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2009年04月15日

大正期に100万部を売った『死線を越えて』が復刊 【これや】

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 社会運動家、賀川豊彦の大正期のベストセラー『死線を越えて』がPHP研究所から復刻された。賀川が神戸のスラムで献身活動を始めたのが100年前。世界的な経済危機のさなか、貧困が再び社会問題化する世相にもう一度読みたい一冊だ。

 同書の初版が改造社から発刊されたのは1920年。賀川は米プリンストン大学留学から帰国して3年、大阪市の「購買組合共益社」と神戸市の「神戸購買組合」を相次いで設立、播磨造船の労働組合長に推され、社会運動家としても注目され始めていた時期だ。

 同書の元となる「鳩の真似」を書き始めたのは新川のスラムに入る前。愛知県蒲生郡で肺結核の療養中だった。まだ20歳になっていなかった。明日の命もないことを宣告され、小説風に自らの生い立ちをつづっていた。

 山本実彦が創業した改造社は、後に文学全集の出版や有名人の講演とタイアップした出版など出版界で数々のアイデア商法を生み出したが、月刊総合雑誌「改造」の創刊号が世に出たばかりだった。

 言論界では無名の賀川の連載が「改造」で始まったのは10号目に当たる20年新春号である。「神戸におもしろいキリスト教の牧師がいる」と賀川を山本に紹介したのは大阪毎日新聞社の村島帰之記者だった。村島は大阪本社で地方版を編集していた時に知り合い、2人で労働組合友愛会関西同盟を発足させた。労働組合運動の同志でもあり、葺合新川での賀川の献身的な活動にほれ込んでいた。

 山本が賀川に会ってみると実におもしろい。第1次大戦後の論壇は「大正デモクラシー」から「社会主義」へと急傾斜していた。世相は悪徳商人を打ち壊す「米騒動」が全国を駆け巡っていた。鳴門の船問屋が神戸の愛人に生ませた子がキリスト教に目覚め、徒手空拳で貧民救済に乗り出す。そんな型破りの物語に時代性を感じたのだろうか、賀川に自伝風小説を書かせることにした。

 しかし、原稿の評価はさんざんだった。文章はへただし、物語も通俗だとしてほとんど「ボツ」になりかけた。一人山本だけは違った。「これはおもしろいかもしれない」と多くの反対論を押し切って掲載にゴーサインを出した。

 評判は予想通りだった。「改造は素人に書かせている」などと酷評された。山本は読者層が雑誌「改造」とは違うと判断し、4回で連載を打ち切り単行本での出版に転換した。

 改造社にとって最初の単行本は予想外の売れ行きとなった。20年10月に世に出た同書は年内に10万部を売り、翌年は100万部に乗せた。賀川は小説家志望ではない。だからお世辞にも文章がうまいとはいえなかった。神の示した道を地道に忠実に生きたにすぎない。しかし、そんなうそのない生き方が国民的共感を生んだのだ。

 100万部を超える同書の売り上げは、創立間もない改造社の経営に多大な貢献をした。賀川にとっても、ベストセラー作家としての知名度と現在の価値に換算して10億円を超えたとされる印税はその後の賀川の社会活動を大きく支えた。

 『死線を越えて』なかりせば、改造社のその後もなければ、賀川の労働運動や生協運動も違った方向に進んでいたかもしれない。(共同通信記者、伴武澄)

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2009年03月10日

ソーシャルビジネスで危機脱却を 神戸でユヌス氏が講演 【これや】

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01742560.jpg 【8日神戸発共同通信】バングラデシュの貧困層救済のためにグラミン銀行を創設したノーベル平和賞受賞者、ムハマド・ユヌス氏が八日、神戸市で開かれたシンポジウムで講演。経済危機を克服する手法として、利益を追求せず、社会問題を解決するソーシャルビジネスの導入を挙げ「拡大すれば経済が循環する」と強調した。

 経済危機の原因については「利益の最大化だけを求めたからだ」と批判した。

 ソーシャルビジネスは、投資した元金は返済するものの、利益を配当しない新しい経営概念。グラミン銀行は、栄養不足の子ども向けのヨーグルト工場や、ミネラルウオーター会社を欧州の企業とともにバングラデシュで立ち上げている。

 ユヌス氏は一九七〇年代から、貧しい農民に少額を融資する「マイクロクレジット」を試み、世界に広めた経過を紹介。ソーシャルビジネスを次々に欧州企業と導入している状況も説明した。

 シンポジウムのテーマは「持続可能な社会づくりとソーシャルワーク」。社会運動家の草分け、賀川豊彦(かがわ・とよひこ)が神戸のスラムで救済活動を始めて百年になるのを記念した事業の一環で神戸大などが開いた。

