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2007年07月30日
“勝利宣言”なき民主の参院選大勝
29日の投開票日の参院選で民主党が自民党を圧倒し、参院第一党に躍り出た。すわ、政局かと思わせる展開に本来なら心躍るのが記者の本性なのだが、どうもおかしい。変化への期待感が一向に沸いて来ない。
なぜなのか、昨夜来考えている。民主党候補の当確が次々と出る中で、自民党本部は沈みきったままだった。安倍晋三首相の苦渋の表情が何度もテレビに映し出され、中川幹事長は早々と首相に辞意を表明した。青木参院会長も辞任の意向を伝えた。
誰もが首相の責任問題を考えた。安倍首相は今回の参院選について、「民主党の小沢を選ぶのか、自民党の安倍を選ぶのか」と国民に訴えた。国民の答えは「安倍ノー」だった。にもかかわらず、安倍首相は昨夜早々と“続投”を表明した。国民には分からない展開が始まった。
安倍首相はその後のテレビのインタビューでも「首相としての責任を果たす」と重ねて続投を強調した。枡添参院議員が安倍首相の続投発言を批判したが、自民党はなぜか沈黙したまま。党内で政治責任を問う人はだれもいない。まずここらが不思議だ。
一方、小沢代表は「戦いに敗れたら政治生命を絶つ」と自ら退路を断ってこの参院選に臨んだ。なにもそこまで言わなくともと思ったが、その政治姿勢に拍手を送った国民も少なくなかったはずだ。本来ならば、戦いに大敗しても「続投」を繰り返す安倍首相と好対照となって小沢代表の株が急上昇するはずだった。
しかし、勝どきを上げるはずの民主党の大将が昨夜来、不明なのだ。テレビ出演はおろか、体調不調を理由にコメントさえ出していない。代わりに菅代表代行と鳩山幹事長がマスコミの対応に当たった。
小沢代表は政権交代を呼びかけて参院選を戦ったのではなかったのか。選挙に大勝した後、どうやって自民党を追い詰めていくのか。国民はその雄たけびを聞くチャンスを失った。体調が悪いのは本当かもしれないが、短時間でも国民の前で「選挙の成果と今後の抱負」を語るのは公党トップの責任だと思う。(紫竹庵人)
なぜ小沢代表は沈黙するのか。民主党を応援した多くの国民は大いに不満に思っているはずだ。勝利宣言のない、こんな選挙は見たこともないし、聞いたこともない。
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2007年07月27日
選挙のあるべき姿とは?

残りあと2日。投票日を 29日に控え、各陣営は最後の追いこみに必死だ。このまま民主が勢いを維持するか、はたまた自民が盛り返すか。泣いても笑ってもあと2日だ。
今回の参院選、 12年に1 度の「亥年選挙」。春の統一地方選で各種団体が疲弊し、投票が下がるといわれている。しかし、47ニュース参加紙の選挙関連記事を見てみると、各地で期日前投票の利用が前回に比べ増えている。討論会も盛況のようだ。年金記録不備や政治とカネの問題など、有権者の関心の高さが伺える。
選挙への関心が高いというのは歓迎すべきことだが、もう少し翻ってみて選挙のありようそのものを考える機会を持ってもいいのではないだろうか。現在、東京渋谷の「シアター・イメージフォーラム」でいいきっかけを与えてくれる映画が公開されている。その名も『選挙』。すでに多くのメディアで紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれない。
東京でコイン切手商を営む「山さん」こと山内和彦氏が、2005年に行われた神奈川県の川崎市議選に自民党公認候補として出馬。政治の素人、山さんが自民党得意のどぶ板選挙に悪戦苦闘する姿を描いた「選挙観察ドキュメンタリー」である。監督はニューヨークを拠点に活動している気鋭の映画作家、想田和弘氏だ。大学で同窓の山さんが立候補すると聞いて「面白いことがおきる」と直感したという。日本の選挙風景の“異様さ”を、街のざわめきの中に淡々と描くことでシニカルに伝えている。
駅前での街頭演説や選挙カー。私たち日本人は、ありふれた光景として普段気にも留めないが、こうしてカメラレンズを通してじっくり見せられると苦笑するしかない。
彼の口から繰り返される言葉は「やまうちかずひこ」と「小泉改革」だけだ。選挙カーでは妻さゆりさんが、「政治の世界では『妻』でなく『家内』だ」と教えられながら慣れないマイクを握る。しまいには電柱にお辞儀、カーネルサンダースに握手を求める!?具体的な政策は話さずとにかく名前を連呼し、妻との二人三脚をアピールする。そして組織票。これが選挙戦略だ。
