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 伝統を重んじる古都が、国際基準の祭典を前にどう変わろうとしているのか。五輪の街角から報告する。
 世界のトップアスリートが集う五輪を直前に控えて変わりゆく中国。北京五輪開催の意義を、多様な観点から聞いた。

猛練習に耐えられた語らい 競泳女子バタの中西・太田

 「あの選手、こんな練習しているらしいよ」。車を運転する太田伸(おおた・しん)コーチ(42)に、競泳女子バタフライの中西悠子(なかにし・ゆうこ)(枚方SS)が身の回りの出来事を話す。高校卒業まで通常週4回、プールから中西の自宅までの40分の道のりを2人は語り通した。

中西と太田コーチ

北京五輪に向け健闘を誓う競泳女子バタフライの中西悠子(右)と太田伸コーチ=5月29日、東京都北区のナショナルトレーニングセンター

 競泳日本代表最年長の27歳で北京五輪に臨む中西は、中学2年の1995年10月に大阪府枚方市の枚方SSに移り、太田の指導が始まった。中西の自宅からは電車とバスを乗り継いで1時間15分もかかり、帰りは太田が送った。車中の話題は9割が水泳のことだったが、彼氏のことなどもすべてを話した。

練習する中西と太田コーチ

練習する競泳女子バタフライの中西悠子(左)と、見守る太田伸コーチ=5月29日、東京都北区のナショナルトレーニングセンター

 「ほかの選手とコーチよりも僕らのかかわりが深くなったのは、それがあったから」と太田。はぐくまれた信頼関係で、1回に最低8000メートルを泳ぎ、ウエイトトレーニングを組み込んだ厳しいメニューにも耐えられた。「粘り強さがつく練習」(中西)は世界への道を開き、97年に東アジア大会などで初代表、2000年シドニー五輪二百メートルで7位に入った。

 しかし、常に共通していたのは「もうちょっと行ける」との思いだった。04年アテネ五輪では二百メートルで念願の銅メダルを獲得。プールサイドで軽く抱き合ったが、タイムは当時の自己ベストに及ばず、心残りがあった。北京での目標は「少しでもいい色のメダルと自己ベスト」。まだ見えない頂点に2人で立つつもりだ。(敬称略)



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