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2008年06月18日

47NEWS誕生⑮ 勢いづく編集チーム

 47NEWSの編集を担当して1年半。きょう18日でこの職場を去ることになった。職場を去るにあたって、47NEWSがどのように生まれ、どのように運営されてきたかを記しておかなければならない。そう思って、「47NEWS誕生」を連載してきた。

 47NEWSは共同通信と52社の記事を束ねるサイトなのだから、一定のアクセスを得られるものだという確信から始まった。しかし、われわれの思惑は外れ、アクセスの低迷に悩んだ。

「広告がないじゃないか」
「なにいってんだ。この程度のアクセスでどうやって広告をとれっていうんだ」

 こんな会話が広告チームと編集チームの間で何度も繰り返された。知名度不足はなんとしようもなかった。やるせない時間が長く続いた。そんな47NEWSのアクセス数が勢いづいたのはことし5月に入ってからだった。Googleニュースに仲間入りしたのがきっかけの一つだった。それまでいろいろと試してきたSEO対策も功を奏しはじめた。特に「リアルタイムのアクセスランキング」は消えていく過去記事でも多くのアクセスをひろい出した。

 1年前、1日、7万内外だったページビュー(PV)が30万、40万を超え、26日には67万に達した。その後も50万を維持している。おかげで月間PVは1000万を超えた。6月1-16日のPVは800万だから、月間で1500万は確実である。7月は高校野球の地方大会が加わるから2000万だ・・・。

 いま47NEWS編集チームにはそんな勢いがある。47NEWSにはいまの勢いを続けてほしい。47NEWSにしかできない分野が必ずある。ほかのメディアにできない分野を意欲的に開拓してほしい。日本のためになるサイトをつくっていけば、当面勢いは止まらないだろう。(完=編集長 伴 武澄)

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47NEWS誕生⑭ 地域の商品ニュース

 共同通信は経済部から「商品ニュース」を毎日配信している。企業が日々発表する新製品を写真付きで短い記事にしたものである。新商品は新車から化粧品、ラーメンまでなんでもござれ。なんの変哲もない記事ではあるが、経済面ではけっこう読まれている。

 地域版の「商品ニュース」を47NEWSで掲載できないか。参加社の一部からそんな強い要望があった。47NEWS編集としては「新商品はあるだろうが、新酒とか焼酎とかばかりであまり新味はない」と思い、触手は動かなかった。

 ここでも林社長の豪腕が動いた。「山形新聞を巻き込んでやりたい。ぜひ実現してほしい」。山形新聞には47NEWSの新聞用広告記事の版下制作で大変にお世話になっていた。つまり、「出世払い」、無料で制作してもらっていた。そのうえで新しいページづくりまで手伝ってもらうのだから、ずうずうしさを通り越している。筆者はそう思ったが、東京支社に赴任したばかりの峯田が毎週、47NEWS編集部にやってくることまで決めてきた。

 新商品ページは当面は新商品と新技術を紹介するページとするが、将来は地方経済の綜合ページに成長させていく。議論の中からそんなコンセプトができた。地方経済が疲弊しているといっても千差万別。愛知県はトヨタ自動車のおかげで元気一杯。三重県はシャープの亀山工場と東芝四日市工場のフラッシュメモリーの大増産でかつてない投資ラッシュ。仙台を中心とした地域はトヨタの東北拠点づくりで進出地探しが始まっていた。雇用の情勢もまちまちなのは当然なのだ。

 47NEWSを編集していて気づくことは大都市と地方という対立ではなく、そうした地域ごとの格差だった。筆者は経済取材が長かったから、大メディアはどうして地方を一律弱者としてしか見られないのか、ずっと疑問に思っていた。地域経済の情勢を的確に判断できるメディアは自ら作り出すしかないという思いもあった。

 このページが地域経済の綜合ページとして発展させるというなら、力を入れていかなければならない。どちらかといえばページづくりに後ろ向きだった姿勢は180度転換した。新商品ページは、全国52社が束になった47NEWSだからこそ実現できるコンテンツなのである。

 「商品速報」のページが生まれて1年。800本ほどの新商品、新技術の記事が集約されている。日本経済の将来を担うほどの技術も少なくない。やがて47NEWSの知名度があがり、注目される日には地方経済の力を誇示できるほどの情報が蓄積されるだろう。(編集長 伴 武澄)
 

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47NEWS誕生⑬ 高校野球の地方大会

 ニッポンの桜だより、デスク日記と独自コンテンツが生まれ、4月には統一地方選の特集ページもつくった。3月から求められていたのは夏の高校野球への対応だった。

BS-0625__-200708221634_M.jpeg 編集チームにはまだスポーツ担当は1人だけ。「誰がつくるの?」「まだ4カ月先じゃないか」。日々の編集作業にかまけて、高校野球への対応は進まなかった。