 神戸新聞 ノーベル平和賞のユヌス氏が講演 神戸

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2009年03月03日

ユヌス氏、神戸で講演へ 賀川豊彦献身100年事業 【これや】

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yunus8067-2.jpg バングラデシュのグラミン(村落)銀行総裁で、ノーベル平和賞の受賞者ムハマド・ユヌス氏を招いたシンポジウムが7日から3日間の日程で神戸市の神戸国際会議場などで開かれる。社会運動家として近代日本に大いなる足跡を残した賀川豊彦(1888-1960)が神戸のスラムに入って救済活動を始めて100年となるのを記念した事業の一環として行われる。

 シンポジウムは神戸大学と賀川豊彦献身100年記念事業実行委員会との共催。テーマは「持続可能な社会づくりとソーシャルワーク」。

 8日はユヌス氏が「もうひとつのソーシャルワーク-グラミン銀行が提起する新しい方向」と題して講演。講演を受けた対談では日本の社会福祉分野の第一人者である阿部志郎・神奈川県立保健福祉大学名誉学長が登壇、貧困からの脱却について意見交換する。

 献身100年の記念事業は東京と神戸で計4回のシンポジウムを開催するほか、黒木瞳主演の映画「死線を越えて」(リメイク版)の上映会を各地で開く。また4月には賀川の大正時代のベストセラー小説「死線を越えて」がPHP研究所から復刻、秋には賀川の生涯を描いた劇画本も出版される予定。

kagawa016.jpg 賀川は大正期から労働組合、協同組合、農民組合など社会運動を指導、戦後は世界連邦運動を推進し、平和運動家としてノーベル平和賞の候補にも挙げられた。著作は小説、詩集、評論、経済書など200冊以上に及び、「死線を越えて」は上中下巻で400万部を売った。

ESDシンポジウム イン KOBE「持続可能な社会づくりとソーシャルワーク」
2009年3月7日 (土)13:00-17:00
神戸大学百年記念館六甲ホール
プレセッション
 研究の共有ワークショップ
 「ムハマド・ユヌス」「賀川豊彦」
 「マイクロクレジット」「ESD」

2009年3月8日 (日)12:30-17:00
神戸国際会議場メインホール
メインセッション
  基調講演: ムハマド・ユヌス 氏 2006年ノーベル平和賞受賞
  「持続可能な社会づくりとソーシャルビジネス」
    もうひとつのソーシャルワーク
    グラミン銀行が提起する新しい方向~」
講演:阿部志郎氏 神奈川県立保健福祉大学名誉学長
 「ESD 実践の草分けとしての賀川豊彦」
対談:ムハマド・ユヌス氏・阿部志郎氏
 「ESDに資するソーシャルワークの現在・過去・未来」
 司会:上野谷加代子 同志社大学教授

2009年3月9日 (月)09:15-13:00
神戸大学百年記念館六甲ホール
神戸大学学生とユヌス氏とのトークセッション
神戸大学名誉博士号授与式

主催:神戸大学、賀川豊彦献身100年記念事業神戸プロジェクト実行委員会

 詳しい内容の問い合わせは以下。
 神戸プロジェクト 078(371)3550
 東京プロジェクト 03(3302)2855

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2008年12月17日

中国でプラグインハイブリッド車が発進 【これや】

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278148.jpg 中国の民族系自動車会社である「比亜迪」(BYD)は15日、家庭用電源から充電可能なプラグインハイブリッド車「F3DM」を発売すると発表した。すでに官公庁には納車している。

 ガソリンエンジンと電気モーターを備え、モーターだけでもフル充電状態で100キロ以上の走行が可能。専用の充電スタンドで20分、家庭用電源で9時間でフル充電できるという。価格は14万9800元(約200万円)。

 使い方にもよるが、日々の通勤や買い物ではほとんどガソリンを消費せずに運転ができるため、燃料費はガソリン車の10分の1程度で済むといわれている。トヨタもハイブリッド車「プリウス」のプラグイン版を近く販売する計画だが、中国の新進メーカーに先を越された格好だ。

 BYDはもともと、二次電池生産で世界のトップクラスのメーカー。2003年に自動車メーカーを買収して、自動車業界に参入したばかり。最先端のリチウムイオン電池でも日本メーカーなどと先陣争いをしている。米著名投資家ウォーレン・バフェット氏の関連企業であるミッドアメリカン・エナジー・ホールディングスが同社の新株10%を取得するなど話題を呼んでいた。 来年後半には、 純電気自動車も発売する予定。

 2008年10月28日 欧米で走り始めた電気自動車

 2006年11月30日 Who killed the Electric Car

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2008年03月14日

ミャンマーから今年のソバ到着 【これや】

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 ソバの産地である信州がなんでミャンマーからソバを輸入しなければならないのか。

p_soba.jpg 話は簡単ではない。ミャンマー北部、ラオスとタイと国境を接する一帯は古くから「ゴールデントライアングル」と呼ばれ、ケシ栽培が続けられてきた。19世紀から英仏、清国が食指を動かし、少数民族の抗争の場ともなってきた。

