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『あの頃トン子と』城明著 男たちの「母性」のゆくえ

2017年02月24日


芸を覚えることに秀でた子ブタの物語である。養豚場の跡取り息子として汗を流し、同じような日々を重ねる主人公・洋一のひとり語りで物語は始まる。母ブタのおっぱいにうまくありつけず、もじもじしている一匹の子ブタが、その後の彼を翻弄する運命の女神である。「トン子」と名付けられたその子ブタに、洋一は気まぐれに「お手」とか「お座り」とかを仕込む。その様子を見ていた幼なじみのマナブは、洋一の家に住み込み、朝から晩までトン子の調教に精を出す。彼は東京で商社マンになるも、夢破れて実家に戻ったばかりだ。

洋一の幼かった恋模様も描かれる。同級生から陰ながら「イモ子」と呼ばれていた大柄な彼女は、大人になっても一途に洋一に尽くしている。洋一は、かつて彼女を傷つけた日のことを思い返して、彼女を強く拒むことができない。

やがてトン子が言葉らしき音声を発するようになる。「トン子」とか「エサ」とかの単純な言葉を、子ブタなりに精いっぱい発音してみせるトン子。ごほうびに好物のリンゴを差し出すと、まっしぐらに突進してきて食らいつく。いじらしいったらないのだ。

トン子の姿は読み手の母性をくすぐる。こんなふうに一心に、なおかつ楽しそうに自分たちに尽くしてくれる動物がいたら、男だろうと女だろうと、誰だってめろめろになるだろう。

やがてトン子にテレビ出演の機会が訪れる。トンコツラーメンのCMの話も来る。マナブはトン子にAKB48のヒット曲を踊らせようと必死だ。「トン子はやがて育つし飽きられるから、今のうちに稼がないと」が彼の言い分。マナブの目の色が変わってくる。東京での挫折からもう一度人生を取り戻そうとするかのように、トン子に執着するマナブ。もっとおおらかでトン子らしい日常を取り戻してやりたいと願う洋一と、少しずつ距離ができる。

このご時世、子を育てる母たちにあらゆる言い分があるように、トンコを愛する彼らにも各々の言い分がある。何をどうすることがトン子にとっての幸せなのか、それを断じることは誰にもできない。洋一とマナブの亀裂は、子育てをめぐる親たちの齟齬に似ている。

マナブの言い分はやがて破綻を招く。「芸ができる子ブタ」から「一匹のブタ」に戻ったトン子を、あっけなすぎるラストが待ち受けている。えっ、本当にこれで終わり?ってページを戻ってしまうほどにあっけないラストが。

彼らの日々は、その後も続く。それぞれが、トン子を介することのない、自分の幸せを歩み始める。実のところ、人間にできるのは、それだけなのかもしれない。どんな状況にあっても、自分を幸せにしてやること。人生、それだけで、十分なのである。

(講談社 1500円+税)=小川志津子


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