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『満潮』朝倉かすみ著 自意識という名の厄介なもの

2017年01月27日


たいていのことは、経験を重ねれば、うまく操れるようになっていく。自転車だって、いったん乗れるようになってしまえば、もはや乗れなかった頃の恐怖を思い出すことはほぼない。けれど、どうしても制御不能なシロモノがある。何よりも自分に近しい――どころか「自分」の大半を占める存在。「自意識」である。

肥大する自意識に絡め取られた男女の物語だ。大学生の茶谷は、披露宴会場でボーイのバイト中、花嫁に魅せられる。ライトの中で人生史上最高に幸せな笑顔を振りまく女を、俺が落とすと心に決める。あんなにやけた新郎は彼女にふさわしくない。ふさわしいのは俺だ。いかにして出会うか。いかにして近づくか。ありとあらゆる手立てを使って、茶谷は会社を営む新郎の部下の座につく。

女は女で、これまた自意識のかたまりだ。幼い頃から美しく、ちょっととっつきづらい変わった子として扱われてきた眉子。彼女は「自分がどうしたいか」よりも「相手がどうしてほしいか」に知覚過敏で、実際その通りに行動することに生きがいを感じている。そんなに親しいわけでもない女友だちが失恋すれば、大親友かのように涙目で抱きしめる。憧れの存在である伯母からもらった恋愛小説と同じキスをボーイフレンドにせがみ、成長して夫を得た今は、夫からのOKが出ないと安らぐことができない。

物語は、眉子が歩んできた時系列を行き来しながら進んでいく。元同級生から伯母や行きずりの男たち、あるいは立ち寄ったカフェのバイト店員まで、彼女に接したあらゆる人たちの証言と分析がつづられていく。それと並行して、茶谷の自意識が宇宙規模でふくらんでいく様が語られる。そのテンポ感はまるで映画でも観ているみたいだ。

2人のふくらみきった自意識は、それぞれの方法で着地を見せる。「自分」なんてものは存在しないみたいに、相手に合わせて生きてきた眉子は、ついに、自分が幸せになることを自分に許す。一方、茶谷は、そんな彼女のあり方に焦れる。きみの隣にいるべきは、ぼくなのに。こんなにも、ぼくがふさわしいのに。ふさわしいに決まっているのに。どうしてきみはそのことに気づかないんだ。相手への叫びを脳内でこじらせて、彼はある決意を固める。

「自分らしく生きること」が尊ばれる昨今。じゃあ何をもってして「自分らしい」とジャッジするのか、考え出すと混乱してくる。誰に対しても同じ「自分」で接している人なんて、果たしてどこにいるだろう。接する相手によってキャラを変えながら人は生きている。自意識って厄介だよなあ、とわかっているのに止められない。そんな現代人の宿命を、考えさせられる1冊である。

(光文社 1800円+税)=小川志津子


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