47NEWS > 地域ニュース > デスク日記 > 2009年02月

« 2008年12月 | メイン | 2009年03月 »

2009年02月25日

太陽光発電買い取り価格を2倍に!

 経産省は24日、家庭や企業が太陽光電池で発電した電気を、電力料金の2倍の価格で買い取ることを電力会社に義務付ける制度を2010年度までに導入すると発表した。

 歓迎すべきことだが、いかにも遅い。ようやく重い腰を上げたというのが第一印象である。ドイツなどでは90年代から始まっており、村おこしで太陽光パネル発電する小企業も登場している。日本でもこれが実施されれば、各地に「小規模発電所」が誕生する可能性が高い。特に大きな屋根や屋上を持つ、工場やビルの所有者にとっては朗報となる。

 太陽光発電については80年代から日本の技術が世界的に先行していた。90年代には家庭向けの補助金制度もあり、最大、設置費用の2分の1を補助していた時期もあったが、コストダウンに併せて、補助金制度も廃止されてしまった。補助金制度は今年度から復活したが、金額があまりに少ない。定額交付金の100分の1でも200億円。50万円補助しても4万件の屋根に太陽光パネルを設置することができる。

 頭を少しひねれば、将来の日本経済に資する景気対策などはいくらでも思い浮かべることができる。霞が関も平河町も政争に明け暮れる時ではないと思うのだが・・・。(伴 武澄)

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月20日

中国には3度目の「日本に学べ」ブームが必要?

 最近、「人民日報ヘッドライン」をメルマガで購読している、1月16日の「中国には3度目の「日本に学べ」ブームが必要」という長文のコラムには腰が抜けんばかりに驚いた。中国共産党の機関紙にこんなことが掲載されるのは何十年ぶりかもしれない。中国がこのところの経済成長にうつつを抜かし、日本などなんともないと考えているのだろうと思ったら、そうでもないようだ。

 言論統制の国だから、このコラムがいつ何時なくならないとも限らない。以下にコピーをさせてもらおうと思う。
 http://j.people.com.cn/94475/6575806.html

 ■学習上手は自信の表れ

 中国の30年間の改革開放が巨大な成果を得られたのは、外国の経験を謙虚に学んだことと密接な関係がある。だが金融危機によって私たちは、欧米の発展理念や制度のいくつかが、中国のニーズには決して適さないことを目の当たりにした。もし中国が将来の発展において、より選択的に外国から学ぶ必要があるとすれば、主たる目標は依然として日本であるはずだ。私たちには3度目の「日本に学べ」ブームが必要だ。(文:庚欣・日本JCC新日本研究所副所長)

 中国人は過去2回、日本に学んだ経験がある。最初は100年前、甲午戦争(日清戦争)に失敗した後だ。中国人は恥じ入って果敢に敵を師と仰ぎ、その後、日本語の「外来」新概念が四書五経の言葉を圧倒した。辛亥革命、五四運動、国共両党を主導した先駆者の大部分は、これら新概念の実践者だった。次は30年前だ。鄧小平氏が日本を訪問して、オートメーションを体験し、新幹線に乗車して高速を体感したことで、「日本に学べ」ブームが国内に沸き起こり、日本の技術は「現代化」の別名とすらなった。

 だが、これら 2度の学習には、遺憾な点もあった。最初の学習では、多くの人が日本は「小西洋」で、「西洋の学問の東漸」の「道具」にしか過ぎぬと見なした。2回目の学習では、多くの人が日本は「経済の巨人」で、「技術と管理」の「育成訓練班」にしか過ぎぬとみなした。「道具論」と「技術論」は、あたかも2枚の葉が目を遮るように、私たちの日本社会全体、特に人と文化の面への関心に影を落とした。