日本は諸外国と比べると選挙に関する規制がかなり厳しい。ホームページの更新、メールの返信も選挙期間中はできなくなる。選挙運動の方法・手段が細かく制限される現状では、難しい政策を訴えるより、とにかく名前を覚えてもらう、人柄を強調するという方法論に傾いてしまう。
ドイツでは騒音を振りまきながら街の中を疾走すれば、有権者のひんしゅくを買って逆効果だという話を聞いたことがある。誰もいない団地に向かって手を振りお辞儀をする姿に、上映されたベルリン国際映画祭の会場は爆笑に包まれたという。外から見れば、ナンセンスなのだろう。
私は爆笑なんてできなかった。この滑稽さは、今までの日本の政治風土のたまものであり、それは日本人一人ひとりの考え方から生まれたものだからだ。自分の情けない姿を見られ羞恥心をごまかす苦笑いを浮かべる、そんな感覚を覚えた。
有権者との距離を縮める創意工夫が必要だと思う。アメリカでは、民主党の大統領候補者に動画投稿サイト「YouTube」を利用して市民が質問するという討論会が行われ、好評を博した。同党幹部は「今日のスターは質問した人々だ」と語った。
一方、日本には「無党派は眠っていて」と平気で口にする政治家がいる。そんな有権者無視の発言を耳にするとき、私は暗澹たる思いに襲われるのだが、みなさんはどうお考えでしょう。(肉きゅう)
・映画『選挙』HP(http://www.laboratoryx.us/campaignjp/)
・想田和弘監督のブログ(http://documentary-campaign.blogspot.com/)
・山さんブログ(http://senkyo-yama.seesaa.net/)
・47ニュース参議院選挙特集ページ(http://www.47news.jp/topics/saninsenkyo/)
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2007年07月26日
高くても売れるかもしれない日本のコメ
中国での日本のコメの本格販売が始まった。北京発の共同電がきょう伝えている。北京と上海での限定発売なのだが、先の温家宝首相の訪日で決まった措置である。おいしいといっても国際的に“法外”に高い日本のコメが中国で受け入れられるのか。
いくらで販売するのかと思っていたら、コシヒカリが2キロ約3200円というから日本での小売価格の2倍以上。これは法外というしかない。それでも小生は日本のコメはけっこう売れるのではないかと思っている。まず第一にたくさんお金を持っている駐在日本人が数十万人いるという現実に加えて、ニッポン=高品質のイメージをもってくれている中国人も少なくないからだ。
「たくでは日本のコメを常食してますの!」なんて会話が富裕層ではやりそうな気もするのだ。
以前、農水省を担当していたとき、日本のコメ市場が開放された。1995年のことである。ガット・ウルグアイ・ラウンドの合意で最終的に決断を迫られた経緯がある。その年は作況指数が60%台という凶作でコメ不足騒動も起きた。
そのときに考えたのは、日本のコメと海外のライスが同じものと考えるからおかしくなるということだ。別の食べ物と考えれば、「瑞穂の国」だから日本のコメ市場は守らなければならないなどという意味不明の議論をしなくて済む。そう思ったがだれも賛同してくれなかった。
かつて台湾の中華航空が羽田空港の国際線を独占していたことがあった。空港のみやげ物売り場で人気だったのが、夏の水蜜桃と巨峰、秋のリンゴとカキだった。一袋5000円前後のものが次々と台湾人のみやげ物として売れていた。
台湾の人々にとって日本の果物は日本橋の千疋屋で贈答用の果物を買う感覚に似ているのだろうと考えた。価格は関係ない。ブランド品なのだ。みなさんどう考えますか。
日本のコメ、販売再開 富裕層狙い北京と上海で
【北京26日共同】中国への輸出が約4年ぶりに再開された日本産のコメの販売が26日、北京と上海の2大消費地で始まった。値段は中国産のブランド米と比べて10倍程度高いが、中国のコメ消費量は年間約1億3000万トンとされ、日本側は富裕層への売り込みを足掛かりに巨大市場への浸透を図りたい考えだ。
北京市内の高級百貨店やイトーヨーカ堂の店舗では同日、赤城徳彦農相ら日本政府関係者も参加して販売開始セレモニーを開催。中国産の食品の安全性に不安が広がる中、高級米のイメージを積極的にアピールしていく方針。
