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宍戸博昭のSafety Blitz
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本気でNFLを目指した男 RB中村多聞

2012.9.13

01年の東京スーパーボウル(現JAPAN X BOWL)でプレーする中村多聞さん=東京ドーム

98年、アメリカンボウルの記者会見に臨む、(左から)、中村多聞、河口正史、安部奈知、板井征人

98年、アメリカンボウルでグリーンベイ・パッカーズの一員として試合に出場した中村多聞さん

99年、NFLヨーロッパの専門紙の表紙を飾る中村多聞さん

00年、法大とのライスボウルでMVPに輝く中村多聞さん

フットボールフリークが集う、六本木「S」の店主を務める中村多聞さん


 東京の一等地、西麻布。六本木ヒルズを望む静かな一角に、大阪風鉄板焼き店「S」はある。オーナーの中村多聞(43)は「本気でNFLを目指した男」として、アメリカンフットボールファンの間ではよく知られた存在だ。高校、大学時代は全くの無名選手。しかし、最も高い身体能力が求められるRBというポジションで、本場の厚い壁を破ろうと命懸けで挑み、1998年に東京で開催されたNFLのプレシーズンゲームに、グリーンベイ・パッカーズの一員として出場した経験を持っている。

 
 ▽「フットボール鷹」
 大阪生まれの中村がフットボールに興味を抱いたのは、漫画「フットボール鷹」を読んだ小学生の時だった。主人公が、本場米国のNFLを目指す姿にあこがれたという。以後「NFLでプレーする」は、人生最大の目標になった。関学大や立命大といった関西の強豪チームでのプレーはかなわず、中高一貫教育の学校ではサッカーやラグビー部に所属。進学した大学では、入学当時アメリカンフットボール部の部室はあったが部員が5、6人で試合ができるようになったのは3年からだったという。思い通りにならなかったころを、中村は「我が強い自分がもし関西の名門大学でプレーしていたら、先輩につぶされていたか、辞めていたかもしれない」と振り返る。


 ▽「BARペガサス」
 初めて本格的なフットボールを経験したのは、大学を出てから。東京に新しくできた「三武ペガサス」という実業団チームに入ってからだ。大学日本一を経験した日大の選手がチームの主力で、中村はそこでパスが中心の「ショットガン攻撃」を学ぶ。これが後に、パスレシーブも上手にこなすRBとして活躍する基礎になる。
 チームを運営する不動産会社に籍を置く一方で、客商売にも挑戦する。会社の施設を借り即席のバー経営に乗り出す。「BARペガサス」は、店主の気さくな人柄が受け大繁盛。口コミで評判が広がり、店は客であふれた。「会社の資材と土地を利用して、無理やり建物を作った。屋根はトラックの荷台から拝借したシート。電気は寮から延長コードで引っ張り、水道はなく水タンクだけ。食器を洗えないので、お客さんのグラス交換はなし。夜はうるさくて、毎日警察が来ていた」という。


 ▽舞台はヨーロッパへ
 関西に戻ると、サンスター、アサヒ飲料でプレーする。京大OBでアサヒ飲料を率いていた藤田智コーチ(現富士通ヘッドコーチ)との出会いも、選手として成長するきっかけになる。強烈なヒットに耐えられる体作りが始まる。ウエートトレーニングを中心にした肉体改造に励む日々が続いた。
 NFLへの道が開けたのは98年。欧州を舞台に活動するNFLの下部組織NFLヨーロッパ(NFLE)でプレーする機会が訪れる。所属はドイツのライン・ファイアーに決まった。175センチ、105キロは、日本なら大型RBだが、NFLEでは標準サイズ。しかし、試合に出られるなら何でもやるという姿勢がコーチの目に留まり、徐々に頭角を現す。そして、同時期にNFLEでプレーしていたLB河口正史らとともに、日本人では初めてNFLのキャンプに参加する権利を得る。


 ▽挫折
 パッカーズのキャンプでは、どうしようもない挫折感を味わうことになる。東京ドームでのプレシーズンゲームは結局、キッキングチームの一員としての出番しか与えられなかった。「アメリカ人のRBとの違いは、車に例えるならトルク感。同じスピードで走っていても、大型トラックと軽自動車ぐらい重量感が違う。これはあかんと思った」。ベンチプレスで200キロを支えるパワーも、40ヤードを4秒4で走るスピードも、本場ではアベレージかそれ以下なのだという。NFL入りの夢が破れて帰国した中村は、2000年のシーズンではアサヒ飲料の日本一に貢献。相手のタックルをはね飛ばす力強いプレースタイルで、日本選手権(ライスボウル)の最優秀選手に輝いた。その後5年ほど選手を続け、37歳で現役を引退した。


 ▽フットボールへの恩返し
 大阪・梅田にあるスポーツバー形式の1号店に続く2号店の「S」に設置したテレビには、過去の甲子園ボウルや関東、関西学生リーグの懐かしいビデオから最新のNFLの試合のDVDがいつも流れている。店を訪れるフットボールフリークは、ユーモアあふれる「タモン節」を聞きながら映像を楽しみ、オーナー自慢のねぎ焼きを堪能する。自ら厨房で焼きごてを握って接客する中村は、将来の夢をこう語る。「フットボール好きが集まる場所を全国に提供すること。それが、フットボールへの恩返しになると思っているから」―。

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