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『静かな雨』宮下奈都著 薄皮を脱ぎながら変わりゆく人々

2017年01月27日


主人公が勤める会社が倒産するところから物語は始まる。クリスマスの時点で「今年いっぱいで会社をたたむ」と告げられた彼は、パチンコ屋の駐輪場に佇む小さなたいやき店に目を留める。1匹買い求めて食べ歩くことにして、1口かじったところで彼は店へ引き返す。店の女性に「これ、おいしい」と伝えるためだけに。

こんなふうにして2人の関係は、とても丁寧に積み重ねられていく。会社の残務整理をしながら主人公は、あのたい焼きを思って軽やかな気持ちになる。たい焼き屋の女性はお客から「こよみちゃん」と呼ばれ、やがて主人公と彼女は「こよみさん」「ユキさん」と呼び合うようになる。片足が悪い主人公の心を、こよみさんは初対面の時点で静かに見抜いていた。

「あきらめを知ってる人ってすぐにわかるの」

「あきらめ方を間違えると、ぜんぶだめにしちゃうの。あきらめることに慣れて、支配されて、そこから戻ってこられなくなるのね」

「ユキさんはだいじょうぶだよ。あの人たちとは目が違ってる」

この言葉が、物語の後になって効いてくる。こよみさんが交通事故に巻き込まれて、脳に障害を負うのだ。日々、新しい記憶を、積み重ねていくことができない。

こういう設定を採り上げる物語作品が、ジャンルを問わず、そこらじゅうにあふれている。けれどこの作品が他と違うのは、それが物語の主軸ではなく、あくまで静かに、登場人物の特徴の1つとして描かれていることだ。主人公はこよみさんと生活を共にし、彼女に寄り添う。寄り添うどころか、どんどん惚れ直していく。めろめろである。彼女も、そんな主人公をすでに受け入れている。人生の途中で出会った2人が、最初からずっと一緒だったみたいにして、毎日を紡いでいく。こよみさんは主人公の家族と意気投合する。自分のシャンプーを勝手に使われると怒る。お団子をこしらえて満月を見上げる。やがて雨が降る。こよみさんも、涙する。

こういう描写に、読み手は逐一しびれるのだ。

物語に何らかの劇的な事件を求める向きには合わないかもしれない。けれど、事件があろうとなかろうと、日々はいつだって気づきに満ちている。薄い薄い皮を1枚ずつはぎ取りながら、人と人は自分を見せあい、伝え合う。それだけで世界は十分、ドラマに満ちていると思うのだ。

(文藝春秋 1200円+税)=小川志津子


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