 というより、順番は逆で、紛争地帯=無法地帯となり、各国が禁止するケシ栽培の格好の供給地となったのである。

 ミャンマーでのソバ栽培は、この麻薬撲滅運動から始まった。ケシは高原に住む少数民族の換金作物となっていたため、ケシ栽培をやめさせるには代わりの農作物の栽培とそれを長期安定的に購入してくれる販売先が不可欠だった。

 1996年、ミャンマー政府から日本政府に要請があり、「ソバをケシの転換作物にし、できたソバは日本が買い取る」という日本の海外援助計画のアイデアがまとまった。先進諸国が民主化を要求、経済制裁をしている中でミャンマーのケシ撲滅と取り組んだ最初の具体的なプロジェクトだった。(NPO法人アジア麻薬・貧困撲滅協会)

 以来12年、プロジェクトは民間に移管され、行きつ戻りつが繰り返され今も続いている。

 現在の作付面積は約1000ヘクタールで、この冬は推計約500トンを収穫。今年は72トンを輸入する。同法人は5年後に1万ヘクタールの作付けを目指している。今年4月には現地で06年から生産している焼酎を初めて1万2000本輸入。「ミンガラ・バー(ビルマ語で「こんにちは」)」のブランド名で県内を中心に売り出す計画だ。(信濃毎日新聞)

 諏訪にミャンマー産ソバ 支援NPO輸入「高い品質」 【信濃毎日新聞】

 輸入品だからといってミャンマーのソバを忌避してはいけませんよ。
 (47NEWS編集長 伴 武澄)

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2008年01月07日

地方の新たな息吹 【これや】

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DSC_0022s.jpg 今年初めてのブログを書きます。
 新年三が日、47ニュースの厳選ニュースを選んでいて、おー地方も元気が出てきたなというニュースが相次いでうれしくなりました。地方の新たな息吹を感じた次第です。

 1日各社は以下のような記事が新年の紙面を飾りました。

 【写真】初日を浴び、「みなと群舞」の踊りを楽しむ参加者=1日午前7時ごろ、焼津市田尻の海岸(静岡新聞から)

 【国際化】
 道後温泉三ツ星効果 欧州からの観光客増加 【愛媛新聞】
 韓国人受け入れに新取り組み 蔵王へのスキー客増を受け 【山形新聞】

 【新技術・投資】
 “鹿児島衛星”試作機が完成 来年、海外で打ち上げ 【南日本新聞】
 ホテル計画4200億円 52ヵ所1万室増 【琉球新報】
 ディズニー 福岡進出へ 初の屋内型施設 第2キャナル最有力 【西日本新聞】
 「japan」の輝き再び 備中漆 【山陽新聞】
 香川大の超小型衛星、今秋にも宇宙へ 【四国新聞】

 【環境】
 水素タウン 100-200世帯の電力賄う 【西日本新聞】
 太陽光でボート運航 ハウステンボス 【長崎新聞】
 太陽電池普及へ産学官が連携 【熊本日日新聞】
 微生物活用しメタンガス生成 帝国石油、八橋油田で実験へ 【秋田魁新聞】
 神戸の子ども 1人1日100グラムのCO2削減へ 【神戸新聞】
 CO2削減、宮城から発信 【河北新報】
 CO2排出を植林で相殺へ 【中国新聞】 

 今年は洞爺湖サミットで環境問題が最大の課題となっている中で、地方から環境問題への取り組みが発信されることは特筆すべきことだと思います。「地方の発想や努力を全国に伝えたい」が47ニュース編集の最大の課題です。こういう話題が英語で次々と発信できたら・・・というのが筆者の初夢です。(紫竹庵人)

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2007年10月16日

カードポイントで納税も可 長野県阿智村、飯山市 【これや】

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 きょうの47厳選ニュースで「地元買い物ポイントで納税 阿智村、1円から可能に」(信濃毎日新聞)というトピックを掲載した。阿智村は6600人の小さな村。51店でつくる加盟店会が発行するカード「ふくまるくん」でためたポイントで税金まで支払えるというのだからビッグニュースだと思う。

 加盟店でこのカードで買い物をすると、100円で1ポイントもらえる。ポイントは1ポイント=1円に換算して加盟店での買い物に使用できるが、村役場などに設置したカードリーダーで、税金や水道料のほか住民票発行の手数料などにも使えるということだ。

 記事中では、同じ長野県の野沢温泉村でもすでに同じようなシステムが始まっていると紹介があった。阿智村との違いは「1ポイント」から使えるという点なのだそうだ。長野県は自治体がなかなかおもしろい発想をする。たぶん田中康夫前知事の影響なのだろう。

 待てよ、ほかにも同様のサービスを行っている自治体はないか。ネットで検索すると長野県飯山市でも4月1日から「飯山市版ポイントカード(iカード)による市税・公共料金の納付制度」(北信濃新聞)という記事がヒットした。