 日本は後発の東洋の島国で、20世紀初頭に30年で「列強」の列に加わった。第2次世界大戦で失敗した後も、わずか20年余りで欧州諸国を抜き、世界第 2の経済大国に上り詰めた。一方私たちは、日本より優れた「ハードウェア」を持ち、30年間の高度成長を経たが、日本などの先進国との間になお相当大きな開きがある。この点だけでも、謙虚に学ぶ必要がある。過去 2回の日本学習は情勢に迫られてのものだったが、今日も依然としてそのままだ。世界の大変動、欧米モデルのボトルネック、私たち自身の発展上の困難、そのいずれもが、さらに高く、さらに全面的な視野で再び日本に学ぶことを、私たちに迫っている。中国には現在、真剣に経験を総括することが求められている。そしてそれにも増して、日本との開きを探り当て、追い越すことが求められている。結局のところ、学習上手は自信の表れでもあるのだ。

 ■中国は日本から何を最も学ぶべきか

 中国が日本に学ぶにあたり、基本となる2つの点がある。第1は最大の共通点、第2は最大の相違点だ。中日の国情の最大の共通点は人の多さだ。そして最大の相違点は「人」の作用が異なることだ。中国において「人」は負担であり、困ったものであり、社会の財産を分割する「分母」であると見なされることが多い。一方日本において「人」は、日本の最大の財産であり、長所であり、資源を創造し、あらゆるものを創造する「分子」であると見なされることが多い。分母を分子に変えられるか否かの鍵は教育にある。

 中国の3度目の日本学習の要諦は「人の教育」に概括される。日本の本来の条件は中国より劣っている。日本の底力は一流の、組織された人材にあるのだ。近代の日本の台頭を「片手に銃、片手にペン」と形容した人がいる。だが過去半世紀余り、日本人自身はより後者を重視し、教育立国を発展の柱と見なしてきた。 100年前、日本の田中不二磨・枢密顧問官は訪日した中国の実業家・張謇に「国の強さは兵ではなく教育にある」と語った。中曽根康弘元首相は「日本が世界 2位の経済大国になれたのは、教育の普及と発展の賜物だ」と総括した。

 日本の教育の最も重要な特徴は、「普及」を重視し、「向上」に長けることだ。日本は明治維新以来一貫して、全国民への教育の普及を国策としてきた。1億 3000万人の日本人は、高い入学率、終身教育、資質教育から深い恩恵を被っている。08年には、教育のバックグラウンドを日本に持つ4人の研究者がノーベル賞を受賞し、再び世界の人々が日本の教育に注目した。このうち物理学賞を受賞した益川敏英教授は英語が堪能でなく、パスポートすら持っておらず、日本国内で教育を受けた人々の代表と見なされている。受賞を知った益川教授の第一声「大して嬉しくない」は直ちに流行語となった。だが、尊敬する先輩である南部教授との共同受賞であると知らされると、益川教授は感極まって涙ぐみ、「ずっと南部先生を仰ぎ見てきた。その先生とご一緒に受賞できるなんて、本当に感激です」と語った。自分の名利は全く気にかけないが、尊敬する師のことになると感極まって涙ぐむ、教育学の視点から見ると、このような心がけはノーベル賞の受賞よりも尊いものだろう。この大学者は、反戦運動の活動家でもある。このような人物は日本では決して珍しくないのだ。益川教授の後に、再び私たち中国の現在の教育におけるいくつかの悪弊に目を向けると、「点数第一」ではなく「名利追求」あるいは「学びて優なれば則ち仕う」であり、大学さえもが行政上の等級を賜っている。このような教育理念・制度・基準・内容の下では、中国というこの人口大国は、いったいいつになったら、上に優れた大家、下に合格水準の労働力を擁する人材大国になることができるのか。

 ■教育の発展なくして人材の輩出なし

 将来の世界で鍵となるのは人材競争であり、これは教育競争と言い換えてもいい。今日日本は省エネや環境保護などの新興分野でいずれも強い競争力を備えているが、世界の人々が最も注目しているのは、やはり日本の教育の成果だ。中日間の最大の開きはここにある。

