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『家のしごと』山本ふみこ著 台所で生まれた柔らかい「わたし」

2016年12月12日


<わたしたちは風景をつくりながら生きている>。

この一言に打たれた、痺れた。そして納得した。

著者は交差点で「ばかやろう」という怒声を聞く。通りすがりの母親から息子へ放たれた叱責。怒るには理由があるのだとしても、決して気分のよい場面ではなかった。冒頭の一言はその時、著者の胸に浮かんだもの。

似たような経験は筆者にもある。少なからず不愉快な思いをして、でもそれを直接原因となった人にぶつけるわけにもいかず、心の中で握り潰しては苦さを味わうしかなかった。所詮、他人事だし、と言い聞かせながら。

だけど本当に他人事だったのか?と、本書を読んで改めて考える。<わたしたちは風景をつくりながら生きている>のだとすると、同一の風景に収まる「わたし」と他人を隔てる壁はぐっと低くなる。「わたし」には関係ないと言い切れることは少なくなる。そう思って世の中というものを見渡してみれば、美しく変わるとまでは言わないにしても、だいぶ見通しはよくなるし、風景の一要素である自分の在り様も違ってきそうだ。

もう一つ。著者は「わが家」という言葉を使わないようにしているそうだ。<「わが家」と呼ぶだけで、囲いができるような気がして窮屈だ>し、<家族も友人たちもみんな、自分ではない「他人」であるから>。この考え方にも目を開かれたような思いだ。「わたし」を大事にしながら、「わたし」以外をも尊重せよとはうんざりするほど聞かされてきたことだが、それらとは出所が違う、もっと自然で柔らかい「わたし」の形を見せられたような気分である。

主に台所という場所から生活の知恵やコツを発表し続けている著者の随筆集。日々のよしなしごとを綴っているような顔をして、その実、とてもシャープでソリッドな思想についての本だ。著者の台所は日々の営みとして様々な料理が作られる場所であるとともに、「わたし」とその他を丸ごと包む、全体的で崇高な空間のような気がする。たとえば宇宙みたいな。

(ミシマ社 1500円+税)=日野淳


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