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コラム

「アメリカンドリーム」を体現 殿堂入りした苦労人カート・ワーナー

2017/08/10 【生沢浩】

苦楽をともにしたブレンダ夫人(左)と殿堂入り記念式典に出席したカート・ワーナー氏(AP=共同)
苦楽をともにしたブレンダ夫人(左)と殿堂入り記念式典に出席したカート・ワーナー氏(AP=共同)

苦楽をともにしたブレンダ夫人(左)と殿堂入り記念式典に出席したカート・ワーナー氏(AP=共同)

 ある人はその歩みを「シンデレラストーリー」と呼び、またある人は彼こそが「アメリカンドリームだ」と言う。
 今年プロフットボールNFLの殿堂入りを果たしたカート・ワーナーのことだ。


 ドラッグストアの棚卸作業員からスーパーボウルMVP、NFL最優秀選手、そして殿堂へ。まるでハリウッド映画のような彼のサクセスストーリーはあまりにも有名だ。
 一度成功をつかんだワーナーだったが、その後は必ずしも順風満帆ではなかった。むしろ大きな浮き沈みを強いられた。シンデレラに掛けられた魔法は何度も解け、ドリームは幾度も破れたのだ。


 ワーナーは成功を手に入れたからホールオブフェイマーになれたわけではない。成功後も逆境をはねのけたからこそ、その努力がたたえられたのだ。


 ワーナーがNFLの世界に足を踏み入れたのは1994年だ。ドラフト指名はされず、パッカーズのトライアウト受けて練習生となった。
 試合出場がないまま解雇され、アリーナフットボール、NFLヨーロッパに活躍の場を求めたのだった。


 アリーナもNFLヨーロッパも十分な年俸を稼げるわけでもなく、ワーナーとブレンダ夫人はアルバイトをしながら糊口をしのがざるを得なかった。
 一時期は前述のようにドラッグストアの店員として棚卸を担当していたそうだ。ファストフード店で働いていたとも言われる。


 無名のNFL選手が副業で食いつなぐのは珍しくない。ただ、ワーナーの場合は大きなチャンスが短期間に立て続けに訪れた。
 その一つは、当時ラムズのヘッドコーチ(HC)だったディック・バーミールに見出されたことだ。バーミールは温厚な性格ながら完璧な実力主義者で、力があればネームバリューに関係なくチャンスを与える指導者だ。そのバーミールに控えQBとしてラムズに迎えられた。1998年のことだ。


 翌年のトレーニングキャンプがワーナーの人生を変える。先発QBトレント・グリーンが膝の靱帯を断裂する重傷を負ってシーズン絶望となる。
 NFLで1試合しか出場経験のないワーナーにスターターの座が巡ってきたのだ。


 ここでもう一つ、彼にとって幸運なことがあった。ラムズのオフェンスはこの年に攻撃コーディネーターに就任したマイク・マーツがデザインしたもので、ロングパスを多用するスタイルだったのだ。
 今でこそ珍しくない、パスによるビッグプレーで高得点を重ねるオフェンスはこの年のラムズが発祥と言っても過言ではない。


 このオフェンススタイルは肩が強く、ピンポイントのコントロールが武器となるアリーナリーグでの経験があるワーナーに見事なほどにフィットした。
 ハイスコアリングオフェンスを確立したラムズは、前年の地区最下位から一気にスーパーボウルにまで駆け上がり、フランチャイズ初のリーグ制覇を達成するのである。
 試合のMVPにはワーナーが選ばれた。この年ワーナーはリーグMVPにも輝いている。まさにサクセスストーリーの完結である。


 ワーナーのパスを中心にラムズはハイパーオフェンスを武器とし、強豪の仲間入りをする。
 パスが派手に飛び交うスタイルは「グレーテストショー・オン・ターフ(フィールド上の最高のショー)」と呼ばれ多くのファンを魅了した。


 スーパーボウル初優勝から2年後、ラムズは再びスーパーボウルの舞台に立つ。戦前予想は圧倒的にラムズの優勢だった。
 しかし、蓋を開ければ自慢のパス攻撃は封じられ、NFL2年目の無名QBが率いるAFC代表に苦杯をなめさせられる。その相手こそペイトリオッツのトム・ブレイディだった。


 これを境にブレイディがスター街道を歩んでいくのと裏腹に、ワーナーは逆境を経験することになる。
 練習生から急速に台頭してきたマーク・バルジャーにポジションを奪われて2004年にジャイアンツに移籍。しかし、間もなくこの年のドラフト全体1位指名のイーライ・マニングに先発の座を明け渡すことになる。


 2005年に、当時は弱小だったカージナルスに移籍するころにはワーナーはほとんど忘れ去られた存在だった。
 ところが、神は信心深いワーナーを見捨ててはいなかった。2007年にケン・ウィーゼンハントがHCに就任し、トッド・ヘイリーが攻撃コーディネーターに招聘されると、ワーナーを中心としたパス攻撃が構築された。


 ラリー・フィッツジェラルド、アンクワン・ボールディンといった有能なレシーバーにも助けられて、カージナルスは2008年にチーム史上初のスーパーボウル出場を果たす。ワーナーにとっては二つ目のチームで通算3度目の王座決定戦だ。
 惜しくも土壇場のTDパスでスティーラーズに敗れたものの、ワーナーが再びその存在感をファンに示す試合となった。


 その翌年限りで引退し、現在はテレビ局のアナリストとして活躍している。
 殿堂入り記念式典恒例のスピーチでは神、かつてのチームメートをはじめとするすべての関係者への感謝の気持ちを熱く語った。
 「誰にでも訪れる『その瞬間』を逃さないでほしい。その瞬間があなたに影響を与え、あなたも誰かに影響を与えるのだから」との言葉が印象的だった。


 成功と挫折を繰り返し、与えられたチャンスを生かしてきたワーナーの言葉だからこそ、心に響くものがある。


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