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『すみなれたからだで』窪美澄著 人生が思うように進まない季節

2016年11月28日


「からだ」とは、人生である。大人になったらコントロールできるようになるかと思っていたけれど、いやむしろ大人になってからの方が、まるでコントロールがつかなくなっていく。「すみなれて」いるはずの自分の人生が、思うように進まない季節。それを著者は丹念に描く。こちらの胸が痛くなるくらいに。

まず最初の1本は、老いた父親を「施設」に住まわせる女の物語である。ということはその分、自分の人生や家族生活が上々に転がっているのかというとそうではない。夫との別れを決めている。そこに至るまでの葛藤は相当のものである。子どもが産まれた時の光景が、そしてそれ以降に傷ついた記憶が、今なお彼女の脳裏に浮かんでは消える。

本書の登場人物たちに共通して言えるのは、自分は悪くないからと、無邪気に他者を責める道を選べない人たちだということだ。ひどい目に遭ってはいても、全面的に自分が被害者だとは言い切れない人たち。10代の頃から継父との情事に明け暮れた女の来し方行く末を描く『バイタルサイン』も、ラブラブだった恋人に突然去られた男の物語『猫と春』も、訪れた別れや不幸の原因の一端を、決して相手に押しつけない。「お前のせいだから全力で償え」でも「自分が悪いんですごめんなさい」でもない絶妙な塩梅。それがこれらの物語に現実味を与えている。

かといって、大人のどろどろだけを描く短編集ではない。高校生の爽やか男子の物語もあるのだ。『銀紙色のアンタレス』の主人公は、夏がくると海にほど近いおばあちゃんの家に入り浸り、日がな一日、海に浮かんだり泳いだりしている。幼馴染の女子から告白されたりもする。でも、よく顔を合わせる人妻に、恋心を抱いたりする。人生ってなかなかシンプルにいかない、絡まった糸玉のようなものなのだと彼は知る。その現象を、大人になった、と人は呼ぶのだろう。

胸に残ったのは『朧月夜のスーヴェニア』である。はたから見たら「ぼけてるおばあちゃん」でしかない老女が、自分の青春を振り返る。過酷な戦時中、徴兵されていく夫を見送り、理屈ではどうにもできない欲求に駆られて、1人の男に恋をする。決して成就することも昇華されることもない恋情。ただただ、老女の胸にとどまり続ける恋情。ぞくり、とする。

生きていくことは、前進を続けることである。動く歩道に乗せられて、誰もがただただ、前へ進むことを強いられる。けれど視界の端に見えた一瞬の景色に、ふと囚われてしまうことが人にはある。え、今の何だったんだろう。確かめるためには、動く歩道を逆走するしかない。逆走しながら、見つめ続けるしかない。この本に出てくる登場人物たちは、そんな歩き方を選んだ人たちだ。まるで他人事ではない、と思ってしまう読者がきっといる。私みたいに。みんなにどうか、幸あれと祈る。

(河出書房新社 1400円+税)=小川志津子


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