 6月にページのリニューアルをする話も進んでいた。リニューアルでは独自コンテンツとして「地域の食べ物を紹介するページ」「地域の新商品を紹介するページ」「東京歩きのウエブ版」などの作成も同時並行して進められていた。

 そんなとき、全国新聞ネット社長の林が茨城新聞の高橋と下野新聞の大野をスカウトしてきた。ほとんど豪腕で二人の上司に47NEWSへの協力を要請したのだ。林は良くも悪くも相手の迷惑など考えずに猪突猛進するタイプ。こういう時には非常にありがたかった。

 高橋はシステム面から、大野は広告の面から47高校野球の誕生に全面的にエネルギーを注いでくれた。47NEWS編集チームは共同通信社の社員だから、これまで紙面の効果というものを知らずに育った。広告の重要性もよく分かっていないのだ。

 大野がいうには「高校野球は地方紙にとってドル箱」。特に甲子園への予選となる地方大会はすごく、サイトでイニングごとの速報をすると何十万ものアクセスが来るというのだ。携帯電話によるサービスももうかることが分かった。

 われわれ素人集団は高校野球のハイライトは8月の甲子園だと思っていたが、NHKが放映し始めたら、地方紙のウエブサイトには見に来ない。だから地方大会でも決勝や準決勝になるとアクセスが激減する。地方大会では出身校の一挙手が関心の対象なのだ。

 6月、沖縄大会に併せてサイトのオープンにこぎつけた。52紙に記事入力の協力を求めた。日々、膨大な「見出し」が並ぶサイトが登場した。「夏の高校野球の情報量としては最大のサイトになる」というのがわれわれの自負だった。

 広告面でも、高校野球独自のレクタングル広告を獲得した。52のサイトすべてとはいかなかったが、40近くのサイトと共通広告を貼ってもらい、クライアントに力を見せ付けることもできた。なにしろ、日々のアクセスが高校野球だけで100万に達する日があったのだから、「47はすごい」ということになった。

 夏の高校野球のページの成功はそのまま、秋以降のページリニューアルの発想の源となった。「ロングテール」である。後発のニュースサイトとしてはトップ級のニュースではアクセスが稼げない。他がやっていない分野を発掘する必要があった。地域のスポーツを「高校スポーツ」と「各地のスポーツ」に分け、それぞれ野球、サッカーバスケなど種目ごとに分類して表示していけば、個々のページのアクセスは少なくとも全体でアクセスを稼げるという発想に転じたのだった。

 四国アイランドリーグに続いて、信越ではBCリーグという野球の独立リーグが存在する。2008年から、チーム数もそれぞれ4チームから6チームに拡大した。

 野球はプロと高校野球だけでない。各地に根付いたリーグが育てば、地域振興にもつながる。問題はそんなスポーツを応援するメディアが存在しないことである。独立リーグを応援できるのは47NEWSしかない。地域スポーツと47NEWSの存在を結びつける議論も活発になった。(編集長 伴 武澄)

 【写真】広陵を破り初優勝、ガッツポーズの久保のもとに駆け寄る佐賀北ナイン

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2008年06月17日

47NEWS誕生⑫ おでかけは、旬の話題が満載

 47NEWSで、全国各地の旬の話題を伝えるページといえば、おでかけページをおいてほかにない。年末の12月には全国各地でイルミネーションが点灯され、春には菜の花が咲き、桜前線が北上する。各地各様のひな祭りの話題が各社のサイトに掲載される。そんな季節感あふれる話題を集約しているのが「おでかけ」ページだ。

 現在の「おでかけ」ページは最新のおでかけと、ジャンル別の配置になっているが、スタート当初は「特集」コーナーを用意した。以下に特集のキーワードの一部を記す。

2006/12/ 5  白銀は招く
2006/12/ 8  きらめく街角
2006/12/18  ようこそサンタさん
2006/12/25  心清めて
2007/ 1/ 1  初春を楽しむ
2007/ 1/ 8  祈りの伝統
2007/ 1/15  花の春に遊ぶ
2007/ 1/22  寒風美味
2007/ 1/29  氷に笑顔
2007/ 2/ 5  スノーファンタジー
2007/ 2/12  どうぶつ冬物語
2007/ 2/19  お雛さまに会いたくて
2007/ 3/ 5  アートな早春
2007/ 3/12  桜列島、スタート
2007/ 3/26  桜だけが花じゃない!
2007/ 4/ 2  桜模様、北へ
2007/ 4/16  ここにも泳ぐよ、こいのぼり
2007/ 4/23  桜列島、フィナーレ
2007/ 5/ 7  お母さんありがとう
2007/ 5/14  空気がおいしい!
2007/ 5/21  鮮やか、初夏の花々
2007/ 5/28  はねる銀鱗
2007/ 6/11  雨の彩り
2007/ 7/ 2  七夕さまにお願い
2007/ 7/ 9  食べよう!夏野菜
2007/ 7/23  さあ、夏休み!
2007/ 8/ 6  夏だ、祭りだ
2007/ 8/27  果物のめぐみ
2007/ 9/17  初秋の味覚
2007/10/ 1  美のシャワー
2007/10/15  紅葉シーズン到来
2007/10/29  山の幸、里の味
2007/11/ 5  紅葉あざやか!
2007/12/ 3  街角ライトアップ
2007/12/17  メリークリスマス!
2007/12/26  行く年、来る年
(以下省略)

