47NEWS >  エンタメ >  新刊レビュー >  『いちばん悲しい』まさきとしか著 「自分が一番哀れ」という快楽

『いちばん悲しい』まさきとしか著 「自分が一番哀れ」という快楽

2017年02月24日


一人の中年男が、包丁で滅多刺しにされて死ぬ。この物語の軸足はその謎解きというより、彼をめぐる女性たちの心理描写に置かれている。

二人の子どもを遺して夫に先立たれた妻。事件を通して、夫に愛人がいたことがわかる。家族の前では存在感も自己主張もイマイチだったダメ夫の、まるで別の顔。近所の住民からは奇異の目で見られ、家の壁には「人ごろしの家」(原文ママ)と落書きをされて、思春期の娘はみるみる態度を硬化させていく。家のローンもある。養育費もある。昼も夜も働かねばならない。どうして自分ばかりがこんな目に遭わなくてはならないのか。世界で一番惨めなのは、自分だ。

男の愛人。土曜日だけ会うことができて、妻とは離婚調停中であるらしい彼と、自分はもうすぐ結婚できるのだと信じ切っていた。ある日突然、そんな男は存在しないと刑事が告げに来る。男が自分の前では偽名を使っていたのだ。信じていた相手のぬくもりが、日に日に薄まっていく。彼との日々を証明できるものが失われていく。どうして自分ばかりがこんな目に遭わなくてはならないのか。世界で一番哀れなのは、自分だ。

やがて、男の大学時代の友人も不審死を遂げていたことがわかる。事件を捜査する刑事たちは、そこに、何かを感じる。そして新たなるキーパーソンにたどり着く。彼女もまた、長年に渡って、ある思いを鬱積させている。世界で一番悲しいのは、自分であるに違いないと。

男であろうが女であろうが、周囲で人が死のうが死ぬまいが、誰もが少しは身に覚えのある感情ではないかと思う。「今、自分が一番不幸なんじゃないのか」感。閉ざされた世界で、周囲なんて見えず、ただただ自分の辛い境遇ばかりが胸を塞ぐ。たとえば、幸せな人たちを見た時。自分は得ることが一生ないだろうなと思うような幸せを、軽々と得ている(ように見える)人たちを見た時。その暗雲はもくもくと、視界のすべてを覆い隠す。

その暗い景色の肝は、この「ように見える」点にある。不幸のスパイラルに落ちている時、たいがいの人の目と耳は、不幸ばかりを拾い上げる。不幸の知覚過敏。これが実に厄介なんである。なぜなら不幸は、快楽だから。一つの不幸に見舞われると、次の不幸を探してしまうようなところが、人にはどうも、あるように思う。

読み進むほどに、女たちの暗雲が層を増していく。怒りが怒りを呼び、悲しみが悲しみを呼ぶ。笑って暮らしたいのなら、笑わせてくれなかった誰かを恨むのではなく、自分が率先して笑うのみ。わかっている。それはわかっているのだけれど、でもそれがどうしても難しい季節が、人生には一度ならず訪れるなあと思うのだ。

(光文社 1700円+税)=小川志津子


この商品を購入する




アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…