 改革10年記念の際、鄧小平氏は「改革10年の最大の失策は教育にある」と述べた。今日中国では、教育の改革と発展が、あらゆる分野の中で最も難しくなっている。大学入試の再開から08年で30年になるが、これは文革前の17年の体制を復活しただけだ。中国全体が「17年体制」を乗り越え、世界と軌道を合わせている時に、教育は何をじたばたしているのか。日本ではどんな功労も教育の記録に書き加えられる。日本では何か悪弊が生じると、教育もその責を逃れられない。小泉氏が靖国神社を参拝した際は、日本国内の多くの人が教育に問題があると非難した。中国には今日失敗があり、教育も当然それを免れ得ない。日本は戦後の廃墟の中から立ち上がり、30年後には世界一流の企業を多く擁し、自主開発した大量の先端技術によって世界をリードするまでに発展した。日本は長期間にわたった「平成不況」の際も、教育や科学技術をおろそかにしなかったばかりか、勢いに乗じてGDPからHDI(人間開発指数)への発展モデルの転換を実現し、今日もなお世界の先頭を歩んでいる。

 人類の発展は子どもの成長と同じで、表面的な実力の重視から総合的な実力の重視へ、資源やGDPの重視から人材や人の自由な成長の重視へと移っていく。今後の競争における鍵は人材だ。人口大国である中国は、最大で、最も貴重な人的資源を、決してないがしろにすべきでない。教育の発展がなければ、人材を輩出できず、人口を人材に転換できない。中国はたとえさらに20%成長したとしても、資源、環境、労働力に懸命であらねばならない。米国が借り越しているのは金だが、中国が借り越しているのは資源、環境、労働力なのだ。新発展観は「教育、健康、立派な生活」を基本要素としているが、これは中国にとってなおさらに深い意義を持つ。今回の金融危機によって、再びすべての国々が危険と機会の二重の挑戦を前にしているが、中国はどこへ向かうべきなのか。中国の教育はどこへ向かうべきなのか。日本を見れば、必ずその啓示を得られるだろう。(編集NA)

 「人民網日本語版」2009年1月16日から転載

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月19日

断末魔の麻生政権

 麻生政権はもはや断末魔を迎えている。歴史にたらればはないが、就任直後に解散総選挙を行っていれば、少しは自分の政権の意識が芽生えただろうに、9・15のリーマン・ブラザーズ・ショックを契機に、景気対策優先路線を走った。

 その後5カ月も走ったが、肝心の景気対策すら国会を通過していない。この間に起きたことを思い出そうとしている。思い出すのは麻生太郎首相の発言に端を発した迷走劇ばかりである。秋の臨時国会での所信表明を含めて最初のつまずきは「漢字が読めない」というなんとも情けない事態。漫画宰相の名が定着してしまった。

 定額交付金では「高額所得者は辞退してほしい」まではよかったが、その後は「もらうの」「もらわないの」の空虚な論争でけっきょく自分も貰うことにした。その中で「さもしい」発言は国民に、ばかにされた印象を強めた。漢字もろくに読めない人に言ってほしくない発言だった。交付金論争は年が明けても延々と続いた。

 場外では、鳩山総務相が「かんぽの宿」の売却にまったをかけた。安すぎるとされた鳩山発言によって、入札をめぐる不透明な経緯が相次いで明らかになった。言わなくともいい発言も自らの足を引っぱった。麻生首相の「郵政民営化に賛成でなかった」発言をめぐって国会はまた紛糾した。発言の趣旨を釈明するたびに発言の矛盾を露呈させた。

 官僚の天下りに関する「わたり」の閣議決定も野党にかみつかれた。発言が日毎に変転し、国民から見ると「あんたはどっちの味方なの」と思わせるシーンが連日、テレビで放映された。

 定額交付金問題では小泉純一郎元首相に「3分の2を使って再議決をするような法案とは思えない」というキツーイ・カウンターパンチを浴びた。二発目のパンチは、予算関連法案の衆院議決への「欠席」発言。いまのところチルドレンたちが追随する形勢にはないが、政治の世界は一寸先が闇である。