 キーワードはオンラインの会議室で共同のスタッフと新聞社スタッフが議論をしながら多数決で決めてきた--と言いたいところだが、スタート当初から約半年間は河北新報社の目黒淳一さんが主に考案してくれた。(目黒さんありがとう!)

 目黒さんは東北・宮城の新聞記者のため「どうしても西日本の季節の感じが、ちょっと・・・」と話していたが、徳島から“助っ人”として47編集部にきてくれた杉田さんの協力もあり、関西人の私を含めたオヤジ3人がワイワイ談笑しながら特集を運営し続けた。オヤジの手料理みたいな企画ですね(笑)

(元47NEWS編集デスク 畑仲哲雄)

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2008年06月16日

47NEWS誕生⑪ 47は誰のものなのか?

 47NEWSって誰のものなの? いまでも聞かれる質問である。

 全国52社の新聞社が参加(うち49社が出資)する株式会社全国新聞ネット(PNJ)が運営するサイトである。52社のものといって間違いない。だが、サイト運営を委託されているのは共同通信なのだから、共同通信こそが47NEWSを動かしているのだ。

 ともあれ、47NEWSは52社のリンクハブサイトという概念でスタートした。このハブサイトにアクセスを集中させて、リンクから各社サイトに飛ばすことを目的としていた。

 52社の見出しがなければ、リンクを飛ばすことはできない。ただ1日に1000本の記事がクロールされるから、その1000本をただ時系列に並べただけでは、誰も興味を持たない。そんなところから「ホッとニュース」「おでかけ」「撮れたて」が生まれた。

 一方でニュースサイトなのだから、国内外の主要なニュースも不可欠となり、共同通信の「主要ニュース」も盛り込むことが決まった。

 47NEWSがスタートすると共同通信内部から「共同の記事はどこにあるんだ」という不満が多く寄せられるようになった。47NEWSのスタートと併せて、共同通信独自のニュースサイトは閉鎖されたから当然である。http://www.kyodo.co.jp/というサイトは会社案内のページに変質していた。

 47NEWSへのアクセスが順調に伸びていれば、問題はなかったのかもしれないが、スタート直後は別として、サイトへのアクセス数は予想より大幅に下回った。

 知名度のなさはどうしようもないが、47NEWSは当初から決定的なハンデを負っていた。共同通信の記事は2006年7月まではYahooに提供されていたがその後、配信をしなかった。共同通信はその数年前からGoogleニュースのリンクも拒否していた。当初から三重苦を抱えていた。

 つまり、巨大なアクセスを誇るYahooとGoogleと接点を持たない立場からのスタートだった。52社からYahooやGoogleに対して、他人のコンテンツを“横取り”して広告を稼いでいるという批判が強かった。「コンテンツを取られたくない」という立場もあった。

 47NEWSを編集しているデジタル戦略チーム内では、アクセスが集まらない焦りから「地方のニュースだけでは集客できない」「もっと共同の記事を目立たせる必要がある」といった意見も出た。ニュースサイトとして朝毎読のサイトと競争するには共同通信の記事が不可欠だとする考えにはそれなりに説得力があった。

 編集長である私自身もそう考えるようになっていた。2007年6月のリニューアルには共同の記事をもう少し目立たせて、独自のコンテンツもどんどん増やしていかなければらない。編集チーム内ではそんな意見が主流になった。

 結果を先にいうと、共同通信の記事を多少増やしてもアクセスは思うように増えなかったのである。

 流れがもう一度、52社の記事へと戻ったきっかけは6月、7月の高校野球地方大会だった。1日に10万内外のPVしかなかった47NEWSのサイトに高校野球だけで4万、5万PVが集まるようになっていた。

「そうなんだ。読者はテレビでも、ほかでも掲載していない情報を欲しているのだ」(編集長 伴 武澄)

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47NEWS誕生⑩ 「GOHAN」の魅力

 ニュースサイトのなかでもっとも“らしくない”ページはニッポンのGOHANだろう。47NEWSという名前すらなかった時点で、すでに「B級グルメのページは必要だろう」という意見はあった。私も、全国各地のおもしろい料理を紹介するページの必要性を感じていた。でも、独りではどうにもならない。そんなとき「一緒にやろう!」と言ってくれたのが高知新聞メディア局・小笠原雄次だった。

