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「リレーコラム」東京大会控え障害者への理解進む パラスポーツの発展でよりよい社会へ

2017年09月27日

陸上ジャパンパラの女子走り幅跳び(切断などT44)で優勝した中西麻耶=とうほう・みんなのスタジアム
陸上ジャパンパラの女子走り幅跳び(切断などT44)で優勝した中西麻耶=とうほう・みんなのスタジアム

「パラスポーツ」の担当となった。聞き慣れない言葉かもしれないが、障害者スポーツの祭典、パラリンピックで行われるようなスポーツをパラスポーツと呼ぶ。

今まで知らなかった世界と出会う毎日で、新鮮な日々を送っている。

2020年東京パラリンピックを控え、取材でスポーツ庁や文部科学省などの行政機関に出向く機会が増えた。

国や省庁、地方自治体、協賛企業は五輪、パラリンピックを大会の両輪と捉え、さまざまな施策を打ち出している。

3年後の大会は、「4年に1度の五輪」ではなく「4年に1度の五輪、パラリンピック」という認識が色濃くなり、これまでにない注目を浴びるだろう。

冬季パラリンピックで数多くのメダルを獲得し、平昌大会で日本選手団団長を務める大日方邦子さんは「選手には補助金が多く支払われ、練習環境も充実した。ほとんどが自己負担だった昔と比べ、環境はよくなり、パラスポーツの世界はある種のバブルのような状態になっている」と東京大会を控えた現状を受け止めている。

パラスポーツ界での盛り上がりは強く感じるが、一方で国民の関心はどうだろうか。

9月23、24日と福島市で開催された陸上のジャパンパラ大会では、競技場の観客席は閑散としていた。国内の大会で見かけるのは、選手の所属企業でお揃いのビブスを着た会社の応援団や家族など。

基本的に競技会場は無料解放されているが、パラスポーツだけを見に来ようというスポーツファンは少ない。可憐なネイルとピアスを身につけ、跳躍するたびに派手なパフォーマンスで会場を盛り上げようとした女子走り幅跳びの中西麻耶(うちのう整形外科)は「スポーツに関わっていない人をいかに巻き込むか。パラ陸上がどうすれば盛り上がるかをしっかりと考えていかないと」と語った。

行政は「3年後の東京パラリンピックを契機に健常者、障害者ともに活躍できる共生社会の実現を」という言葉を声高に叫んでいる。

2012年のロンドン大会では、パラリンピックをきっかけに、街はバリアフリーとなり、日々の生活に不便を感じる障害者への理解も進んだ。東京でも実現すれば素晴らしいことだし、私も強く願っている。

ただ、理想と現実には大きな隔たりがある。例えば、JRや地下鉄の駅のエレベーター。車いすやベビーカーの利用者が来たのに、多くの健常者はわれ関せずと足早にエレベーターに乗っていく。

東京大会組織委の中南久志パラリンピック室長は「日本では先に並んでいる人が優先される。そういう文化が昔からある」と説明する。

都内ではエスカレーターも整備されているのに、なぜかエレベーターに足が向かう健常者たち。スマホの画面に夢中で周囲が見えず、他者との関わりを拒んでいるようにさえ見える。

車いす利用者に話を聞くと、障害者への理解を育むには「想像力、気付き」が大事だという。

「この人は何か困っていないかな」と相手の気持ちに立って考え、自然に声をかける。声をかけられなくても、できる行為はあるはずだ。

都会で暮らす人々はみな、慌ただしい日々の生活に追われ、そんな想像力を持ち合わせることができていないように感じる。街を歩くと失望することが多い。

今、全国の小中学校で障害者への理解を育む教育が積極的に行われている。

社会を変えるのは教育が最も近道で効果が高い。未来を担う子供たちに対し、人を思いやる想像力の大事さを伝えて欲しい。

「障害者の7割が引きこもり」と言われる日本の現状が変わってほしい。報道を通じて、障害者を取り巻く環境を伝え、社会をより良いものにしたいと考えている。

三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県出身。7年間のスポーツ紙勤務を経て2009年に共同通信へ。ゴルフ、陸上などを担当。ロンドン五輪、ソチ・パラリンピックを取材した。14年5月に大阪運動部に移り、高校野球を担当して17年5月に東京本社に異動、パラリンピック、ラグビーなどをカバーしている。






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