輸出再開の第1便となったのは、新潟県産コシヒカリと宮城県産ひとめぼれの計24トン。日本側によると、小売価格はコシヒカリが2キロ当たり198元(約3200円)、ひとめぼれが同188元(約3000円)。(共同通信)
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2007年07月23日
試されているのは大人

「experimentを和訳しなさい」
これは、私が高校1年の時に出されたテストの問題である。ただし、英語ではない、生物のテストだ。
私のクラスの生物を担当したM先生は、植物の紅葉について高校教師をしながら研究し、その筋ではとても有名な先生だった。当時も大学と共同研究し、その研究結果、学会での模様を授業中に私たちに発表していた。自らが現役の研究者だからこそ英語の重要性を強調していた。
なんとも印象的だったのは、毎回の授業冒頭、科学雑誌「ネイチャー」の切抜きのコピーを全員に配り、最新の科学事情を解説してくれたことだ。多くの場合30~40分と話が続き、時には政治談議、社会批評へと話が及ぶ。教科書を開いて授業をした記憶がほとんどない。「教科書に書いてある事は、読めばわかるから自分でやっとけ」。これが先生の口癖である。
私は文系の道を進んだが、眼光紙背に徹するような先生の目力は今でも記憶に残っている。教科書のような小さなキャンバスでは描ききれない、より大きな世界の存在を示し、学問の面白さ、奥深さを感じさせてくれた。私が考える理想の教師像の原型としてM先生がある。
4月に足立区で実施された学力テストをめぐり不正があった。ある小学校で学校成績を上げるためか、障害のある生徒3人の結果を除外していた。誤答している生徒に教師が正答を指で示していたことも明らかになった。
このような学校、教師に囲まれた生徒が不憫でならない。学力のみの物差しで測られ、さらにその学力でさえ、大人の事情で歪められる。これでは教師への不信だけが募り、学問への好奇心などは失ってしまうだろう。教育現場への過度な競争原理の持ち込み、その害毒がもろにあらわれているのではないだろうか。
今春、43年ぶりに全国学力テストが行われた。ここで試されているのは大人の見識、教養なのかもしれない。(肉きゅう)
・学校ぐるみの不正認める 学力テストで足立区教委公表【共同通信】
・足立区の学力テストで不正 答案指さし、間違い指摘【共同通信】
・43年ぶり全国学力テスト>【共同通信】
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2007年07月20日
47NEWS初の投稿写真

東北新幹線一時ストップ 線路にいた人はねる
20日午後1時55分ごろ、東京発新潟行き上越新幹線とき325号が、上野―大宮駅間のさいたま市中央区上落合2丁目で線路内にいた男性をはね、東北、上越、長野の各新幹線が一時全線で運転を見合わせた。男性は死亡、乗客約670人にけがはなかったという。
共同通信の速報は午後2時35分。一報は3時25分。本記がまだ出稿されるまえの4時すぎ、47NEWSの読者から現場写真を添付したメールが届いた。わが編集チームが手にする初の読者提供写真だ。近くのマンションから撮影したショットは東北新幹線の先端部分に現場検証するJR職員らの姿がとらえられていた。
編集チームは沸いた。共同通信の編集局写真部には写真はない。当然、47ニュース「TOP」への掲載が決まった。47編集チームはメールの差出人に「感謝」メールを送るとともに、撮影時間と撮影場所を教えてもらえるよう要請した。報道写真でこの二つの要素は必須なのだ。ほとんどチャット状態で相手方と何回かメールを交換して、「信頼がおけるメディアさんだと改めて認識しました」という返事をもらった。
今日は「47ニュース記念日」となった。(紫竹庵人)
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2007年07月12日
頭痛ならぬ、頭音(あたまおと)
個人的な雑談で恐縮ですが、ある歌がわたしの頭から消えてくれずに困っています。
鼓膜が振動して聞こえてくる歌ではありません。それは意識下でエンドレスに再生されるもので、幻覚に近いものかもしれません(ちと怖い)。わたしとしては、一刻も早く意識の隅に追いやりたいのですが、意識すればするほどボリュームは大きくなってしまいます。なるべく考えないようにしようとして、単純作業に没頭したりしても、ふと気が付くと、鼻歌まじりにその歌を口ずさんでいたりして、愕然とさせられること何度かありました。
