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コラム

NFL経験生かし、いざ日本一へ 自身が綴る中村多聞物語53

2017/02/16 【中村多聞】

東京ドームで開催されたNFLのプレシーズンゲームで、パッカーズの一員として出場した多聞さん(20)=写真提供・中村多聞さん
東京ドームで開催されたNFLのプレシーズンゲームで、パッカーズの一員として出場した多聞さん(20)=写真提供・中村多聞さん

東京ドームで開催されたNFLのプレシーズンゲームで、パッカーズの一員として出場した多聞さん(20)=写真提供・中村多聞さん

サイドラインで出番を待つ多聞さん=写真提供・中村多聞さん
サイドラインで出番を待つ多聞さん=写真提供・中村多聞さん

サイドラインで出番を待つ多聞さん=写真提供・中村多聞さん

 2016年度のフットボールシーズンが終了し、日本ではそろそろ2017年春のシーズンが始まろうとしています。
 久々にこの「自身が綴るタモン物語」を書かせていただこうと思います。当時はまだ活躍していなかったので知名度が低い僕でしたが、成功に向かってど根性で邁進する日々を送っていました。


 NFLの1998年プレシーズンゲーム第1週が東京ドームで開催されるため、パッカーズのキャンプ地であるウィスコンシン州のランボーフィールドからチーム全員で日本へ向かいます。
 日本航空のチャーター機です。チームの序列順に前から座席指定されています。2階建ての大きなジャンボジェットなので席数には随分余裕があります。


 一人で1列。寝転んだりできてNFLヨーロッパの遠征のようにぎゅうぎゅう詰めではなく、お金のかかり方が桁違いです。
 この機内の乗務員さんの中に、偶然TURNOVER編集長宍戸さんの奥様がいらっしゃったのも何かの縁だったのでしょう。


 成田だったか羽田だったかもわからず、空港から貸し切りバスでホテルに直行。そしてまたスグに貸し切りバスでどこかへ練習に出かけました。
 天然芝のフィールドだったことだけ記憶にあります。この年度からアサヒ飲料チャレンジャーズのヘッドコーチに就任された藤田さんもその練習を見学に来ておられました。
 そこで声を掛けてもらいます。「中村くんはじめまして。今度大阪でNFLヨーロッパのことなどを聞かせてほしいのだけど、どうだろうか?」と。


 初対面でしたが、僕は当然彼の学生時代をテレビで見ていますので、お名前だけは存じていました。
 思っていたより背が高いなという印象でした。確か自分の携帯番号をお伝えしたと記憶しています。


 ゲームでは僕のランプレーが7種類ほど用意されてあり、気持ちと体の準備は万端。練習毎に囲み取材を受け、日本のテレビ局はもちろん「NFL FILMS」のカメラも僕にベッタリ付いていますし目立ちたがり屋の僕にとって、注目度は申し分ありません。
 大学3部リーグで100点差で負けていた初期から考えると大出世です。NFLのプレシーズンに出場するわけです。
 選手入場では友人に買って来てもらった「巨大な国旗」を持ち、QBブレット・ファーブ選手に見送られながらパッカーズの面々が作る花道を駆け抜けました。


 ゲームが拮抗していたのと、オフェンスのドライブが続かなかったこともあり、ランニングバックとしての出番はありませんでしたが、キックオフカバーでの出番は数回ありました。
 何度目かで気持ちが慣れて来た僕はNFLヨーロッパやエックスリーグでならした(つもりの)ウェッジバスターで、カンザスシティー・チーフスのウェッジの二人に自分の出せる最高速度の状態でノンブレーキで突っ込みました。


 しかしさすがはNFL。僕の方が背が低く、当たった場所は彼らのヘルメットよりも下部だったにも関わらず倒すことができませんでした。
 それどころか僕は膝がガクンとなり、倒れはしませんでしたがアタマがクラクラ。振り返って考えると完全にコンカッションです。脳しんとうです。


 ベンチに戻った僕はまたもタックルできなかった悔しさでいっぱいでしたが、足元がふらつきキックオフ時の記憶がありません。
 時間の感覚もおかしくなり、なぜ今黄色のヘルメット軍団と東京ドームでゲームをしているベンチにいるのかがよくわからなくなっていました。


 見に来ていた日本人の知人の方が僕のおかしくなった様子に気づいて、チームのトレーナーに「彼はいつもと違う。おかしいから見てあげて」と告げてくださっていましたが、体に異常が発覚したらホケツ中のホケツである僕など、この後ゲーム出場のチャンスを失ってしまうのは明白です。
 ですから「大丈夫!」と笑顔でトレーナーに言って逃げ回っていました。


 その後ヘッドコーチのマイク・ホルムグレンに呼ばれ「タモン、今日はもう出番はない」と告げられ終了。ボールを持って走ることも、せめてスペシャルチームでタックルを、という願いもかなわず終わってしまいました。
 試合後、契約延長もならずユニフォームやヘルメットなどをそのまま頂戴する許可をヘッドコーチから得られ、「記念品」は無事に確保できました。


 そしてここから、NFL経験を最大限生かし、日本リーグでトロフィーを目指して頑張る僕の新しい章が始まります。
 手始めにこの翌日、日本代表対フィンランド代表の試合が同じく東京ドームで行われます。98年当時は脳しんとうのケアなど「根性」で済まされる最後の時代、誰にも告げずにゲームに参加するのでした。


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