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万代隆の甲子園コラム「夏90 激動期を越えて」

⑩「栄冠は君に輝く」 中学から高校へ改革

heikai.jpg 学制改革によって中等学校が高等学校になり、全国高校野球選手権大会と呼ぶことになった。これは1948年4月1日付けのことで、今年が60周年にあたる。

 それまでは小学校6年、中学は5年制。これが現行の6・3・3制に改められた。ちょうどこの時期に香川の高松一中でプレーしていた元西鉄監督の中西太さんは「小学校からいきなり大人の中へ入れられた感じだった。ひげ面の先輩ばかりで怖かった」と当時の印象を話している。

 少しぎくしゃくしたのは、旧制のままなら卒業しているところだった選手の在学が1年延長されたことだ。「中学5年」を終了し、今度は「高校3年生」となって甲子園に登場したりする果報な球児もいた。小倉中は前年の第29回大会で優勝し、深紅の大旗が初めて関門トンネルを渡った。そのときのエース福島一雄が、際だった輝きを放つ。

 小倉の福島は頭脳的な好投手だった。この第30回大会では、その本領を存分に発揮した。丸亀,大分二、関西、岐阜一、桐蔭と5試合をいずれもシャットアウト。これは1939年の第25回大会で海草中(現向陽)の嶋清一と並ぶもので、快速球の嶋とはタイプの異なる投手と言えた。
 
 翌年の第31回大会では大会3連覇を狙った小倉北(このときは小倉北の校名使用)は、準々決勝で倉敷工に敗れた。この試合後、福島はさり気なく甲子園の土をポケットに入れ、持ち帰った。これが「甲子園の土」の始まりという説もある。 学制改革の施行記念に大会歌が募集され「栄冠は君に輝く」が採用されている。あの耳に慣れたメロディーは多くの人の心をつかんで放さない。

【写真】「栄冠は君に輝く」のメロディーに導かれ深紅の優勝旗を先頭に甲子園球場内を1周する佐賀北ナイン(手前)と準優勝の広陵ナイン。(2007年8月22日撮影)


万代隆(まんだい・たかし)1941年大阪市生まれ。長い野球記者生活で培った確かな取材力と幅広い人脈を誇る。春夏の甲子園大会もネット裏から熱い視線を送り続け、持ち味の平易な語り口で共同通信のコラムなどに思いをつづっている。今春、コラム集「球界時評」(高知新聞社、南日本新聞社発行)を上梓した。

(連載終了)
(注)参考資料として「日本高校野球三十年史」「全国高等学校野球大会70年史」「全国高等学校野球選手権大会史」「選抜高等学校野球大会60年史」の各年史を利用させていただきました。