 最後は中川財務相のG7での「しどろもどろ会見」。与党は衆院で月内に来年度予算を通過させる方針だが、政局がはじけるのはその直後だ。「麻生氏では選挙が戦えない」という声は中堅・若手議員からすでに噴出している。そうした声が勢いづけば、総裁選の前倒しも想定される。そうでなければ、さすがの麻生首相も伝統の宝刀を抜かざるを得ないだろう。(伴 武澄)

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月17日

中川財務相の往生際の悪さ

 17日午後6時すぎ、中川昭一財務相が辞意した。満身創痍である。仮にG7の記者会見で醜態を演じたのが風邪薬のせいだったとしても、しどろもどろになった映像が世界中で放映されたのとは事実。その一点だけで身を引くだけの失態であろう。往生際の悪さばかりが目立つ辞任劇だった。

 後任には与謝野馨経済財政担当相が兼務することになったが、三つも大臣を兼任できるのか、職場で話題になった。私見では「解散が近い」ということではないだろうかと思ってしまう。麻生政権の支持率は10%台。小泉純一郎元首相に突き放され、公明党からも完全に見放された。これ以上の減点ははないだろうと思っていたら、この様である。

 さて日本丸はこれからどうなるのだろうか。2008年10-12月の国内総生産(GDP)は前期比マイナス12・7%(年率換算)と先進国の中でも最悪の数値が発表されたばかり。輸出の壊滅的な減少によって輸出企業はヒトのリストラ策を相次いで発表している。失われた10年からようやく脱却しかかった経済は9・15ショックで再び奈落の底に突き落とされた格好。

 深刻なのは日本が直面しているのが経済危機だけではないことだ。政治への不信感が幾重にも折り重なっている。たとえ民主党が政権をとったとしても、有権者からみれば自民党の自滅にしか映らない。アメリカのオバマ大統領のようにチェンジが訪れるとは思えない。日本の地盤沈下はいよいよ厳しい時代に突入する。(伴 武澄)

 

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月16日

年収5000万円じゃやってられない

Nikkei onLIneのメルマガ。
 見出しは「年収5000万円じゃやってられない」~ウォール街の懲りない面々
 「俺たちが高給だから、街が潤うのに」

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090212/185835/

 いやはや、ニューヨークの懲りない面々の強欲ぶりにはなんともいいようがない。オバマ大統領が年収に上限を設けるべきだと発言したことに対してえらい剣幕なんだそうだ。

 ニューヨーク支局の加藤靖子氏のレポートは迫力がある。懲りない面々は会社が政府から巨額の資金投入を受けてかろうじて存続しているのに、自分たちはまだ儲けて続けられると錯覚をしているようだ。

 この人たちは日曜日に教会などには行かないのか、行っても普段の生活と信仰とは別物なのだろうかと疑ってしまう。年間のボーナスが何百億円と聞いて「そんなにもうけていったい何に使うのか」とあきれてしまう。「チップを大盤振る舞いするからニューヨークも繁栄する」なんて発言もあるが、法外なチップはホテルやレストランの従業員を甘やかすだけのことで、正当なサービスに対価ではないはず。まるでカジノ気分なのだ。

 数年前にニューオリンズをハリケーンが襲い多くの犠牲者を出したとき、驚いたのは南部の貧しさだった。ニューヨークとニューオリンズが同じ国とは思えなかった。20年前のニューヨークは犯罪の巣窟で路上で強盗に遭うことを覚悟しながら歩いたことを思い出した。ニューヨークが再び同じ轍を踏まないことを望むばかりだ。(伴 武澄)

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月15日

河津ザクラが開花

伊東に住む友人から自宅の河津ザクラの写真が送られてきた。今年は平年より2週間も開花が早いそうです。3枚の写真は14日に撮影したものです。

%E6%A1%9Ca.jpg

%E6%A1%9Cc.jpg

%E6%A1%9Cd.jpg

コメント (0) | トラックバック (0)