 飯山市では、飯山カードサービス事業協同組合が発行する「iカード」の取り引きが満点(500円相当)に達すると市税や公共料金にも充当できるシステム。どれだけ利用されているか分からないが、民間が発行するカードポイントをこれらの自治体が“通貨”として認めたということにほかならない。

 10年ぐらい前、日本でも地域通貨がはやった。店舗での使用だけでなく、金融機関が地域通貨を認知するところも生まれている。三重県四日市市のJマネー(NPO法人地域づくり考房みなと循環者ファンド運営委員会) の場合、三重銀行が定期預金10万円につき配当のほかに100J(100円分)の地域通貨を“支払う”「Jマネー定期」を2年前から始めている。

 すでに都市圏を中心に「エディー」や「Pasmo」など電子マネーが大手を振って流通しているが、ポイントの現金化はまだない。長野県のいくつかの自治体で始まった試みが将来の“通貨革命”につながるかもしれないと考えるとなんとなくわくわくするではないか。


 地元買い物ポイントで納税 阿智村、1円から可能に【信濃毎日新聞】
 「iカード」で市税・公共料金納付 - 市では全国初の制度【北信濃新聞】

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2007年09月24日

“ハイブリッド”化する造船業界?! 【これや】

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 長崎新聞を読んでいて「オッ」と思わせる記事に出会った。見出しは「省エネタンカー進水式 佐世保・前畑造船所」。読んでいくと「電気機関」という見慣れない言葉が出てきた。ひょっとして「モーターで推進する船ではないか」と考えた。

 早速、製造した前畑造船に電話を入れた。
「電気機関っていうのはモーターのことですか」
「そうです。400KWの二つのモーターでスクリューを回します」
「電気はどうするのですか」
「タービンエンジンで発電します」
「船の中でわざわざ発電してモーターを回すメリットはなんですか」
「まずモーターの方が効率がいいので10%の省エネになります」

 ははーん。これは“ハイブリッド船”なのだと合点した。大型の船舶にまで大きな変革がもたらされているのだという感慨があった。

 前畑造船によると、メリットは省エネのほかにも多くあるのだという。まずエンジンルームが格段に小さくてすむため、その分多くの貨物を積むことができる。国内の海を運航する内航船の場合、799トンを超えて999トンまではさらに2人の船員を乗船させなければならないという規定があるため、運航費が年間2000万円程度軽減される。海運業界にとっては大きなメリットとなる。もちろん省エネによる二酸化炭素の排出量も大幅に減少する。

 船価は現時点では2割程度高くなるが、同規模の補助金が出るため船主の負担は増えない。技術革新でコストダウンが実現すれば造船コストも格段に低下する可能性がある。「これは一石三鳥ではないですか」と問うたら「まさにそうです」と弾んだ声が電話越しに返ってきた。

 実は国交省を中心に数年前から「スーパーエコシップ(次世代内航船)の研究開発プロジェクト」が始まり、スーパーエコシップ技術研究組合(理事長 矢吹捷一 三井造船常務取締役)による実海域実証実験が始まっていた。前畑造船で11日進水したタンカーはその第一号だったのだ。

 それなら、メディア各社ももっと大きく報道してもよかったのにと考えさせられた。造船会社側の広報がへたなのか、それとも中小造船会社のニュースということで、メディア側が「たいしたことはない」と軽視したのか。どちらとも当たっているのではないかと思っている。それにしても「電気機関」という表現はニュースリリースに書いてあったとしても、果たして読者の目を引くのでしょうか。(紫竹庵人)

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2007年08月24日

志ある資金の地方への移転システムの構築を 【これや】

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 中山間地域フォーラムから47ニュースに「ふるさと納税議論に関する緊急アピール」が届きました。示唆に富む内容だと思いますので、デスク日記に全文を紹介したいと思います。(紫竹庵人)


―「ふるさと納税」議論に関する緊急アピール―

2007年8月24日 中山間地域フォーラム
                                      
「多くの日本人のふるさと・原風景であり多面的で重要な役割を担い可能性に満ちたかけがえのない地域」と私達が認識する中山間地域では、過疎化・高齢化が引き続く中で、集落の存続さえ危ぶまれるような地域も出てきています。逆に、行政や都市の人々などの協力を得ながら、新しいコミュニティや新たな産業を創造し始めた中山間地域も見られます。中山間地域はいま、大きな岐路にあることは間違いありません。そして、こうした状況は、中山間地域のみならず、日本の地方に共通するものだと思われます。中山間地域をはじめとする地方部にはなんらかの積極的な対応が必要な時期だと言えるのではないでしょうか。

 こうした中で、私達は、今春に総務大臣から提案され、現在検討が進む「ふるさと納税」には、強い関心を持っており、基本的にはその考え方を実現すべきものと考えます。「構造改革」が声高に論じられた時には出会うことが少なかった「ふるさと」という言葉が、この制度をめぐる論議を通じて、しばしば登場することも好ましいことであり、制度への高い国民的関心が、「ふるさと」自体への思いを掘り起こし、さらに「ふるさと」のあるべき姿やそれへの個人や政策のかかわりなどの議論へとつながることを期待します。