 あれはいつだったろう。47NEWSのコンテンツを討議する会議の準備に忙殺されていた私は、昼ごはんを食べる時間がなかった。会議まで10分あまり。自動販売機コーナーで買った菓子パンを缶コーヒーで流し込んでいた。そこへ会議のために出張してきた高知新聞の小笠原が「昼メシくらい、ちゃんとゆっくり食べなあかんぜ」と笑いながら変な格好をした菓子パンhttp://www.geocities.jp/hidekix1110/boushipan.htmを私にくれた。ニッポンのGOHANは、この瞬間に生まれた。

 帽子パンは、高知県民ならだれでも知っている子供のオヤツだけど、他県ではほとんど知られていない。そんな食品を47都道府県の新聞社スタッフがみんなで紹介すれば、きっとおもしろいページになる。そんな確信のもと、小笠原と私は「ニッポンのGOHAN」の企画に没頭することになった。

 地方紙スタッフの最大の強みは、その地で暮らしているため超ローカルな話題を当たり前のように知っていることだ。その地では、子供からお年寄りまで誰でも知っているフツーの食べものが、県境を越えると「びっくり料理」というケースが少なくない。グルメ雑誌や旅行情報誌に載っているような伝統的な郷土料理や名物料理ではなく、そこの県民が日常的に食べているものこそ、じつは宝の山なのだ。

 個人的に思い出深いのは「ギョロッケ」だ。昨秋、ひょんなことから「佐賀の名物といえば、やっぱギョロッケでしょう」という情報をいただいた。ギョロッケとは、魚のすり身にパン粉をつけてコロッケのように揚げた食べもので、「魚ロッケ」とも表記する。それを佐賀新聞のスタッフに伝えたところ「はぁ~?ギョロッケ?そんなの佐賀じゃフツーすぎ」と執筆を渋られた。地元では「フツー」でも、他県の人には「どんなんやねん」とツッコミを入れてもらえるものこそGOHAN記事にふさわしい。そんなやりとりの末に生まれたのが以下の記事だ。 http://www.47news.jp/topics/b-gourmet/2007/11/post_53.php

 すべての記事が心の込もった書き下ろし。しかも、実際に食べた感想を正直につづられている。広告とのタイアップでもなく、ひも付き企画でもない、直球ど真ん中で勝負するのがGOHANページの魅力といえる。47編集部を離れたいまも、更新が楽しみでならない。
(元47NEWS編集部デスク・畑仲哲雄)

追記 2008年6月16日

 ニッポンのGOHANは新聞社スタッフによる書き下ろしだけではなく、新聞社サイトともコラボレーションしています。その代表格は、河北新報のコミュニティサイト内にある「ニッポンのGOHAN ふらっと」です。
http://flat.kahoku.co.jp/u/gohanht/
 ふらっとのGOHANページには、河北のスタッフが書き下ろした記事(オヤジの料理も!)掲載されています。これがまた読ませるんですよ。

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2008年06月11日

47NEWS誕生⑨ コンテンツが足りない

 47NEWSの編集が一段落すると、「サイトに潤いがない」「コンテンツが少な過ぎる」という批判が出てきた。一方で「毎日、コンテンツを増やしていけ」という過激な意見もあった。そのとき、編集チームはようやく4人になっていた。徳島新聞の杉田氏が加わり、運動部の山崎がスポーツページの充実のため、日々システムチームと打ち合わせを始めていた。

 2月に「デスク日記」は始まっていた。日々の編集活動の中から気づいたことを書き出した。いわゆるブログというやつである。桜のシーズンが近づいていて、4月には統一地方選が迫っていた。とりあえず、47NEWS独自コンテンツとして、この二つにとりかかることになった。

 システムチームの相手は鳥井と横山。ブログ用の汎用ソフトのMovable Typeを使うことなった。サイト作りが一から始まった。ウエブ編集の醍醐味はたぶん、編集とシステムが二人三脚になることだと思っている。編集チームが描くサイトとシステムチームの能力が合致しないときもままあるが、わえわれの要求を瞬時に手直ししてくれるそんな環境が不可欠なのだ。

 編集とシステムが別のフロアにあっては相手の息づかいは分からない。注文書を出して、上司の決済が必要な関係ではウエブづくりは成り立たない。その点で、47NEWSは当初から恵まれた環境にあった。徹夜の作業も日々の良好な人間関係があってのこと。