頭痛は鎮痛剤を飲めば済みますが、頭音を消してくれる妙薬はありません。痛みはないため、害はそれほどなさそうです。でも、嫌いな音楽や声がのべつまくなしに流れてくると、さすがに疲れてしまいます。深刻な顔をして病院にいき、「頭の中の音を消してください」と相談することもできない状態は、楽ではありません。
今回、わたしの頭の中で鳴りやまないのは、演歌歌手の村木謙吉さんが歌う「おやじの海」(作詞作曲:佐義達雄、1972)です。けっこうヒットした曲だそうですが、個人的には思い入れがあるわけではありません。好みの曲でもありません。にもかかわらず、あの「ヨイショ、ヨイショ♪」という掛け声が頭の隅でこだまして、やがて着流し姿の村木さんがシブい声で歌い始めるのです。
小じゃれたフランス料理を食べているときも頭の片隅で「ヨイショ…ヨイショ…♪」。包丁でタマネギをスライスしているときも、満員電車ですし詰めでになっているときも、どこからともなく「ヨイショ…ヨイショ…♪」。深夜、映画『ティファニーで朝食を』を見て、オードリー・ヘプバーンは可愛いなあと見惚れているときも、頭の片隅に村木さんが現れて、「海はよぉ~♪」・・・・。他人からみれば滑稽でしょうね。
せっかくなので、過去に、数日~数ヶ月間にわたってわたしを悩ませてくれた頭音をリストアップします。これでわたしの年代や生育環境がある程度わかりますね。(あかん、思い出してしもた!)
『世界の国からこんにちは』(歌:三波春夫、作詞:島田陽子、作曲:中村八大。大阪万博のテーマ曲)
『ドンパン節』(秋田県中仙地域の民謡)
『妖怪人間ベム』(歌:ザ・ブレッスンフォー:作詞:第一動画、作曲:田中正史、編曲:高橋五郎)
『プレイガール』(作曲:山下毅雄。70年代テレビドラマのテーマ曲)
『サムバディ・ストール・マイ・ギャル』(作曲:Leo Wood、吉本新喜劇がオープニング曲に採用)
『パルナスの歌』(歌:中村メイコとボニージャックス。60~70年代に一世を風靡した関西の洋菓子メーカーのCM曲)
『南海ホークスの歌』(歌:灰田勝彦、作詞:佐伯孝夫、作曲:佐々木俊一)
『新世紀エヴァンゲリオン』の中にある「ASUKA STRIKES!」(NEON GENESIS EVANGELION [Soundtrack] )
『太陽がくれた季節』(歌・作詞・作曲:青い三角定規)
・・・・ハチャメチャですね。頭音になる楽曲や歌が、かならずしも好きなものではないというあたりに、この現象を解く鍵がありそうです。わたし自身、なんの脈絡もなく頭音が聞こえてくるのですが、じつは無意識下に何らかの刺激を受け取っていて、頭音はそうした刺激に対するリアクションかも知れませんね。
みなさんには、どんな頭音がありますか? (あんけらそ)
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2007年07月11日
猫の博物館
青く広い海、緑深い高原、疲れを癒す温泉、東京から近い…。そんなキャッチフレーズが当てはまる場所として、伊豆を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。私も幼い頃、両親がよく連れて行ってくれたので、他の観光地とは違う愛着をそれとなく感じます。
そんな伊豆に「猫の博物館」という博物館があります。先日ちょっと遊びに行ってきました。場所は伊東から国道135号を南へ走り伊豆高原駅付近で右折。少し奥まった静かな別荘地の一角といったところです。詳細はこちら。

【写真左】門の上に飾られているネコのマークがかわいいです。
【写真右】玄関先のしょんべん小猫(!?)が出迎えてくれます。
まったく飾り気のない外観で、巨大な招き猫が受付の隣りにあったり、なんかイヤな予感がしますがとにかく入ってみます。
私はいきなり「うぉぉ~!」と唸ってしまいました。何体ものトラがつめを研ぎ牙をむく姿が目に飛び込んできます。その迫力に気を取られたままふっと横を向くと、至近距離で冷たくこちらを見据えるオスライオンが。ちょっと腰をぬかしました。館内は薄暗く完全におどかしてやろうという意図を感じます。まんまとはまってしまいました。

トラの9亜種(人によって分け方が違うらしい)のうち8亜種の剥製があり、80年代に絶滅したジャワトラの頭骨標本があります。この標本は日本に1つしかないかなり貴重なもの。右のライオンに腰を抜かしました。
