快楽が伝わってくる 『掏摸』 中村文則著
2010年01月04日

『掏摸』 著者にはこのテイストでどんどんやっていってほしい。
正統派な芥川賞作家。純文学ド直球という感じでやってきた著者にとって、本作は冒険的な意欲作だという。
主人公の「僕」は、東京を拠点とする天才スリ師。闇で社会の中枢を操作している男、木崎と知り合い、「三つの仕事」を依頼される。「僕」が逃げれば、親しくしている子供が殺される。仕事をしくじれば、「お前が死ぬ」。絶対的な悪・木崎にあらがうことのできない「僕」は、命を懸けた任務を遂行するが-。
スリをする一瞬が精緻に描かれ、「僕」の快楽が伝わってくる。スピード感のある展開。木崎の存在がミステリー要素をはらみ、エンターテインメント性が色濃く出ている。これまでになかったテイストだ。
一方で、主人公の描写は、いかにも著者らしい内省的な青年。スリを生業としている以外、悪意がない。ターゲットは富裕層と決め、貧しい子供に同情もする。だから本物の悪に操られる「僕」の動揺は生々しい。怒濤の終盤、ラスト1ページまで先が読めない。たしかに著者の分岐点だ。
(河出書房新社 1300円+税)=尾崎英子
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