 さて「ニッポンの桜だより」は3月10日からはじまり、5月15日まで続いた。沖縄のサクラはすでに1月に終わっていたから、ソメイヨシノの開花を追って、列島サクラ模様を掲載した。600枚近いサクラの写真を掲載した後にはそれなりの達成感があった。というより全国のサクラの名所が自然と頭に入ってしまった。そんな余禄もあった。アクセスは大してなかったが、列島サクラのアーカイブとして47NEWSにとっては貴重な財産になるだろう。(編集長 伴 武澄)

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47NEWS誕生⑧ 見出しを変える

 ウエブニュースの命は見出しだ。ヤフートピックスは読者の目をひくキャッチーな見出しづくりに膨大な人材を投入している。

 通信社も全国52紙も見出しは新聞用のままで、保守的なのだ。長いし、おもしろくない。1年半、人間クロールをしていて気づいた最長の見出しは「57文字」。2行、3行にわたるものも珍しくないのだ。これではいい記事でもクリックしてもらえない。

 47NEWS編集チームが見出しを勝手に書き換えることには大きな議論があった。そもそも、われわれが、人間クロールをして52紙の記事を“選別”することに対しても「共同通信はわれわれの記事を添削するのか」という反論もあった。

 47NEWSとして「できること」「できないこと」という信頼関係の根源に抵触するような判断を求められたのは、コンテンツ作業部会の席上だった。「記事添削」発言もそこであった。会議が一瞬フリーズしそうになったとき。S社とN社から手が上がった。

「47NEWSに変えてもらうならうちの社は問題ありません」
「この間、変えてもらった見出しは社内でも話題になった。感謝している」

 S社とN社の発言で会場の雰囲気は一転した。

「元記事の見出しがいじくられるわけではない」
「誘導するための見出しと考えれば問題ない」

 結果的に見出しの変更は47編集チームに委ねられることになった。

 (編集長 伴 武澄)

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47NEWS誕生⑦ クリオネ

 ニュースのなかった1月23日、人間クロールをしていると奇妙な海の生物の写真と出合った。北海道新聞にはかわいいクリオネ、静岡新聞は深海魚ラブカ。何もないときは写真で楽しんでもらおう。そう決断してこういう「主要ニュース」もあることを示した。

kurione.jpg

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47NEWS誕生⑥ 県境を越える

 2007月1月のコンテンツ作業部会で47NEWSの編集方針の提示を求められた。1週間考えた末の4項目は下記の通りとなった。

 ①県境を越える
 ②時節感を重視
 ③地域からの発信
 ④楽しさも加味

 主要ニュースの編集作業についても以下のように定めた。

 ▼主要記事の固定と解除 重要ニュース、季節感、その日のテーマ
 ▼共同記事から地方紙への張り替え 朝夕刊チェック、発生もの、加盟紙からの連絡
 ▼地方紙記事の発掘 朝刊トップ報告、参加社サイトの人間クロール、売り込み、他メディアチェック

 1月は二つの大きな特ダネがあった。
 1月4日「北国銀行がATM完全無料化」【北國新聞】
 1月5日「銀閣寺、銀箔なかった」【京都新聞】

 北國新聞が報じたのは、石川県内の地銀、第二地銀、信金のATMを24時間、365日無料とするニュースだった。郵貯バンクの民営化の攻勢に対抗して地域の銀行がタッグを組むという話である。後日談として、福井、石川、富山の北陸3県がATM開放に対して全国的にみても2歩3歩前を行っていることが明らかになった。

 東京に本店を置くメガバンクの首脳が読んだら目をむくはずのニュースがこのまま石川県内で埋もれてはならないという問題意識もあった。本来ならば、大手紙の金沢支局員が後追いしなければならないニュースだが、たぶん県版ニュースとして埋もれて、県境を越えることはなかったのだろうと想像している。

 京都新聞の銀閣寺に銀箔はなかったとする記事も一級のニュースだったが、なぜかNHKは翌日午後7時のニュースでようやく報じた。不思議なことに大手紙も7日朝刊と、まる1日半遅れた。東京に本社を置く大手メディアが地方のニュースを軽視したケースでもある。

 そうならば、47NEWSがニュースの目利きとして、全国にいち早く“報道”しなければならない。47NEWSの将来性を確信した日でもあった。(編集長 伴 武澄)

gginkaku.JPG

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47NEWS誕生⑤ コペルニクス的転換

 1月23日、共同通信内部向けに書いたレポートがある。「コペルニクス的転換」である。後にも先にも、社内限定のレポートはこの1回だけである。もうそろそろ公表してもいい時期だ。

 コペルニクス的転換

2007年1月23日
デジタル戦略チーム 伴 武澄

 いま、加盟紙の中でコペルニクス的転換が起きている。47NEWSの編集に携わって1カ月、そんな興奮を味わっている。編集の仲間はもちろん新聞社の一部の人たちとはすでに同じ思いを共有しているのではないかと思っている。