建物は2階建てで1階ではあらゆるネコ科動物の剥製、骨格標本を見ることができ、2階では世界のイエネコ約30種50匹とたわむれることができます。見どころは当然、剥製群だと私は思ったのですが、他のお客さんはそそくさと2階へ上がっていってしまいました。
1階はトラのコーナーの他に、アフリカ、北米、南米、東南アジア、旧世界と5地域別にそこに棲むネコ類の剥製がリアルなジオラマとともに展示されています。体つきや模様にあらわれる生息環境の違いが一目瞭然です。
さらにここには、古代に絶滅したネコ類の貴重な化石や復元標本もあります。4000~3700万年前に出現したディニクティス、長く鋭い剣歯をもったサーベルタイガー、2000年前頃に絶滅した史上最大のケーブライオンと、ネコ科動物の進化の歴史を文字で読むだけでなく、精緻な復元標本を前に目で追うことができます。ケーブライオンの全身骨格標本は大英博物館など世界に数体で、国宝級とのことです。

【写真左】(中央)ケーブライオン (右)サーベルタイガー (左)ディニクティス
【写真右】ケーブライオンの全身骨格
2階のふれあいコーナーも含め、気づいたら1時間半以上経っていました。国宝級のお宝を見ることができ、下調べしなかった分いっそう楽しく過ごすことができました。帰り、あまり広くない建物を一周しながら、全国津々浦々にあるであろう隠れ家的な博物館を見て回りたいなぁと夢想しつつ、休日を有意義に過ごせたことをネコに感謝。(肉きゅう)
・猫の博物館HP(http://nekohaku.pandora.nu/index.htm)
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イチロー、日本勢初本塁打 史上初のランニング弾 そしてMⅤP
【サンフランシスコ10日共同】米大リーグの第78回オールスター戦は10日(日本時間11日午前)、サンフランシスコにあるジャイアンツの本拠地AT&Tパークで行われ、ファン投票で7度目出場となったマリナーズのイチロー外野手=本名鈴木一朗=が、大リーグ球宴史上初のランニング本塁打を放った。日本選手の本塁打も初めて。試合は5―4でア・リーグが勝ち、イチローはMⅤPに選ばれた。
ア・リーグの「1番・中堅」で先発したイチローは1点を追う5回一死一塁の第3打席でクリス・ヤング投手(パドレス)から右越えに大飛球を放ち、俊足を生かし一気に本塁にかえった。1回は右前打し、3回は左前打を放ち、3打数3安打2打点の大活躍。複数安打も日本選手初で、5回裏の守備から退いた。
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打った!!
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走った!! |
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ホームイン! |
| よくやった!! |
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2007年07月10日
2007年07月04日
「世論」って何だろう
このところニュースに「世論」という言葉がよく使われます。記事を読むと、「世論」なるものは必ずしも「世論調査」で集約された多数意見/代表的な意見というわけではありません。だれもが知っている「世論」という言葉。でも、これを定義するのは至難の業なのです。
以下、主なニュースから「世論」という語が使用された文章を抜粋してみます。一緒に考えてみてください。
例1)久間氏の発言をめぐっては野党側が「あるまじき発言」として、首相に罷免を求めるなど一斉に反発、世論の批判も高まっていた。
(引用元:2007/07/03 14:13【共同通信】久間防衛相が引責辞任 原爆「しょうがない」発言で)
ここでいう世論は、世間一般の沸騰した感情や意見を意味しているようです。一国の首相であっても容易に動かすことができない自然発生的な“民の声”“天の声”として「世論」というものが想定されているようです。
例2)長崎を最後の被爆地にしようと、被爆体験を記録に残す活動をしている「長崎の証言の会」代表委員で被爆者の広瀬方人さん(77)=同=は「米国の原爆投下責任を明確にすることで、二度と核兵器を使わないという世論をつくるのが被爆国の責務。米国の言い分そのままの愚かな発言で、歴史認識のレベルの低さにあきれる」と吐き捨てるように言った。
(引用元:2007年07月01日10時56分【西日本新聞】ナガサキ 怒り沸点 久間防衛相「原爆しょうがない」)
