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笑いの原点は涙にあり 山田洋次監督

2017年03月17日

中学生時代に家族と暮らし、終戦を迎えた中国・大連で、かつての自宅前に立つ山田洋次監督(共同)=2010年撮影
中学生時代に家族と暮らし、終戦を迎えた中国・大連で、かつての自宅前に立つ山田洋次監督(共同)=2010年撮影

乾いた空、ほこりっぽい町の一隅に、しゃれた洋館がすっかり古ぼけて立っていた。2010年秋、映画「男はつらいよ」で知られる山田洋次監督に同行し、中国東北部の大連に残る山田家の旧宅を訪ねた。戦時中、旧南満州鉄道(満鉄)の技術者だった父親ら家族5人で暮らし、13歳の山田少年が敗戦を迎えた大きな家には、戦後65年を経て、現地の家族5、6世帯が暮らしていた。約40年間住んでいるという、84歳だった張秀蘭さんに、監督が「敗戦の時はどうしていましたか」と尋ねると「私は2歳からずっと大連にいますよ」と言葉少なにほほ笑んだ。

帰国後も、山田監督は「おれが中学のころ、どこかですれ違ったりしたんじゃないか。貧しい家の娘さんだったに違いない。胸が痛いよ」と気に掛けていた。少し年上の張さんに監督が重ねたのは、ふみさんというお手伝いさんだった女性だ。小学2年の時、中国・瀋陽の映画館で田坂具隆監督の「路傍の石」を見ていると、はなをすする音がする。ふと隣を見ると、色白でふっくらとしたふみさんの頬をとめどなく流れる涙が、銀幕の反射で光っていた。

故郷を離れ、見知らぬ他人の家で奉公する少年の物語は、ふみさんにとってひとごとでなかったのだろう。「僕の原点は、あのふみさんを笑わせ、感動させる映画を作ろうと思ったこと。ああ楽しかったと言ってくれる映画を作るのが、僕の任務だと思ったのね」

落語や笑いが好きな少年だった監督は、その原点に再び立ち返ったかのようだ。

金曜日に仕事を早く切り上げる「プレミアムフライデー」が始まったことし2月24日夜、山田監督は千葉・幕張新都心にある巨大なショッピングモールのシネコンにいた。「僕はこういう劇場で、大勢の人が友達や家族と見て、見終わった後でお茶を飲みながら、ラーメンをすすりながら語り合う、そういう映画を作り続けたい」

この日のイベントでは、昨年のヒット作の続編「家族はつらいよ2」(5月27日公開)を特別に披露した。橋爪功演じる頑固オヤジの周造が家族や旧友を巻き込んで大騒動を起こす喜劇で、前作以上に毒をしのばせた笑いがさえ、最後は哀愁が胸に迫った。2013年の「東京家族」から共演してきた俳優陣による息の合った演技に、観客席も沸いた。

「『東京家族』の出演者やスタッフとこのまま別れるのはもったいないなあ。もう一回一緒になりたい。じゃあ今度は喜劇にしようって『家族はつらいよ』を作った。作り終わったらまた会いたくなって『家族はつらいよ2』を作ったわけです」と監督。

劇場に行けばつかの間、大家族を疑似体験できた「男はつらいよ」シリーズの楽しさを思い出した。音楽の演奏と同じく、映画の俳優陣も本数を重ねるごとに演技の“アンサンブル”が「いい音」を出すという。新たな喜劇シリーズとして「家族はつらいよ」の今後に期待したい。劇場で誰かと感動を共有する楽しみを絶やさず、胸の内に悲しみを抱えたすべての“ふみさん”に笑いを届けるために。(佐竹慎一・共同通信記者)






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