 新聞社の一部ではサイト運営を通じて、朝刊夕刊の締め切り時間を意識した編集から、全国紙サイトとの競争的編集に大きく舵を切り始めている。つまり速報重視である。

 この1カ月、多くの全国ニュースを発信してきたのは宮崎日日新聞であることは多くの仲間は同意してもらえると思う。前知事の逮捕から、そのまんま東知事誕生までの出来事はひとつの歴史的ドラマである。鳥インフルエンザ感染というニュースもあった。全国の目が宮崎という地に注がれたのである。

 宮崎日日の報道はこの間、スピードと量において速報を重視してきた共同はおろか全国紙をも完全に凌駕してきた。それは宮崎日日のウェブサイトにおいて立証されている。

 同じようなことが、多くの地方紙のウェブサイトで起きてしまった。北海道北見市のガス漏れ事故、秋田空港での大韓航空機の誤認着陸、山形県での小5首つり事件、新潟・ガーラ野沢でゴンドラ停止事故、志賀高原でのスノボ客6人未明に無事救出、神戸のカラオケ火災、高校駅伝での各県の活躍。そのすべてで加盟紙から47NEWS編集に対して“速報”があった。

 大事件・事故が起きたらこれまで速報体制をとっていなかった新聞社でもたぶん、今後同じようなことが起きるのだろうと想像している。宮崎日日のウェブサイトでできたことをなぜわれわれができないのか。そんな議論が全国で起きることはもはや避けられない情勢であろう。

 「新聞を配り終わるまでウェブサイトに記事を載せるな」。これまで多くの新聞社であった常識があった。新聞社がその壁を乗り越えたのか、あるいはいつの間にか壁が自然崩壊していたのか分からない。現実問題として壁は意識されないほど低くなってきている。コペルニクス的、といったのはそういうことである。(編集長 伴 武澄)

sonamama.JPG

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47NEWS誕生④ ゆず湯

yuzu1.JPG 2006年12月21日、人間クロールをしていてゆず湯の写真が多いのに気づいた。そうだ。きょうは冬至なのだ。

 季節感もなくページづくりをしていたことに猛省する一方で、たくさんのゆず湯の写真をひとつのページに掲載できないか考えた。素材がふんだんにある52社である。人間クロールを始めれば、誰でも気づくことなのだ。多少のhtmlの知識はあったから、ゆず湯の写真を20枚ほど並べてみた。

「おーいい感じだ」。
「それにしてもこの写真は色っぽいね」。
「これならクリックしたくなる」。

 システムチームに疑問をぶつけたが、現在の入力システムでは想定していなかったようだ。

yuzu2.JPG せっかく新しい発想で47NEWSをスタートさせたのに、自由にページをつくれないのではコンテンツの拡充などできない。47NEWSはスタートする前からそんな悩みを抱えた。

 ゆず湯写真特集は実現しなかったが、1ヵ月後に開かれた全参加新聞社の編集担当者が集まるコンテンツ作業部会でも将来、こんなことをしたいと訴えた。2月に入ってシステムチームの鳥井と横山が、Movable Typeという汎用ブログソフトを使って「デスク日記」をつくってくれた。とりあえず、47NEWSから独自コンテンツを発信できるようになった。


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47NEWS誕生③ 人間クロール

 47NEWSは全国47都道府県にある新聞社49社が出資する株式会社全国新聞ネット(PNJ=林憲一郎社長)が運営するサイトである。出資していない社も含めて52の新聞社が参加している。共同通信社は社団法人であるため出資していない。勘違いをしてはいけない。共同通信のサイトではないのだが、PNJには正社員がいないので、サイトの運営をまるごと共同通信のデジタル戦略チームに業務委託している。

 デジタル戦略チームがある汐留のメディアタワー7階に伴がやってきたのは、サイトがスタートする3週間前の12月1日。当時、唯一の編集部員としてサイトの構想論議にも加わっていた畑仲に聞いた。

「俺は何をすればいいんだ」
「そんなこと自分で考えてください」

 ぶっきらぼうな対応だったが、不思議と頭にこなかった。畑仲は52社の仲間と2年近くにわたって議論を続けてきて、できること、できないことを知り尽くしていた。52人も船頭がいれば、まとまるものもまとまらない。そんな苦悩の中からようやく47NEWSという概念を生み出していた。

 決まっていたのは、52社の記事をクロールして県別に表示することと、ホッとニュース、おでかけ、撮れたてを各社が毎日入力することだけだった。

 なるほど、これから真っ白なキャンバスにみんなで絵を描いていくんだ。頭の中をそう整理するとすっきりした。

 主要ニュースは共同通信の記事が時系列で並ぶのだが、入力画面から、重要なニュースを手入力で差し込んだり、トップニュースを固定することだけはできるようになっていた。

 地方紙の記事を一つのサイトに盛り込むことができたら面白いページができるのに。10年前から漠然とそんなことを考えていた。まさか自分がその役割を担うことになるとは思っても見なかった。当時チームリーダーだった中川から声がかかったときは正直嬉しかった。

