今春は「蕾」で歩く 入場行進曲の推移
戦前、1934年(第11回大会)から4年連続、「陽は舞いおどる甲子園」で知られる選抜大会歌が登場した。80回の歴史の中で同じ曲が起用されたのはこの時期だけだった。それ以降は時代を映した、 戦時色が強くなった38年からは「愛国行進曲」「大陸行進曲」「紀元二千六百年奉祝歌」「国民進撃歌」と国民を鼓舞するメロディーが続いた。そして第2次世界大戦に突入し、選抜大会も5年間の中止という不幸を強いられる。 大会の復活した後はラジオの連続放送劇で人気の主題歌「鐘の鳴る丘」。シベリアに抑留されていた兵士が伝えた「異国の丘」は望郷の思いに生きる戦友への応援歌でもあった。選手はどんな思いで甲子園の土を踏み締めただろうか…。行進曲にしては切なさが募るものであっただろう。 やがて「黄色いりぼん」「セントルイスブルース」など洋楽が加わり、60年代には「こんにちは赤ちゃん」「幸せなら手をたたこう」と若年層から年配者までが好んだヒット曲が流れた。 今大会は「蕾」でも異存はないが、93年に新しい大会歌として登場した「今ありて」でもよかったのではないか。作詞した阿久悠さんは昨年亡くなり、その追悼と感謝を込めて行進曲に推す人はいなかったのだろうか。 【写真】第79回大会の開会式で入場行進する大阪桐蔭ら各校の選手 (次回掲載は2月26日)
出場選手が一堂に会する開会式は、スタンドの観衆にも心躍るひとときになる。力強い入場を支えるのが大会ごとに替わる行進曲といえるだろう。今大会は2007年のレコード大賞を獲得した「蕾」に決まった。母への思慕が歌い込まれ、多くのファンに支持されているという。
誰もが知る歌の多用が目立ってきた。
万代隆(まんだい・たかし)1941年大阪市生まれ。長い野球記者生活で培った確かな取材力と幅広い人脈を誇る。春夏の甲子園大会もネット裏から熱い視線を送り続け、持ち味の平易な語り口で共同通信のコラムなどに思いをつづっている。近著のコラム集「球界時評」(高知新聞社、南日本新聞社発行)も好評。