例3)また、文科省の拒否姿勢を強く感じつつも「まだ時間はある。自信を持って国内外の世論に働き掛けたい」とした。
(引用元:2007年6月28日(木)【沖縄タイムス】総意 運動に弾み/修正撤回へ正念場)
この例をみると、「世論」は人為的に作ることができる操作的な概念です。たしかに世論が誰かによって形成される例も過去にあったかもしれません。最初は小さな声だったものが燎原の火のように広がり、やがて国政に影響を与えるような事態に発展したものとしては、ベトナム反戦運動や公害病反対闘争などがありましたね。自然発生的に生まれるものではなく、人々が作りあげていく世論という概念はかなり理解しやすいですね。
例4)核兵器廃絶をめざすヒロシマの会の森滝春子共同代表は「核武装も仕方がないとの世論を誘導しようという意図があるのではないか」と警戒した。
(引用元:07/7/1【中国新聞】久間発言に怒り渦巻く 広島)
この例はすこし怖いですね。権力者が誘導・操作する「世論」が国を覆うようになることだけはごめんです。巧妙な世論誘導は、J・オーウェルの『1984』に出てくるビッグ・ブラザーばりの恐怖政治以上に厄介かも知れません。やはり、国民の代表者たる国会議員は、世論を前に謙虚であるべきです。ただ、国民の顔色をうかがうだけの政治家を、わたしたちは「選良」とは呼ばないのも事実です。世論と政治家との関係は一筋縄ではいきませんね。
例5)従軍慰安婦という人権問題に対する、米国をはじめとする国際世論の厳しさを、見誤った結果といわざるを得ない。火に油を注いだ形の安倍首相の責任は重い。
(引用元:2007年06月28日07時16分【高知新聞】慰安婦決議 加害の歴史直視を=社説)
国内の世論だけでも大変ですが、国際世論となると対象は大きく広がります。国際世論というのは、超大国の意向のようなものを意味するのか、グローバルな人々の意向のようなものなのか、あるいは国際的なオピニオンリーダーたちの意見の総和ようなものなのか。これを定義するのはきわめて難いでしょう。
「世論」という言葉を知らない人はいません。月光仮面ではありませんが、だれもがみんな知っています。でも、万人が納得できる説明をするのは不可能。参院選を前に、世論と政治について考えてみませんか? (すね毛)
■以下は「世論」を学ぶための定番書籍です
岡田直之 『世論の政治社会学』 (東京大学出版会、2001)
岡田直之 『現代社会におけるマスコミ・世論の種々相』 (学文社、2005)
高橋徹 『世論』 (有斐閣、 1960)
パトリック・シャンパーニュ 『世論をつくる 象徴闘争と民主主義』 (宮島喬訳、藤原書店、2004)
エリザベス・ノエレ=ノイマン 『沈黙の螺旋理論』 (池田謙一訳、ブレーン出版、1988)
ウォルター・リップマン 『世論(上・下)』 (掛川トミ子訳、岩波文庫、1987)
追伸:47NEWSでは参院選特集ページを新設しました。URLは以下の通りです。
http://www.47news.jp/topics/saninsenkyo/
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2007年07月03日
新聞社の “鉄ヲタ” ブログ
突然ですが、わたしは「少年」をいくつかのカテゴリに(勝手に)分類しています。少年というのは、「○○少年」「××少年」というふうにグループ化でき、それぞれに行動パターンや性格のようなものがあります。
みずからの少年時代を振り返ると、「野球少年」が数も多く、女の子にもモテる率も高かったと記憶しています。なかにはアイドルばりの野球少年もいましたし、リトルリーグあたりで活躍しようものならスターでした。ただ、最近では「サッカー少年」が一番人気かもしれませんね。
次によくモテたのは「昆虫少年」。夏休みが終わると、昆虫少年たちは自慢の標本をクラスに持参して話題をさらったものです。先生たちも昆虫少年には一目置いていて、標本を教室の壁に飾ることもありました。なぜか昆虫少年は頭が良いというイメージが先行しすぎてていたような気がします。近年は、ゲーム少年などが、この系譜に位置するのではないでしょうか。
地味ながらも、「プラモ少年」たちは自動車や飛行機などの種類をよく知っていたりして、女の子からモテないにしても、男子世界では一定の尊敬を集めまていました。モテなさでいえば、「ラジオ少年」は突出していました。「ゆうべ外国の放送を聞いんだぜ」と自慢しても、女子からは「それがどうした」とまったく相手にされません。筆者はこのカテゴリに分類されていたと自認しています(涙)。ただし、「鉄道少年」ほどヘンではなかったという自負があります。