 共同も悪くない会社だ。自分が考えていたことを実現させる部署にちゃんとつけてくれた。そんな思いでデジタル戦略チームにやってきたのだが、さて自分に何ができるか。畑仲とたった二人で何ができるか。毎日デスクに座って、考えた。

 52社のサイトを毎日眺めているとおもしろい記事だけではない。ひょっとすると大手紙が見逃している地方からの発想が多くあることに気づいた。キーワードは「地方からの発信」。そう決めて、畑仲に相談した。

「52紙のサイトを毎日、はしから読んでニュースを選び、主要ニュースに入れようよ」
「えー、52紙全部、毎日ですか」
「そうだ。あるんだよ。けっこう」
「僕も気づいていますが、2人しかいないんですよ」
「そこなのだ。だけど47NEWSを差別化するには地方紙のコンテンツしかないと・・・」
「やりましょう。やってみましょう」
「ありがとう。無理はしなくていい。日に5本とかでいい。読者になるほどといわせるものを選んでほしい」

 これで決まった。47NEWSは52紙のサイトから日々1000本の記事を機械的に持ってきている。これをクロールという。われわれがこれからやるのは「人間クロール」なのだ。人間がコンピューターの代わりにサイトを隅から隅まで探すのだ。

「畑仲、おもしろくやろう。テーマは“驚き”と“怒り”だ。そして議論しよう」
 横でわれわれの会話を聞いていた中川は大きくうなずいた。
(編集長 伴 武澄)

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47NEWS誕生② もったいないカレンダー

「『もったいないカレンダー』が完成」は12月24日、47NEWSスタートの日に掲載された。翌日、出社したシステム責任者の鈴木維一郎が開口一番。「もったいないカレンダーの記事よかったね。うちのかみさんがね。読んでしきりに感動してるんだよ」。

「おー、そうか。やっぱり感じるものは同じなんだ」

 そのころ、「ホッとニュース」はサイトトップ画面の左上を占拠していた。地図上の最新記事が表示され、その下に最新のホッとニュースが10本並仕組みになっていた。当然、47NEWSが一番読ませたいコンテンツだったのだ。

 一番目立つところにあったため、52社による場所取り合戦が始まっていた。入力時間通りに順次掲載されるため、「何時ごろ入力すれば、表示時間が一番長くなる」など各社で研究をしていた。というより競争をしていた。

 「もったいないカレンダー」が完成 【福島民友新聞】

mottainai.jpg 福島県が本年度初めて実施した「もったいない50の実践」絵画コンクールの入賞作品を使用した「もったいない50の実践カレンダー」が23日までに完成した。

 県は3月に策定した「県循環型社会推進計画」で、日常生活の中で循環型社会の形成につながる活動、行為を「もったいない50の実践」として例示。さらに この50の実践をテーマに県内の小、中学生から絵画を募集し、最優秀賞1点、優秀賞3点、入選46点を選んだ。

 カレンダーには、1週ずつ1作品を紹介し、絵の内容に沿った実践例の言葉も併せて記している。県循環型社会推進グループは「カレンダーを通じ、日常生活 で『もったいない』の意識を呼び起こし、自発的な行動を起こす動機付けにしてもらえれば」としている。

 カレンダーは絵画コンクールの入賞者や応募校、県内各市町村、商工団体、環境活動に取り組む各団体に配布される。(2006年12月24日 福島民友ニュース)

 【写真】絵画コンクールの入選作品を使用して制作されたカレンダー

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47NEWS誕生① ホッとニュース

 47NEWSが誕生したのは2006年12月24日。全国52社の新聞社と共同通信の共同事業としてスタートした。「52社の新聞社サイトにアクセスを誘引させるためのリンクハブサイトをつくる」という目的のため、議論が重ねられ、各社サイトを定期的にクロールして記事を47NEWSのサイトに集めて、一覧表示させることになった。

 全国ニュースや海外ニュースは共同通信が提供している「ニュースパック」を活用し、52社が発信する地方のニュースと共存させることも決まった。

 それだけでは魅力的なサイトはできないとさらに知恵を絞った。その結果、生まれたのが「ホッとニュース」「おでかけ」「撮れたて」の3つのコンテンツだ。ホッとニュースはその日の紙面から編集者が選ぶ「ヘェー!ほんと?なるほど、ほろり」とさせる自慢の記事という設定だった。

