47NEWS >  エンタメ >  エンタメコラム >  原作者、桜坂洋のハリウッドへの返答 映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の舞台裏

原作者、桜坂洋のハリウッドへの返答 映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の舞台裏

2017年08月10日

桜坂洋著『All You Need Is Kill』(集英社)
桜坂洋著『All You Need Is Kill』(集英社)

▼桜坂洋の小説『All You Need Is Kill』(集英社)を、ハリウッド大手ワーナーブラザースがトム・クルーズ主演で実写化したSFアクション『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)は、駆け出しの脚本家ダンテ・ハーパーが最初の脚本を書いた。それは素晴らしい出来で、ワーナーがいきなり約3億円で買い取ったという。先日、同作品のエグゼクティブプロデューサーの一人、福原秀己が映像産業振興機構(VIPO)のセミナー「日本人がアメリカ映画界で成功する方法」で講演し、製作の舞台裏を明かした。

▼福原によると、執筆に当たりハーパーは、多数の質問を桜坂に送ったが、桜坂からの返答は次のような、ある引用だったそうだ。

「柵の中に一頭の牛がいる。来る日も来る日も男は柵に行き、じっとその牛を見つめる。ある日、男は鈍器を片手に柵を乗り越え、一撃のもとに牛を倒し、桶一杯の血を持って小屋へ戻ってくる。私が欲しいのは桶一杯の血だけ、それ以外のものはどうでもいい。(橋本忍)」

▼橋本忍(1918年~)とは、『羅生門』『七人の侍』『生きる』などの黒澤明監督作や、『切腹』『白い巨塔』『砂の器』など傑作のシナリオを手掛けてきた偉大な脚本家。上記の引用は、一字一句たがわぬ引用ではないが、橋本の自伝『複眼の映像 私と黒澤明』(文春文庫)から引いたのだろう。橋本がまだ『羅生門』(50年)に取り掛かるより前、師匠の伊丹万作から「原作物に手をつける場合には、どんな心構えが必要と思うかね」と問われた際に言った言葉だ。「牛」は原作を指し、「桶一杯の血」は原作の真髄を指すのだろう。

▼桜坂が橋本の言葉を引いて思いを伝えたのは粋なやり方だ。しかも、額面通りではなく、「橋本と黒澤ほどの高いレベルの仕事を願っている。心してかかってください」と言っているのだと、うがって受け取ることもできる。

▼ワーナーに買い取られた第1稿は、複数の脚本家によって改変が重ねられたため、ハーパーの名は映画のエンドロールに刻まれなかった。福原によると、複数の脚本家の作業によって、一時は「とんでもない方向にいっちゃった」という。ある場面では、主人公(トム)が3人同時に居合わせるというような。桶一杯の血が何かを考えれば、確かにとんでもない。軌道修正のために、ハーパーが呼び戻されたこともあるそうだ。同作のブルーレイに収録されている監督らのインタビューによると、脚本は80稿にまで及んだという。

▼ちなみに橋本の自伝には、伊丹とのやり取りの続きも記されている。桶一杯の血が取れれば、あとはどうでもいいと言った橋本に、伊丹は「そういう思い切った方法が手っ取り早く、成功率も意外に高いのかもしれない」と返しつつ、「しかし、橋本君」と続けたのだった。「この世には殺したりはせず、一緒に心中しなければいけない原作もあるんだよ」

▼間もなく伊丹は他界。橋本はその後、心中するほどの原作が思い当たらないまま、芥川龍之介の短編『藪の中』を脚本化する。それを読んだ黒澤が映画化を決め、橋本と対面。「(脚本が)ちょっと短いんだよな」と言う黒澤に、橋本の口からとっさに出た言葉は「じゃ、『羅生門』を入れたら、どうでしょう?」だった。橋本は「なぜ自分は『羅生門』と発言したのか? 咄嗟であり、反射的であり、理由も根拠も考えられない」と自伝に記している。苦悶して『羅生門』を入れ込んで改稿した橋本だが、満足はいかなかった。ところが黒澤がそれに手を入れた脚本を見て、驚いたそうだ。黒澤は橋本の閃きの根拠を見抜き、脚本に反映させていたからだ。

▼小説や漫画、アニメの実写化に、原作ファンの厳しい目が注がれている。桶一杯の血を取れているのか、閃きがあるのか、それとも心中しているのか。あらためてたくさんの映画について、吟味してみたくなった。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第101回=共同通信記者)


みやざき・あきら 共同通信社記者。2008年、Mr.マリックの指導によりスプーン曲げに1回で成功。人生どんな窮地に立たされても、エンタメとユーモアが救ってくれるはず。このシリーズは、気の小ささから、しょっちゅう瀕死の男が、エンタメ接種を受けては書くコラム。






アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…