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中国・上海から西へ約300キロにある安徽省和県功橋鎮の農村。赤れんがづくりの平屋が並び、わらぶき屋根と土壁でできた掘っ立て小屋も混在する。その中でひときわ目立つコンクリート3階建て。住むのは老夫婦と3人の孫たちだけだ。
自宅の台所で、妻の何芝蘭さん(奥)と夕食の準備をする王世貴さん。「食材はすべて自分の畑で採った物、どれも新鮮です」と黙々と王さんは準備を進めた=1月20日、安徽省和県功橋鎮(共同)
「若い人はみな出稼ぎに出る。農業だけでは収入は増えない。ここに残るのは老人と子どもだけだ」。王世貴(71)は言う。3人の子どもはいずれも結婚し、夫婦で北京や上海に出稼ぎしている。妻の何芝蘭(61)と2人で、残された小中学生3人の孫の面倒を見る。
家は6年前、子どもらが出し合った20万元(約300万円)で建てた。年1万元(約15万円)の生活費も子どもらが仕送りしてくれる。台所として使う離れの平屋で王は稲わらを燃やしながら「プロパンガスもあるけど、こっちの方がいい。ぜいたくはできない」。
功橋鎮は1984年のロサンゼルス五輪の射撃で、中国に五輪初の金メダルをもたらした許海峰のふるさとでもある。許は地元の英雄だ。
コンクリート3階建ての自宅の屋上から、自分の農地を眺める王世貴さん。「いつかみんなで一緒に住めたら」と語った=1月21日、安徽省和県功橋鎮(共同)
王も1970年代、許が肥料の販売会社で働いていたのを覚えている。王の弟は許とよく遊んだ。パチンコで鳥を撃ち落とす許の才能はぴか一で、懐中電灯とやすを持って川に潜れば百発百中で魚を仕留めたという。
許のことでは話の止まらない王だが、北京五輪については「中国が勝とうが勝つまいが、日々の生活には関係ない。今、一番の関心は収入が増えることだ」と言う。
何も北京に住む長男から五輪を見に来ないかと誘われているが、その気はない。「蘇州で出稼ぎに出ている長女のリウマチが心配で」と気遣う。
何の表情が曇ったとき、孫の王亮(12)が「中国がメダルを独占するよ。サッカー以外はね」と横やりを入れ、王夫婦を笑わせた。
王亮は両親が家にいなくても「おじいちゃんとおばあちゃんがいるから全然寂しくない」と気丈さを見せる。それでも渡したチョコレートを「2月上旬の春節(旧正月)に両親が帰ってきたときに、一緒に食べるんだ」と言って、大事そうに持っていった。
内装の済んでいないコンクリートむき出しの部屋には暖房がない。氷点下の中で一晩を過ごした。翌朝、王と村を散歩した。あちこちで建築中のコンクリートの家屋に出くわす。「もう『食』は解決した。すでに『住』を解決する時代に入った」と王は村の現状を説明する。
家に戻り3階建ての屋上に上った。辺りに視界を遮るものはない。一面に広がる小麦とアブラナの畑を眺めながら王は言った。「今の生活があるのは子どもたちのおかげだ。いつかみんなで一緒に住める日が来ることを願っている」(敬称略)(共同)