 そのうえで、制度のあり方については、ふたつのことを提言したいと思います。

 第1は、この制度が、「ふるさと再生の志のある資金の移転システム」として機能することです。「志」という言葉を使うのは、そこに送り手(納税者・寄付者)からの「ふるさと再生への強いメッセージ」が含まれることを期待するからです。また、求められているのは、金額の多寡ではないこともこの言葉の中に込められています。特に、中山間地域では、「他の地域の人々から、気にかけられている、見守られているということだけで心の支えになる」という地域リーダーの言をしばしば耳にするからです。したがって、この制度は、直接の納税であっても、寄付に対する税額控除という間接的なシステムであっても、どちらでも実現可能な方でよいと私達は考えています。むしろ重要なのは、資金提供者からのメッセージが、その思いが薄れることなく届く仕組みだと思います。

 第2に、この制度においては、送る方の「志」に対応するものとして、税・寄付を受ける自治体に次のような取り組みを求めることが必要だと思います。ひとつは、自治体は、その資金を利用する「ふるさと再生ビジョン」と具体的事業の内容をあらかじめ明確にすることです。ここでは、ふるさとサイドの「自らの地域を再生しようという思い」が求められます。ふたつは、納税者・寄付者に対して、その資金の利用状況やその効果についての情報還元を行うことです。送り手を「ふるさと再生特別住民」として、継続的な連携を行うことも考えられます。こうしたことにより、送り手と受け手の心と心がつながる仕組みとなることを強く期待します。それは、都市と農村の共生・交流を促進するひとつの仕組みとしても位置づけられます。

 最後に、この制度に対する高い国民的関心が、中山間地域をはじめとする日本の地方部のあり方や一人ひとりの国民の対応のあり方をめぐる議論につながることを重ねて期待したいと思います。

 【中山間地域フォーラム】
 中山間地域の再生に向けた(1)地域支援、(2)政策提言、(3)国民運動の3本の柱をもとに、様々な分野の専門知識や豊かな実務経験を持つ産学官民の有志が連携し、活動する

組      織  (2006年7月設立)
会      長  佐藤 洋平((独)農業環境技術研究所・東京大学名誉教授)
ホームページ  http://www.chusankan-f.net       
問い合わせ先  野中 和雄(フォーラム副会長・(財)競馬・農林水産情報衛星通信機構):03-5620-2805

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2007年08月15日

あなたは「丸山眞男」をひっぱたきたい? 【これや】

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 終戦の日のきょう、47NEWSに参加する各社の社説を読み比べた。その土地ならではの論説が掲載されていて、いつもに増して読み応えがあり勉強になった。

 さすがだなあ、と思ったのは『琉球新報』と『沖縄タイムス』の社説である。琉球新報は一連の教科書検定問題や日本軍による住民殺害にも言及し、沖縄タイムスは日米の軍事一体化に警鐘を鳴らしていた。

 被爆地・広島と長崎に本社を置く新聞社の社説(論説)も読ませてくれた。とりわけ『長崎新聞』の論説は、冒頭から日本軍による戦争加害について記したうえで「被爆県の役割」を提言している。

 このほか、わたしの目を引いたのは、『中日新聞』の社説だ。「極限からのメッセージ 終戦記念日に考える」と題した文章だ。この社説は、朝日新聞社の月刊誌『論座』2007年1月号に掲載された論考「『丸山眞男』をひっぱたきたい/31歳、フリーター。希望は、戦争。」を引き合いに出して議論を進めていた。

 「『丸山眞男』をひっぱたきたい」という論考は、北関東に両親と暮らす31歳のフリーター・赤木智弘さんが執筆したもので、少なからぬ話題を集めた。赤木さんが「希望は戦争」と挑発した意図は、いっそ戦争になれば「平和」な世界で固定化しつつある「富者/貧者」「強者/弱者」という構造がリセットされる――逆に言えば、戦争でも起こってくれないかぎり自分たちには希望をもてないのではないか――というアイロニーであったと受け取ることができる。少なくともわたしはそう受け止めた。

 丸山眞男は日本を代表する憲法学者で思想家として知られる。だが、戦時中は「東京大学助教授」のエリートとしての肩書きを奪われ、どこにでもいる「陸軍二等兵」の一人として、上官にさんざん殴られたとされる。たしかに軍隊という特殊な社会では、たまたま上官となった貧者が部下となった富者を思い切りひっぱたける機会もあるだろう。ただ、考えてほしいのは、民主的なワイマール憲法下でナチス党が合法的に政権を握った背景に、当時のドイツ国民の多くが「希望」を持ちえない状況下にあったという見方もあり、「丸山眞男をひっぱたきたい」という赤木さんの挑発は、希望を持てない現代日本を生きる若者たちの典型とすれば、きわめて示唆的であろう。

