来事。そして、そのときの主人公の気持ち。その2点に極めて誠実な筆致が、「世界初」とか「女性登山家」とか「エベレスト」とか、これまで田部井さんを取り巻いてきた角ばった単語たちを、ふわりとほどいていく。

ここに出てくる「田名部淳子」は、わりと悩んだり迷ったりしている。傍目から見れば「山屋」としての人生にまっしぐら状態にしか見えないのだけれど、本当は、親や仲間や家族の心中をおもんばかって、「いいのかな」「これでいいのかな」「ほんとにこれでいいのかな」って揺れている。進学したお嬢様大学に居場所がない、けれど父が強く勧めてきた学校だから文句が言えない。山に登りたい、けれど母が見合い結婚をゴリ押ししてくる。「山屋」として最大の理解者たる夫を得た、けれど彼にかけてしまう金銭面や家事の負担を考えると逡巡してしまう。女性だけの登山隊に吹き荒れるぎすぎすした風に、こんなはずではなかったのにとしょんぼりする。

けれど彼女は登ることをやめない。「登ることをやめない」という決意こそが彼女を支え、後押しする。男社会に飛び込むことによる、女の無念やしがらみに足を取られながら、それでも彼女は「登る」ことをやめない。

登山家たちはなぜ、登るのか。小さい頃、林間学校での山登りがそれはそれは苦手だった私は、不思議でならない。けれど彼ら彼女らにとって、「登る」ことは「生きる」ことである。「登る」をしようとすると否応なく「生きる」がくっついてまわる。彼ら彼女らは、「登る」ことで、濃密な「生きる」を味わっている。

そしてそんな「登る」「生きる」の最終到達地点、それは「帰る」である。自分の家、居場所。愛する家族が待つ場所。どんなに壮絶な体験をしても、いずれそこへ帰ることこそが、主人公が目指す「てっぺん」なのだとする、この本の温かな眼差しが沁みるのだ。

(幻冬舎 1700円+税)=小川志津子


この商品を購入する




アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…