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 伝統を重んじる古都が、国際基準の祭典を前にどう変わろうとしているのか。五輪の街角から報告する。
 世界のトップアスリートが集う五輪を直前に控えて変わりゆく中国。北京五輪開催の意義を、多様な観点から聞いた。

「線」の戦いで優位に ハンセンに対する北島 

 北京五輪で金メダルを狙う日本のエースが、立ちはだかるライバルとどう戦うのか。宿敵対決の構図を描いた。

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 2人の対決は、この4年間ずっと続いた。直接対決の「点」だけではなく、北京に向けた「線」として。競泳男子平泳ぎで25歳の北島康介(日本コカ・コーラ)と26歳のブレンダン・ハンセン(米国)は、アテネ五輪から互いを意識して戦ってきた。

世界新を喜ぶ北島

競泳ジャパン・オープンの男子200メートル平泳ぎ決勝で、2分7秒51の世界新記録を樹立した北島康介=6月8日、東京辰巳国際水泳場

 2004年8月。アテネで北島が百メートルと二百メートルの2冠を獲得した時が、続く4年間の戦いのスタートとなった。百メートルで2位、二百メートルで3位に敗れたハンセンは述懐する。「五輪が終わった時、怒りが収まらなかった」。北島が上げた歓喜の雄たけびを忘れず、帰国後すぐに練習。目標を達成した北島は意欲が減退し、練習再開が遅れた。

肩を落とすハンセン

米国代表選考会の男子200メートル平泳ぎで五輪出場を逃し、肩を落とすブレンダン・ハンセン(中央)=オマハ(AP=共同)

 新たな4年の前半はハンセンが圧倒した。05年世界選手権の百メートルで北島を破り、06年パンパシフィック選手権は二百メートルで大差をつけて世界新。闘争心を取り戻した北島は07年から盛り返した。3月の世界選手権百メートルは惜敗するが、ハンセンが体調不良を理由に欠場した二百メートルを制した。ことし6月、英スピード社水着を着た北島が二百メートルでハンセンの記録を0秒99も更新する世界新を出し、ハンセンは代表選考会の二百メートルで4位に敗れ、百メートルでしか北京切符を得られなかった。

 北島を指導する平井伯昌コーチはこの対決を「長期戦で情報戦」と表現し、選考会の結果に「世界記録がハンセンのボディーに突き刺さっていた」と感じた。アテネ後の主要大会決勝での直接対決(五輪種目)はハンセンの4戦全勝だが、五輪を前に上げ潮の北島は優位に立った。

 北京での戦いは、百メートルに絞られた。タイムではハンセンの世界記録59秒13に対し、北島の日本記録は59秒44と0秒31劣る。二百メートルより先に行われ、北島にとっては2大会連続2種目制覇への第一関門が、ハンセンにとって雪辱の唯一のチャンスだ。「百メートルは大事。自分の勢いにもなる。勝ちたい」と北島は意気込んだ。(正田)



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