 社説の筆者は、赤木さんが代弁したような「希望と未来を失ってしまった」人たちに対し、ビクトル・E・フランクルの『夜と霧=ドイツ強制収容所の体験記録』(みすず書房)を薦めつつ、「富者と貧者、都市と地方の容認できないほどの格差拡大、富める一部が富み、弱者、貧者が切り捨てられる社会は国柄にも反します。何より人間の尊厳は守らなければなりません」と締めくくっている。

 ほかにも紹介したい社説や論説はいくつもあるが、長くなるので省略する。

 新聞の社説(論説)は、「読まれない記事の見本」などと揶揄されることもあるが、全国の新聞社の社説(論説)をじっくり読んでみると、なるほどと膝を打つことや、あらためて深く教えさせられることが少なくない。とくに「終戦の日」の社説は多くの人に読んでほしいし、それを素材に、身近な人たちと議論をしてほしい。
(ソリテイアン@議論をする友達が少ない)

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2007年07月11日

イチロー、日本勢初本塁打 史上初のランニング弾 そしてMⅤP 【これや】

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 【サンフランシスコ10日共同】米大リーグの第78回オールスター戦は10日(日本時間11日午前)、サンフランシスコにあるジャイアンツの本拠地AT&Tパークで行われ、ファン投票で7度目出場となったマリナーズのイチロー外野手=本名鈴木一朗=が、大リーグ球宴史上初のランニング本塁打を放った。日本選手の本塁打も初めて。試合は5―4でア・リーグが勝ち、イチローはMⅤPに選ばれた。

 ア・リーグの「1番・中堅」で先発したイチローは1点を追う5回一死一塁の第3打席でクリス・ヤング投手(パドレス)から右越えに大飛球を放ち、俊足を生かし一気に本塁にかえった。1回は右前打し、3回は左前打を放ち、3打数3安打2打点の大活躍。複数安打も日本選手初で、5回裏の守備から退いた。

070711D036.jpg 070711D042.jpg

    打った!!

    走った!!
070711D049.jpg   ホームイン!
よくやった!!  070711D045.jpg

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2007年06月13日

岩手県のバッタリー村 【これや】

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 47ニュースを徘徊していて「おやっ」と思わせることがたびたびある。きょうは「バッタリー村」だった。岩手日報に「バッタリー村に学べ 小坂さん、東大中退し研修」という記事を見つけた。


 なんだろうと思ってネットで検索するとあった。木藤古徳一郎さんが生まれ故郷に戻って“創設した村”で、バッタリーは沢の水を利用してアワやヒエを脱穀・製粉する機械のこと。一度は消えてしまった「バッタン」という音が木藤古さんのおかげで復活した。


 復活したのは音だけではない。昔の山の生活が復活し、都会からの人の流れも復活し、東大生までもがやってきたというお話である。


 村には萱葺きの「生き生き創造館」「炭焼き研究所」「たくきり庵」「ものづくり体験夢工房」「ポニー牧場」などがあり、人々が泊りがけで自然を体験できるようになっている。見て来たわけではないが、いつか行ってみたい気にさせる空間である。(紫竹庵人)


 バッタリー村に学べ 小坂さん、東大中退し研修 【岩手日報】

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2007年04月26日

カンボジアで15校目の学校 【これや】

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 10年以上も前から「セカンドハンド」というリサイクルショップを経営してその収益でカンボジアに学校を建設しているNPO法人が高松市にある。代表は新田恭子さん。本業はフリーのアナウンサー。国連教育科学文化機関(ユネスコ)主宰のカンボジアでワークショップに参加してから直ちに行動を起こし、ほとんど一人でカンボジア支援のスキームをつくった。そのNPOから年に4回「セカンドハンド通信」が届く。その度に「偉いもんだ、かなわないな」とただただ頭が下がる。


 人間は弱くて忘れやすいから、読んだ翌日から日々の仕事や生活に埋没してしまう。また3カ月すると「あー、そうだった」と何も出来ない自分を振り返る。それでも新田さんのおかげで年に最低4回は自分の行いを振り返る時間をつくってもらっていると感謝している。


 このニューズレターには毎回、胸きゅん物語が書かれている。昨日届いた「48号」には、カンボジア南東部のスヴァイリエン州のコープリン村での15校目の学校建設の経緯が紹介されている。3月25日、村で建設決定を発表する席で新田さんは村民に向かってスピーチをした。


「日本は豊かだから学校建設なんて簡単な支援だと思う人もいるかもしれないけれども、決して簡単ではなく、この資金の陰には多くのボランティアの方々の協力、支援者たちの思いがあるんです」