 「撮れたて」は字のごとくその日の一押し写真。「おでかけ」はちょっとした旅をしたい人たちのためのローカルな情報。博物館や美術館などの催しから、祭り、味わう、くつろぐなどいくつかのジャンルに分けて列島を楽しんでもらおうという魂胆である。

 12月24日のスタートを控えて、12月1日から52社と共同のニュース入力が実際に始まった。それぞれのニュースを1本ずつ確認しながら、「けっこうおもろいニュースがあるやんか」というのが、われわれの共通の“驚き”だった。

 ホッとニュースでは、福島民友新聞の「もったいないカレンダー」が完成」、高知新聞の「『言えなかったごめんなさい』が本に」などは内容見出しとも秀逸で、今でも思い出す。

 こんなニュースを毎日、掲載していけば、必ずアクセスが集まる。といっても編集チームはたった4人。一人は徳島新聞から応援の杉田さん。もう一人はスポーツ担当の山崎さん。われわれは新しいサイト誕生にわくわくした日々を送った。夜と休日は伴と畑仲が電話転送して、不測の事態に対応することになった。(編集長 伴 武澄)

 「言えなかったごめんなさい」が本に 南国市後免町 【高知新聞】

clip_image001.jpg 南国市後免町の「ごめん町まちづくり委員会」(西村太利会長)が毎年実施している「ハガキでごめんなさい全国コンクール」の応募作が1冊の本「言えなかったごめんなさい」にまとめられ15日、東京の出版社から全国発売される。家族や友人らにあてた数々の「ごめんなさい」が共感を呼ぶ内容になっている。

 コンクールは、少年時代を後免町で過ごした漫画家、やなせたかしさんの提案を受け、15年にスタート。言いそびれた「ごめんなさい」を募るユニークな取り組みとして注目を集め、過去3回で全国各地から計7337通の応募があった。

 これに注目した大手出版社から書籍化の話が相次いでいた。今年に入り同委員会は、竹書房(東京)に出版を依頼。同社が同委員会のアドバイスを受けながら全応募作を精読し、131通を厳選した。
144ページで、応募はがきをそのまま収録した作品もある。多くの人の人生感や感謝の気持ちが込められ、メッセージ性の強い1冊に仕上がっている。

 同委員会の徳久衛・副会長は「自分の人生を振り返り、共感できるものがたくさんあると思う。素直な、優しい心になってもらえれば」と話している。県内の書店でも近く、取り扱いを始める。

 【写真説明】「言えなかったごめんなさい」を手にするまちづくり委員会の関係者(南国市後免町1丁目)

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2008年06月04日

1週間連続でランク1位の日本海新聞の記事

 5月27日に47NEWSにアップした「部活もできない-JR新ダイヤに苦情殺到」(日本海新聞)が4日現在でも記事ランキングのトップ。1週間経ってもトップの座を譲らない。47NEWSがリアルタイムのランキングを開始してから約1カ月、“特異”な現象が続いている。

 http://www.nnn.co.jp/news/080527/20080527001.html

 ここらの事情を新日本海新聞社の47NEWS担当者に電話して聞いてみた。47NEWSのページビュー(PV)や訪問者(UU)の急増に編集チームは沸いているが、47NEWSの本来の使命は参加社のサイトへの誘導。この記事の47からの誘導はすでに5万に迫ろうとしている。win-winの関係がどんどん広がればさらに嬉しいことになる。

 Q 47NEWSのランキングでここ1週間トップをキープしているのご存知ですか。
 「もちろん知ってます。いやー、すごいアクセスで喜んでおります。47NEWSのおかげです。この記事を書いた報道部の記者も意外な反響にびっくりしています」

 Q アクセスのデータを差し支えない範囲で教えてくださいますか。
 「サイトトラッカーで調べると、サイトにアップした5月27日から2、3日はUUが1万に達し、PVも初日が1万2600と高水準でした。6月に入ってからも1日はUU=4400、PV=5800、2日はUU=5400、PV=6400PV、3日はUU=5600、PV=6700と衰えを見せていません」

 Q 47NEWSのサイトトラッカーを見ると、昨日6月3日のジャンプ数は5800でしたよ。
 「ああ、やっぱり47NEWSからのジャンプが大半を占めているわけですね。47NEWSが月間1000万PV時代に入った効果もありますね」

 Q 鉄道オタクが彼らのサイトでも話題にしているらしいですね。
 「そうでしょうね。報道部にもあたって確認できるか聞いてみます」

 Q 紙面ではどんな扱いだったんですか。
 「社会面ではなく地域面のトップでした」

 Q JR西日本側にダイヤ見直しの動きとかなにか続報はないんでしょうか。
 「それも報道部に聞いてみます」
 「とにかく1本の記事にこれほどアクセスが殺到するのはヤフーに載って数万PVになったとき以来です」

 いい話だと思い、みなさんにお知らせしました。(林憲一郎)

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