2009年11月12日
映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』のポスター
松任谷由実が言った。「1994年、95年あたり、(自分の)求心力弱まったぞって思った。まあそれからは、身の丈でやってますけどね」。
数年ぶりに聴いた全国ネットのFMラジオ番組『松任谷由実のSweet Discovery』(11月1日放送)でのこと。“ユーミン”は、ゲストに迎えた結成20周年のヒップホップグループ「RHYMESTER(ライムスター)」に、ヒップホップとは何ぞや、と指南を請う。メンバーの宇多丸がヒップホップの肝は「既にあるものを使って、何か格好いい、面白いことをやるというポストモダン的な考え方」など2つだと語り、日本でヒップホップに風が向いてきたのは、EAST END×YURIの曲『DA.YO.NE』がミリオンセラーを記録した94~95年だと説明。そのあとで、ユーミンが冒頭の言葉を口にしたのだった。ラジオに耳がくぎ付けの私。ユーミンは続けた。
「『消費されちゃった』っていう感じ。自分が『切な~い』って思って作っていたものが、当たり前になっちゃって、大衆の中にとか…偉そうだけど、後続のアーティストの中にNOができちゃったって感じ。それは(宇多丸の言う)94~95年談義とは連動してないものなのかな? 私はどっかでつながってるなっていう気もしたんですけどね」
人の心を動かすエンターテインメントの王道の一つは「切なさ」だと私は思う。泣ける泣けないなんて話ではない。例えば余命、卒業、喪失、孤独、幸福感、夕景、それこそソーダ水の中を通る貨物船まで、さまざまな事象の背景に「二度と戻らない時」「決して止まってくれることのない時間」を感じたとき、切なさは生じる(ことが多い)。
フォーク全盛の70年代に4畳半の世界にいた若者を、スキー場へ海辺へと自在に連れだし浸らせた「ユーミン的切なさ」は、80年代に入り猛烈な勢いで消費され、時代の中心もしくは時代とイコールな存在にまでなった。だからバブル崩壊から間もなくで、コアなファン以外にとってはいったん回避すべきものとなり、平らな棚に並ぶことになった、ということ? ユーミンも宇多丸も、音楽への風向きは景気と無縁じゃなさそうだという点で一致し、宇多丸は「良くも悪くも、ヒップホップがポップソングの進歩を止めさせちゃっている。ヒップホップの優位性は今もなお揺らいでいない」と見解を語った。かくして2009年、日本の音楽シーンで「中心」となるほど求心力のある存在は見当たらない。この状態は続くのだろうか。
公開された映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』はマイケルの最後のツアーに向けたリハーサルの記録。“キング・オブ・ポップ”は前奏のテンポを入念にバンドメンバーに指示し、「最初のレコーディングの時みたいに。観客のイメージどおりにやりたいんだ」と求める。観客の脳内にあるイメージを自身にフィードバックし、再び戻して定着させることが、互いの幸せだと感じていたのだろうか。
たとえリハであれ、躍動し歌う彼の身体表現にはどんな歪曲も利きようがなく、「虚か実か」なんて余計な観察は消え、私は久々に血液が駆け巡るような興奮を覚えた。さらに、防御など忘れ、自身が言う「観客が求める非日常の世界」を生み出す作業に没頭し、時折人間くささをさらけ出しているように映るマイケルの姿は貴重で、ワクワク感を増幅させた。もうそれで十分だった。映画は“とんでもない切なさ”を帯びているが、それは彼自身の死と引き換えにしか獲得できなかったはずのものだと思うと、残念でならない。(敬称略)
(宮崎晃の「瀕死の私にエンタメを」=共同通信記者)