 学校から国道まで10キロの道のりがあり、自動車も満足に走れない。学校建設のためにはまずは資材を運ぶために道路建設から始めなければならなかった。地区の村民には農地提供と道路建設の協力を仰いだが、なかなかよい返事をできない村民もいた。村長の一言が村全体を動かした。「私たちにはいくら努力しても建てることが出来なかった学校が今現実になろうとしている。村の子どもたちが読み書き、計算できることで将来が大きく変わる。知識は何よりの財産だから、今私たちが農地を提供することで子どもたちの未来を開こう」と呼び掛け、全員の合意を得ることができたという。


 セカンドハンドが、この地区に学校がないことを知ったのは同NPOが支援している職業支援センターの職員が遠くてセンターに通えない人たちのために実施している出張指導がきっかけだった。以前に村民がお金を出し合ってお金ができた分だけ少しずつ、2教室から校舎建設から始まったが、その後が続かなかった。事情を知ったセカンドハンドは別の土地に5教室の学校を建設することになった。

 その記事の下に小さい字で「※」の解説があり、「この学校建設事業の一部に匿名希望の方から、生前、教育に熱心であったご両親の遺産を充ててほしいとご寄付いただきました」と書かれてある。なかなかできることではない。日本も捨てたものではない。


 寄付で成り立っている途上国支援のための慈善団体は数多くある。問題は人件費や経費でせっかくの寄付金が生きないことである。しかし、セカンドハンドだけは違う。新田さんの強力な指導力で売り上げや寄付のほぼ全額がカンボジアにわたる。ぜひ、あなたも胸きゅん一族に仲間入りしてほしい。


 カンボジアに3つ目の学校を建てたセカンドハンド


 完成したキリチョンコ小学校2棟目の校舎


 NPO法人セカンドハンド


 (紫竹庵人)

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2007年04月20日

障害者プロレス 【これや】

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 きのう(19日)の〈ホッとニュース〉で、「初の単独興行、白熱ファイト 仙台・障害者プロレス団体【河北新報(会員登録)】」という記事が掲載されました。障害者団体がプロレス興業をすることに、すこし驚かれた方もおられるのではないでしょうか。


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 障害者がスポーツや表現活動をすることについて、これまで多くのマスメディアは好意的・・・ともすれば“美談調”に伝えることが多かったように思います。「障害にも負けず」「障害を乗り越えて」というニュアンスが見え隠れしていて、そうした障害者をめぐるニュースの中に、「プロレス」なるものが入り込む余地は少なかったように思います。


 というのも、このところ人気の「K1」と違って、プロレスには「いかがわしいショー」「八百長」と眉をひそめる人が少なくなかったからです。ある種の「いかがわしさ」(←プロレス関係者ごめんなさい)のなかに、美化されがちな障害者が登場し、ときに「反則プレー」や「場外乱闘」などのパフォーマンスをする。そうした光景に衝撃を覚える人がいても不思議ではありません。じつをいうと、わたし自身、10年ほど前、東京を本拠地にする障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の興業を見に行ったことがあり、少なからぬショックを受けた経験があるのです。


 試合から数日後、ドッグレッグスに所属していたある障害者レスラーから話を聞く機会がありました。正確な言葉は覚えていませんが、彼はおおよそ次のようなことを話していました。


 「たのしいかややってるんだ。大きな声援を受け、感情をつつみ隠さず、思い切り体を動かすのは、気持ちが良いこと。試合に勝って拍手を浴びると、素直にうれしい。障害者プロレスが嫌だ、見たくないという人の中には、ぼくらを型にはめてしか見られないのかもね」


 ドッグレッグス主宰者は1997年に『無敵のハンディキャップ』という本を文藝春秋から上梓しており、現在は文庫化されています。仙台・障害者プロレス団体「ODAZUNA」への理解も深まると思います。ご興味のある方はご一読を。


■関連リンク
障害者スポーツ団体「ODAZUNA」 http://sendai-cares.net/m/42.html
障害者プロレス「ドッグレッグス」 http://homepage3.nifty.com/doglegs/
メールマガジン 障害者プロレス『FORCE』の挑戦 http://www.mag2.com/m/0000083706.html 

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2007年04月09日

昨夜、誕生した小樽商大生の女性市議 【これや】

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初当選を決めた山口さん(左)。

 13の都道県知事選を中心とする投開票が8日あった。知事選ではこれはというドラマもなくイマイチ盛り上がらなかった。昨夜来、各社のサイトを人間クロールしてオッと驚いたのが、札幌市議選で小樽商大の女子学生が当選したニュース。「あれっ、被選挙権あるのかな」と思って読み進めると30歳というから“最年少”でもない。写真から真面目そうな人柄がうかがえる。なんとなくホッとした。


 一方で、44都道府県議選では無投票で当選した議員が416人もいた。定員が2544人だから2割近い。北海道は11選挙区19人、山形県では9選挙区14人、福島県は9選挙区12人、栃木県に到っては総定数の3分の1に当たる8選挙区17人が無投票だった。ためいきの出る数字ではないか。


 これはわれわれが望む民主主義ではない。たとえ立候補者が定員内であっても信任投票ぐらいはするべきではないかと思う。以前に高知県での衆院選で投票率が5割を切ったことがあったが、地方選挙ではもはや当たり前の世界となっている。地方に課題がないわけではあるまい。「誰がなっても同じ」では誰も投票にいかなくなる。


 魅力ある人材が列島から枯渇して久しいといわれるが、いつの時代だって人材はあまたあるわけではない。有為の青年は存在するのではなく、みんなで「探し」「育てる」のだという思いを強くしている。


 山口さんがんばれ!