2009年02月13日

「官」を頼まず「民」でやろう! 湯浅誠・派遣村村長

 加藤秀樹さんが主宰している「構想日本」のめるまがで、派遣村村長の湯浅誠氏からの提案があったので転載したい。(このメルマガは転載フリーです)企業、個人から基金を集めて、受け皿として独立行政法人や公益財団法人を用意し、そのお金を雇用保険から漏れてしまう人たちに支給する仕組みを提案している。

 つまり、救貧のためにはもはや「官」を頼まず「民」でやろう!ということではないかと理解している。「官」が実施する施策はほとんどが事務経費と人件費に消えてしまって、本当に必要な人たちまで届きにくいことはよく知られていることである。湯浅氏の著書『反貧困』を読むとセーフティーネットの制度は幾重にあっても窓口ではなるべく使わせないように対応している実態が浮かぶ。また本当に困っている人たちはその日の食事代が欲しいため、給料をもらう仕事にはつきにくいし、生活保護を受けるための医師の診断書も健保に入っていないから高くてもらえない。ないないづくしの生活を続けて「すべり台」を下りるしかない状態なのだ。(伴 武澄)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 【派遣村からの提案】

   派遣村村長/NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長 湯浅 誠

 大量の「派遣切り」が行われて、万単位の人が路頭に迷う状態が生まれている。企業のための緩衝材として用意されつつ、自分の緩衝材は何もないという人たちが多数存在している。一人一人の生活に対する景気変動の影響を少なくするのが政治や社会の役割であるにもかかわらず、好不況の波をモロにかぶって、生きていけなくなってしまっている人たちがいる。
 
 私たちはこの年末年始、そうした状況を踏まえて「年越し派遣村」を開設、505名の人たちが「入村」した。派遣村には、多くの寄付とボランティアが集まった。続々と支援物資が送られて、人が押し寄せてくる様は、「社会の底力」を垣間見るような光景でもあった。しかし、そのような手弁当の活動で対応できる人の数は限られている。多くの人たちが派遣村にもたどり着かないまま、今でも放置されている。

 1月19日、派遣村実行委員会は「非正規労働者生活・就労支援基金(仮称)」の「派遣村試案」を政府、各政党に提出した。(*1)不況が吹き荒れる中、どこも大変な事態になっているが、それゆえにこそ、社会全体で知恵と力を出し合って既存の制度からこぼれ落ちてしまう人たちに対する緊急のセーフティネットを張ろうとする試みだ。

 試案(*2)では、企業、個人から基金を集めて、受け皿として独立行政法人や公益財団法人を用意し、そのお金を雇用保険から漏れてしまう人たちに支給する仕組みを提案している。3月には40万の派遣・請負労働者が失職するとも言われている。まずは、生存を確保する枠組みを構築する必要がある。「本人の努力は十分か」などと呑気なことを言っているうちに、この国の生活活力は決定的に失われてしまう。

 私たちの試案は、多くの専門家によって叩いてもらい、よりよい形になることを目的に、素人がつくった一つの考え方にすぎない。問題意識を共有して頂ける方たちのご協力を得て、多くの人に受け入れられるよう進化することを期待している。


(*1)派遣村からの緊急要望書(2009年1月19日厚労省に提出)概要

派遣村実行委員会は19日、緊急要望書を厚生労働省に提出しました。シェルター(緊急避難所)と総合相談窓口開設、非正規労働者生活・就労支援基金(仮称)設置、中途解約に対する派遣先責任(損害賠償)、寮からの退去規制(借地借家法の適用)を、3月までに、早急に開始すべき対策としてまとめています。(以下抜粋)

