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『浮遊霊ブラジル』津村記久子著 すでに「受け入れた」者たち

2016年11月28日


読みながら、小躍りしてしまった。だって「あるシチュエーションに置かれた者の心の機微」系の短編集だと思っていたのだ。いや「思っていた」というか、実際そうなのだけれど、でも読み進めば読み進むほど、あれ? あれあれあれ? って読者は奇妙な異世界へ連れ去られる。

序盤は、そんなことは思っていなかった。故郷に住むことにした熟年男の1日。美味しいのに口うるさいうどん屋で起きた、ささやかながら大きな出来事。あーなるほどね、多いよねこういう本。生意気にもそんなことを思いながらページをめくる。

はっきりとした「あれ?」は4本めの『地獄』で訪れる。主人公は1行目の時点ですでに死んでいる。そして、すでに、地獄で苦闘の日々を送っている。なのに、語り口はどうものん気である。生前は小説家だった彼女が配属(?)されたのは、生きている間に物語を享受しすぎた者たちが収容される地獄。連日、いろんなシチュエーションに放り込まれて、最後にはいろんな方法で毎日殺される刑。最後の数ページを切り取られた本ばかりを読み続ける刑。フィクション度が相当高い光景が、日常度の相当高い言葉で、淡々とつづられる。物語の不思議度が、何の抵抗感もなく胸に落ちていく。すんなりと、面白い。それがこの本の強度になっている。

『運命」もすごかった。何だか知らないけれど人によく道を聞かれる主人公の面白エピソードかと思いきや、そんな人物が形成された最初の最初の原点へと、宇宙規模で物語が広がりを見せる。読みながら、ちょっとのけぞる。

極めつきは最後の1本『浮遊霊ブラジル』だろう。アイルランドへの初めての旅行を前に死んでしまった主人公が浮遊霊になって、やがて誰かに乗りうつり、別の人間に乗り換える術を習得。なのにアイルランドからどんどん離れて、彼はブラジルにたどり着く。そこで乗り移ったブラジル人青年の純愛に触れ、心を重ねる。

そう、この本に出てくる主人公たちは、どんなに突拍子のない状況にあっても、すでにそれを受け入れているのだ。その状況から抜け出すことではなく、その状況の中でできることを考え、選んで、実行する。大したことでは全くない。だってこれは、自分の人生だから。――死んじゃった者も幾人かいるわけだが。

大スペクタクルものは胃もたれするけど、日常淡々系小説からはそろそろ足抜けしたいな、という方にぜひおすすめである。

(文藝春秋 1300円+税)=小川志津子


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