「キハ」だか「モハ」だか、日常生活上ほとんど役にも立たない用語を熟知していたり、なぜか切符のハサミを持っていたり、何時間も時刻表とにらめっこしてニタニタしたり・・・・ラジオ少年のわたしから見ても、そうとう変人に見えたものです。そんな鉄道ファンたちがいま、自らのオタクぶりについて胸を張るようになっています。
鉄道オタクのおかしさ、おもしろさを日本中に知らしめているのは、グラビア・アイドルの木村裕子さんでしょう。彼女は「鉄ドル(鉄道アイドル?)」を自称し、バラエティ番組などでオタクぶりを紹介し、「鉄ヲタだって人間だぁ!」と題するブログを執筆しています。
こうした潮流は、確実に47NEWS参加新聞社のなかにもあります。わたしが知っているのは、神奈川新聞の「鉄道ブログ」( http://www.kanaloco.jp/railroad/ )と、岐阜新聞の「『鉄』記者ブログ」( http://www.gifu-np.co.jp/blog/tetsu/ )です。元ラジオ少年のわたしには、鉄道そのものの魅力がいまひとつ理解できませんが、旅行記としてはけっこう読ませます。ほかにも、匿名で鉄道ブログを書いている新聞記者さんがいても不思議ではありません。
どの新聞社にも隠れ“鉄ヲタ”はいます。52新聞社もあれば、20人や30人はいるでしょう。地方紙の鉄ヲタ記者たちがブログを使って相互乗り入れしていけば面白いですね。47でも鉄道ブログ、やろうかな。(すね毛)

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2007年07月02日
PSEマークは見直しでなく廃止すべき

甘利明経済産業相は29日の閣議後の記者会見で、電気用品安全法(電安法)の基準に適合したことを示す「PSEマーク」なしで中古家電を販売できるように制度を見直すことをあきらかにした。
昨年3月、「PSEマーク」なしで中古家電が販売できないことが分かり、大騒ぎになった。経産省は4月以降、法律の弾力運用で「PSEマーク」なしの中古家電販売を認めてきたが、経産省としてようやく"非"を認めたことになる。
問題はなぜ、昨年の時点で制度見直しに踏み切れなかったかだ。役人のプライドもあっただろうが、自民党も自民党だ。役人がおかしなことをしようとした時に、政権政党であってもストップをかける厳しさが必要だ。
電気用品安全法(PSE法)は「漏電・火災・感電などの事故防止と 粗悪品を排除してきちんとした電源部品で運用管理する」という目的で2001年4月1日に施行された。いわば家電製品の「車検」のようなものである。車検のように2年ごとの検査はないが、PSEマークのない家電製品は出荷できないのである。
問題は、この法律の規制対象である。「電源コード「ヒューズ」「ソケット」「スイッチ」「変圧器」「電熱器」の類の安全性に限定されていて、決して家電製品の品質保証ではないのである。
PSE法は時代錯誤の法律である。
PSEマークの認定機関は経産省の外郭団体である財団法人電気安全環境研究所(JET)である。1963年にスタートした財団法人日本電気協会電気用品試験所が97年に改組された外郭団体である。試験に合格した製品に〒マークを表示していたのである。
まだ日本の家電製品は安かろう悪かろうの時代に、旧通産省の外郭団体が安全性の認定を行っていたのは仕方のないことだった。その後、この〒マークは政府の許可が必要な「甲種 」と企業が安全性を自己確認すればいい「乙種 」に分けられ、1995年にはほとんどの家電製品が「乙種」になり、乙種マークも廃止となったという経緯があった。(代わりにSマークが登場したが任意の制度)
PSE法がいかがわしいのは、ほとんど規制から事後規制に変わり、任意となった「甲種」と「乙種」マークの義務づけを復活させたことだ。現PSE法によって「中古家電製品が店舗販売できなくなる」というのもナンセンスな話なのである。そもそも過去の日本の家電製品には「旧電気用品取締法」に基づいた「甲種」「乙種」マークが付いているのである。家にある家電製品の裏をご覧になるといい。乙種であっても一応、国家の認証を経ているのである。その過去の認証を否定するような法律はどう考えてもおかしい。見直しではなく即刻廃止すべきなのだ。(紫竹庵人)
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