1、全国にシェルター(緊急避難所)を増開設し、シェルター内に総合相談窓口を設置してください。

2、いわゆる「派遣切り」「期間工切り」を阻止し、失業や住居喪失を予防するための諸政策を実施してください。

3、企業の社会的責任を全うさせるため、「非正規労働者生活・就労支援基金」(仮称)を設置してください。


(*2)非正規労働者生活・就労支援基金(派遣村試案)概要

企業、個人から寄付を募ります。例えば「派遣切り」を行う大企業
(たとえば資本金10億以上)を中心に、以下のような算定を指標にします。

1 社会保険料分(321万人×30万円×48ヶ月×0.007)=3235億
2 50万人×150万=7500億

寄付金の受け皿団体として雇用保険国庫、公益財団法人、独立行政法人などを、国を中心に関係諸団体の意見も反映させられるような形で、3年程度の時限設置をします。

そして、失業者の生存確保をします。また、就職活動・職業訓練給付金額については、未加入原因や加入者との均衡などに配慮しつつ、検討します。

*湯浅 誠(ゆあさ まこと)氏 プロフィール
派遣村村長、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長

1969年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。90年代より野宿者(ホームレス)支援に携わる。「ネットカフェ難民」問題を数年前から指摘し火付け役となるほか、貧困者を食い物にする「貧困ビジネス」を告発するなど、現代日本の貧困問題を現場から訴えつづける。
著書に『反貧困』(岩波新書、2008年)、『貧困襲来』(山吹書店、2007年)、『本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』(同文館出版、2005年)など。ワーキングプアや貧困・格差問題を扱ったメディアへの登場でも存在感を示す。現在、反貧困のためのネットワーク構築にも力を入れている。

コメント (0) | トラックバック (0)

定額交付金成立に暗雲も

 政治が面白くなってきた。さずがの小泉純一郎元首相も最近の麻生太郎首相の発言に堪忍袋の尾が切れたようだ。定額交付金を含めた第二次補正案について「3分の2を使ってでも成立させなければならない法案だとは思っていない」と痛烈に批判、衆院でも再可決にも暗雲が漂ってきた。

 郵政見直しについても「笑っちゃう」「あきれている」と問題外との認識。そりゃそうだ、時の総務相であったのに、いまごろ「あの時賛成でなかった」など言ってはいけない発言だ。(伴 武澄)


小泉元首相の発言要旨 【共同通信】

 自民党本部で12日開かれた「郵政民営化を堅持し推進する集い」役員会での小泉純一郎元首相の発言要旨は次の通り。

 最近の首相の発言に、怒るというよりも、笑っちゃうくらい、ただただあきれている。一昨日も首相から話がしたいというので電話で話した。

 首相の方針に批判的な意見を若手が出すと、執行部は「後ろから鉄砲を撃つな」と抑え込む。しかし最近の状況は(次期衆院選で)戦おうとしている人たちに首相が前から鉄砲を撃っているんじゃないか。「発言には気を付けてくれ」と言っておいた。

 私を「常識の通じない男だ」とか「奇人変人」とか言っているようだが、自分では常識をわきまえている普通の人だと思っている。たまには非常識なことをするかもしれないが、大体、政治においては常識的。衆院と参院の意見が違ったら、国民が納得できるような案を協議してもいいじゃないかと思っている。

 定額給付金についても、首相は「さもしい」と言ってみたり「自分はもらわない」とか「そんなことは言ってない」とか、いろいろ言っているが、私は本当にこの法案が(衆院で)3分の2を使ってでも成立させなければならない法案だとは思ってない。もう私は引退表明しているが、「あのとき賛成したけど、実はそうじゃなかったんだ」と言いたくないから。定額給付金については参院とも調整して妥当な結論を出してほしい。

 これから皆さんは9月までには国民に信を問わなければならない。政治で一番大事なのは信頼。特に、首相の発言に信頼がなければ選挙は戦えない。信頼が大事だ。

 (「かんぽの宿」の一括売却問題は)民間企業が営業しないようなところにあれだけのものをつくり、しかも安い値段で売るという事態が起こるところに官業の問題点がある。

コメント (0) | トラックバック (0)