47NEWS >  エンタメ >  エンタメスポーツ >  めったに行けない取材現場 柔道でシベリア西部の町、チュメニ訪問
めったに行けない取材現場 柔道でシベリア西部の町、チュメニ訪問

2011年12月28日

10月下旬、早くも雪化粧をまとったチュメニのたたずまい(共同・田井弘幸記者撮影)
10月下旬、早くも雪化粧をまとったチュメニのたたずまい(共同・田井弘幸記者撮影)

年の瀬になると、この1年で立ち会ったさまざまな局面を思い出す。2月に発覚した大相撲の八百長問題、8月の柔道世界選手権、11月には待ちに待った稀勢の里の大関昇進と、いろいろなことがあった。

そんな中で、今後恐らく訪れることはないだろうと言える取材現場があった。10月下旬に行われた柔道の世界無差別級選手権。開催場所はロシアのチュメニという町だ。1年くらい前には「一体どこにあるんだ? でもまあ、まさか行くことはないだろう」と思っていたが、低迷する日本男子重量級の現状を確認してこい―との指令が下った。私以外に日本メディアが一人も行かないことは、2度目の「まさか」。周囲にチュメニの存在を知っている人はもちろん誰もおらず、全日本柔道連盟の吉村和郎強化委員長には「おまえ、根性あるなあ」と変な褒められ方をした。

モスクワから東へ2千キロ以上も離れたチュメニ。「シベリア西部」との響きは猛吹雪や大寒波しか連想できず、町のイメージすらわかない。派遣メンバーに入った男子100キロ超級の上川大樹(明大)に「大会はロシアだったんじゃないですか。チュメニってロシアにあるんですか」と言われた時は「そうみたいよ…」と返答するのが精いっぱいだった。

やっぱり遠くて寒かった。成田からモスクワは約10時間かかり、経由便を6時間待って(帰りは10時間待ち)、3時間のフライトで目的地に到着。午前3時だった。吹雪の滑走路に下ろされ、普通の鉄道の駅みたいな空港周辺は一面銀世界。真っ暗で何もなかった。後で調べたら、10月なのに気温は軽く氷点下を超えていた。寒さに凍える私のそばで、男子の篠原信一監督は「車、まだかなあ」と言いながら、涼しい顔でたばこを吸っていた。

道路はぬかるんでいたが、油田と天然ガス資源に支えられた町はきれいだった。10階建て程度のビルはいくつかあったし、主要なホテルは三つ。会場のチュメニ柔道センターは約1年前に完成し、プレスルームの床はカーペットで快適だった。無線LANもバッチリで、エアコンの効いた場内は寒さと無縁。ただ私が原稿を執筆していると、現地の記者がロシア語でまくし立てながら握手を求めてきたり、一緒に写真を撮られたり。チュメニ在住だという広報担当の男性が非常にゆっくりとした英語で「日本人がここに来ること自体が本当に珍しいんだよ。みんな喜んでる」と説明してくれた。

第1日終了後、この男性から「ロシア人記者を集めて食事会をするから来ないか」と誘われた。向かったホテルの宴会場には約20人が集まり、本場のスモークサーモンやキャビアがズラリ。緊張しながらも遠慮なくいただいたが、隣にいた男性記者から濃いウォッカで3杯連続の乾杯を勧められる「アウェーの洗礼」も味わった。赤、白ワインが入り交じったほろ酔い気分で午後11時過ぎに宿舎に戻ると、吹雪で窓がバチバチと鳴っていた。

31歳のベテランで海外経験豊富な鈴木桂治(国士舘大教)は最終日、手にした銅メダルを見つめ「もう二度と来ることはないだろう町で試合ができた。貴重な体験です」と感慨に浸った。私も全く同感だった。インターネットで調べると、12月25日正午時点の気温はマイナス17度。チュメニの人々はどんなクリスマスを過ごし、どんな年末年始を迎えるのだろうか。

田井 弘幸(たい・ひろゆき)1973年生まれ。大阪府出身。96年に共同通信入社。大相撲担当からプロ野球の阪神、中日担当を経て、2002年から大相撲、柔道などを担当。

<本稿で年内は終了。来年は1月18日付から再開します>






お先にフジテレビ
『おじゃマップ』試写コラム 香取慎吾とザキヤマが地元に来たら…

『おじゃマップ』試写コラム 香取慎吾とザキヤマが地元に来たら…2011.07.01

 『おじゃマップ』 (7月4日午後9時~10時48分、フジテレビ系)は、「ある日、あなたの町に香取慎吾が現れたら? そんな夢が実現する番組」という触れ込み。1月に続いての放送だが、有名人が予告なくやっ...

アラーキーの幸福写真
乃木坂/ギャルママ(下)

    スタジオでの撮影が続く。17歳で長男を出産した大工原里美さんは、3人の子どもとカメラ…