 (紫竹庵人)


 若者の声届けたい 札幌市議 樽商大生・山口さん当選 【北海道新聞】

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2007年03月15日

願いは葵の森復活 【これや】

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「葵の葉って実際にみたことありますか」


 そんな疑問からワシントン在住のシンクタンカー、中野有さんと上賀茂神社を訪ねたは昨年の正月。権禰宜の村松晃男さんらと葵の復活について話し込んだ。日本最古の祭りである葵祭や徳川の紋章などを通じて、葵の存在を知らない日本人はいない。にもかかわらず「葵」を実際に見た日本人はほとんどいない。日本の象徴のような「植物」が現在の日本人に知られていないのはなぜか。


 村松さんの話によれば、その昔、加茂川上流一帯は湿地でフタバアオイが一面に群生していた。上賀茂神社の歴史も葵とは切っても切れない。葵祭は平安京遷都後、まもなく始まった。天皇家や貴族らが京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社にお参りするきらびやかな行列は鄙だった山城の人々にとって大いに目の保養になったに違いない。


 現在の観光客の多くは気づいていないかもしれないが、当時から行列の牛車には必ず、上賀茂神社のシンボルだったフタバアオイのつるを飾ることになっている。そのフタバアオイが神社一帯から姿を消して長い年月が経っている。現在、葵祭に使うフタバアオイは神社の北に控える神山の中腹でかろうじて採取される。つまり京都の人でさえフタバアオイの姿を目にしなくなって久しい。このままいくと中腹でさえフタバアオイがとれなくなるかもしれないというのだ。


 そんな話を聞いていて、中野さんが「それは大変なことです。フタバアオイを復活させましょう」と問いかけたのが葵プロジェクトの始まりとなった。上賀茂神社は京都市教育委員会や近隣の学校に声をかけて、フタバアオイ育成に乗り出した。


 中野さんの話によれば、京都は地球温暖化防止の京都議定書を通じて世界的に「環境」のキーワードになっている。ワシントンでも京都を話題にすれば必ず、環境問題に話が発展するということなのだ。加えて、原爆投下で京都を外すことに尽力したヘンリー・スチムソン陸軍長官の話もされ、「葵を平和の葉として世界に売り込むことはできないか」という問題提起があった。


 中野さんは京都市出身。上賀茂神社近くで生まれ育った。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカで仕事をし、日々、国際情勢のコラムを執筆している。そんな中野さんがようやく平和のシンボルとして見出したのが、生まれ育った上賀茂のフタバアオイなのだ。いい話だと思いませんか。


 ちなみにフタバアオイの生育はけっこう難しく、昨年春にいただいた鉢植えを枯らしてしまった経験がある。ことしはぜひ大きく育て、友だちに分けてあげるようにしたい。葵プロジェクトは上賀茂一帯にフタバアオイを繁らせ、さらに日本全国に広げる運動である。みなさんも葵プロジェクトに参加しませんか。


 今日、京都新聞に「葵の森」復活へフタバアオイを移植 上賀茂小の児童ら」の記事が掲載された。
「おー、ついに始まったか」という感慨があった。(紫竹庵人)

 http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007031500027&genre=F1&area=K1A



【写真撮影】青木繁伸(群馬県前橋市)
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/futaba-aoi.htmlから転載。

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2007年02月26日

北陸に広がるATM無料化 【これや】

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 1月4日、北國新聞の「北國銀がATM完全無料化」という記事を47NEWSの主要ニュースに掲載した。大手銀行の首脳がこの記事を読んだら多分、腰を抜かすほど驚いたに違いない。残念なことにそうはならなかった。


 今日は北日本新聞が「ATM手数料 無料拡大 北陸の信金」という記事を掲載した。福井と石川県の信金は休日と時間外の利用手数料を無料化し、それが富山にも広がりそうだという内容だった。


 そうか。ATM無料化は福井県の信金から始まったのだと合点した。世の中の流れはATM無料化である。北國銀行に記事を主要に据えたのは間違いではなかったのだ。これが東京の大手銀行から始まるのではなく、北陸の信金から始まったことに大きな意味がある。そう思った。


 しかもニュースの発信源が金沢や富山なのである。こういう記事こそ47が求めているニュースなのだという思いはスタッフ全員のものである。「地域のことは地域にまかせて」と言うは易しだが、現実にこれまで地方紙のニュースは県境を越えることはなかなかなかったのである。

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